
ポラーノの広場
880円(税込)
発売日:1995/01/30
- 文庫
イーハトーヴォから聞こえてくる賢治の足音。自伝的表題作、代表作「風の又三郎」の初稿を含む、珠玉の17編。
あなたが宮沢賢治に最初にであった時、心がどんなふうに動いたか覚えていますか――つめくさのあかりを辿って訪ねた伝説の広場をめぐる顛末を、自伝的思い深く描いた表題作、ブルカニロ博士が現れる「銀河鉄道の夜〔初期形第三次稿〕」、本物の風の子又三郎の話「風野又三郎」、「いちょうの実」など童話17編。多彩な作品の複雑な成立の秘密もうかがい知れて、魅力をさらに堪能できる一冊。
まなづるとダァリヤ
鳥箱先生とフウねずみ
林の底
十力の金剛石
とっこべとら子
若い木霊
風野又三郎
ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記
ガドルフの百合
種山ヶ原
タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった
氷河鼠の毛皮
税務署長の冒険
銀河鉄道の夜〔初期形第三次稿〕
ポラーノの広場
竜と詩人
贈与する人 中沢新一
収録作品について 天沢退二郎
年譜
書誌情報
読み仮名 | ポラーノノヒロバ |
---|---|
シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 560ページ |
ISBN | 978-4-10-109208-9 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | み-2-8 |
ジャンル | 文芸作品 |
定価 | 880円 |
書評
再読のすすめ
声優を始めて二十年ほどになりますが、職業柄文章を読むことには慣れていても、書く機会はそれほど多くありません。それがこの度どういう巡り合わせか好きな本を紹介する文章を書いてほしいというご依頼を頂きました。
とはいえ数ある本の中から選ぶにあたってなにか手掛かりが欲しいと思い自身の読書スタイルを考えてみました。そこで思いついたのが「再読」です。
昔から気に入った本は何度も読み返して味わうのが癖でした。改めて考えるとそれが今の声優という仕事にも通じているように思います。
そこで今回は「読み返すことで見えてくる面白さ」をテーマにして三冊紹介させていただきます。
『記憶の鍵盤』緒乃ワサビ
過去の記憶の一部を失ってしまった少年、歩人と未来の記憶を持つという少女、沙里。対照的な二人の出会いをきっかけに動き出す恋愛と友情を描いたひと夏の淡い青春譚。

印象的な導入から物語に引き込まれテンポよく読み進めていけるのですが、中盤からはタイトルにもある通り“記憶”が鍵となり登場人物たちの関係に変化が生まれ、さらに深く物語の世界に引き込まれていきます。そして終盤に向けて“記憶”の正体が明らかになり、それぞれの痛みに向き合い前に進もうとする歩人たちの姿に胸が熱くなりました。爽やかさの中に少しの苦みを残す後味は暑い夏にぴったりの一冊です。
ここで“記憶”の内容を踏まえて読み返してみると、特に沙里ともう一人のヒロイン絵莉、この二人の視点から読むと初読時には分からなかった二人の複雑な感情が見えてきて一味違った楽しみ方ができると思います。
さらに本作を原作とするノベルゲームが発売される予定なのでそちらのほうで再読してみても面白いかもしれません。僕も声優として出演しているので遊んでもらえたら幸いです。
『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光
電子書籍を利用するようになってずいぶん経ちますが書店を見て回るのも好きで、平積みしてある本の表紙や帯などを見て衝動的に買ってしまうこともあります。この本もその一つで、帯に書いてあった「電子書籍化絶対不可能!?」の文言に目を惹かれ内容も確かめず手に取りました。
結果的にはそれが大正解で、ネタバレなしで読めたのが本当に幸運だったと思います。帯に書かれていた紹介文の意味に気づいたときは鳥肌が止まりませんでした。

ですがそれ故に紹介するのが難しい作品で、とにかくネタバレなしで読んでみてほしいとしか言えません。単に物語を読むだけでなく、紙の本でしか味わえない体験に驚き、きっと感動するはずです。
いわゆるミステリーというジャンルになるであろう本作ですが、結末を知った上で読み返してみるとその構造の特異さ、そしてそれを支える文章の美しさに改めて気付かされます。本作の根幹でもある“謎”が解った状態で読んでも不自然さを感じず、むしろ“謎”の中身を知っているからこそ、物語の美しさや登場人物の心情によりいっそう触れることができるように感じられました。
『ポラーノの広場』宮沢賢治
表題作を含む17編を収録した宮沢賢治の作品集で、宮沢賢治の魅力を堪能できる一冊。その中で最も興味深く未だに何度も読み返しているのが「銀河鉄道の夜〔初期形第三次稿〕」です。

今更説明するまでもない名作・銀河鉄道の夜ですが、何度か改稿されており、一般的に広く知られているのは最終形である第四次稿なんだそうです。実際のところ僕自身も子供の頃から親しんでいたのは第四次稿で初期稿の存在を大人になるまで知りませんでした。
三次稿以前と四次稿の最も大きな違いはブルカニロ博士という人物の有無です。第四次稿には存在しないこの人物は作者である宮沢賢治の代弁者であると見られ、主人公ジョバンニを夢の世界に誘い最終的には生きていく上での指針のようなものを示す役割を持っています。このブルカニロ博士の語る思想を踏まえて読み比べてみると、作中で何度も語られる「ほんとうのさいわい」という言葉に込められた真の意味が見えてくるような気がして、銀河鉄道の夜という作品の奥深さと宮沢賢治という作家の偉大さに改めて感服させられます。
ちなみに第四次稿が収録された『新編 銀河鉄道の夜』も新潮文庫から発行されていますのでこちらも併せてお勧めしておきますね。是非読み比べて何度でも味わってほしい名作です。
(すぎさき・りょう 声優)
著者プロフィール
宮沢賢治
ミヤザワ・ケンジ
(1896-1933)明治29年、岩手県花巻生れ。盛岡高等農林学校卒。富商の長男。日蓮宗徒。1921(大正10)年から5年間、花巻農学校教諭。中学時代からの山野跋渉が、彼の文学の礎となった。教え子との交流を通じ岩手県農民の現実を知り、羅須地人協会を設立、農業技術指導、レコードコンサートの開催など、農民の生活向上をめざし粉骨砕身するが、理想かなわぬまま過労で肺結核が悪化、最後の5年は病床で、作品の創作や改稿を行った。生前刊行されたのは、詩集『春と修羅』童話集『注文の多い料理店』(1924)のみ。