はしからはしまで―みとや・お瑛仕入帖―
737円(税込)
発売日:2021/09/29
- 文庫
- 電子書籍あり
兄さん、見ていて頂戴――。江戸の百均「みとや」、秋晴れのシリーズ第三弾。
看板娘のお瑛と兄の長太郎が営む三十八文店の「みとや」。のんきで憎めない兄が仕入れる品々は、毎度ちょいとした騒動を巻きおこす。その日も長太郎は、仕入れの荷も解かずに、笑顔で出掛けていったのだが……。残された板紅や水晶に込められた優しい想いとは。かけがえのない思い出と喪失を胸に、それでもお瑛は生きていく。兄と始めた、小さいけれど大切なこの店で。シリーズ第三弾の六編。
引出しの中身
茄子の木
木馬と牡丹
三すくみ
百夜通い
書誌情報
読み仮名 | ハシカラハシマデミトヤオエイシイレチョウ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 山本祥子/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 384ページ |
ISBN | 978-4-10-120953-1 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | か-79-3 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 737円 |
電子書籍 価格 | 737円 |
電子書籍 配信開始日 | 2021/09/29 |
書評
いわくつきの品がもたらす騒動
浅草橋を渡ってすぐの茅町一丁目にある雑貨店「みとや」。食べ物以外は何でも扱い、品物はすべてが三十八文均一で、屋号は三、十、八に因んでいる。文化四年(1807)八月に起きた永代橋崩落で両親を亡くした長太郎とお瑛の兄妹が営んでいる。この兄妹を軸に、いわくつきの品物がもたらすちょっとした騒動と周囲の人たちとの関係が魅力的な「みとや・お瑛仕入帖」シリーズの第三弾。
第一話「水晶のひかり」は、惣菜屋「はなまき」を営む元吉原の人気花魁だったお花と手習い塾を開いている菅谷道之進の祝言話から始まる。この二人のことは第二弾の第四話「五弁の秋花」で展開されていたが、そのことにも改めて触れている。
こうしたおめでたムードで始まった第三弾なのだが、この後、思わぬ展開となっていく。なんと、長太郎が急死し、作者はこの兄妹コンビをあっさりと解消してしまうのだ。兄を亡くしたショックで揺れ動くお瑛の内面が、物語展開に沿って角度を変えながら描かれていく。
第二話「引出しの中身」では、長太郎の突然の死からふた月。偏屈な老指物師・徳右衛門とその弟子・六助の間をお瑛が修復する。お瑛は自分が知らない兄の一面をたくさん知りたいと思う。
第三話「茄子の木」は、年が明けて桃が咲く頃の季節。道之進の息子・直之は昨年の暮れに元服して、名を直孝に改めていた。お花は「はなまき」を再開し、道之進の手習い塾も大流行り。もう長太郎さんのことを追うのはお止めになったら、と直孝は言う。
ちょっと不思議な老婆の忍び込み事件に、店で売っている懐炉が絡む。柳橋の料理茶屋「柚木」の女将・お加津の雇われ船頭・辰吉と本所の鳶頭・才蔵との揉め事から、忍び込みの老婆が才蔵の母親であったことが分かる。懐炉の始まりに触れて、題名の意味と鳶頭の倅を思う母親の気持ちを描き出している。
この後、お瑛と辰吉の
第四話「木馬と牡丹」では、お瑛がお花に兄を捜してほしいと頼まれる。長太郎の友だちだった寛平が大量に仕入れてきた木馬と牡丹の意匠が施された櫛から、お花の兄のことが無理なく自然に分かる展開で、作者の物語作りの巧みさをよく示している。
第五話「三すくみ」は、船宿・梅若の隠居・五郎兵衛とその妾、女房の三人の関係を、蛙・なめくじ・蛇の三すくみに仕立てた着想が冴える。また、お瑛の舟に蝦蟇蛙、なめくじ、蛇が放り込まれていたもう一つの三すくみの謎も解き明かされる。
第六話「
この第六話で注目した描写がある。お瑛が女占い師に本当に占ってほしかったのは「いい
そしてもうひとつ。「我が子のことを忘れられる日なんかないはずよ」「
こうした点からも、シリーズ第四弾での新展開が楽しみに待たれるのである。
(きよはら・やすまさ 文芸評論家)
波 2018年10月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
梶よう子
カジ・ヨウコ
東京都生れ。フリーライターとして活動するかたわら小説を執筆。2005(平成17)年「い草の花」で九州さが大衆文学賞を受賞。2008年「一朝の夢」で松本清張賞を受賞。2016年『ヨイ豊』で直木賞候補、同年、同作で歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。2023(令和5)年『広重ぶるう』で新田次郎文学賞受賞。著書に、「みとや・お瑛仕入帖」「朝顔同心」「御薬園同心 水上草介」「ことり屋おけい探鳥双紙」「とむらい屋颯太」などのシリーズ諸作、『立身いたしたく候』『葵の月』『北斎まんだら』『赤い風』『我、鉄路を拓かん』『雨露』ほか多数。