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私の裸

森美樹/著

572円(税込)

発売日:2018/12/22

  • 文庫
  • 電子書籍あり

女は皆、平和を装っているだけ――。知らない〈私〉が露わになる5編。

女は皆、平和を装っているだけ。ライターの天音は、妻としても職業人としても自己不全感を抱いていた。ある日、友人の紹介で俳優の朔也と出会う。人とは違う肉体を生かして役者になった朔也を取材するうち、彼の周りの女性たちが変貌した瞬間を知る。いい子の呪いに苦しむ鈴美、男性経験のない冬美恵、朔也の妻・理都子、そして天音自身も――。未知の私が現れる5編。『幸福なハダカ』改題。

目次
朔也
鈴美
冬美恵
理都子
天音
 解説 寺地はるな

書誌情報

読み仮名 ワタシノハダカ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 星野ちいこ/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 272ページ
ISBN 978-4-10-121192-3
C-CODE 0193
整理番号 も-41-2
ジャンル 文芸作品
定価 572円
電子書籍 価格 572円
電子書籍 配信開始日 2019/06/21

書評

“ハダカ”な心を、優しく肯定する一冊

吉田伸子

 本書は、第12回「R-18文学賞」読者賞を受賞した作品を収録した『主婦病』に続く、森美樹さんの新作である。前作では主に主人公は主婦(その娘や、主婦の娘時代のものもあるが)だったが、本書に出てくる女たちは、年代も育ちもばらばらな四人――二十代の鈴美、三十代の理都子と天音、四十代の冬美恵――である。彼女たちの真ん中にいるのは、理都子の夫で、朔也という「成長ホルモン分泌不全性低身長症」の男だ。朔也の体型は6歳の男児のそれである。
 連作形式で描かれる物語は、最初、フリーライターの天音が、友人の紹介で朔也と会ったところから始まる。天音が朔也に興味を持ったのは、彼の病気故ではなく、朔也が素人の裸を撮影しているからだった。「俺、歩くファンタジーなんだよね」と朔也は言う。「だから、さらけ出せるんだと思う。全部」そんな朔也に会うたびに、天音は「自分が随分と凝り固まっているのではないかと感じる」。
 天音には結婚して5年になる同業者の夫・修司がいる。修司が手がけているのは社会派の記事で、自著もある。そんな修司に言わせると、天音が発信している「女性が喜びそうな細々とした情報」は、「ページをめくるそばから文字がこぼれ落ちそう」なものだ。この修司の言葉からもわかるように、二人の関係にはどこか危ういものがある。
 鈴美は鈴美の母でさえ、鈴美の父親が誰なのか見当がつかないという生育で、4歳の時弁護士の伯父の家に預けられた。「いい子」にしていたら迎えに来るという母の言葉を信じ、伯父からの性的虐待にもじっと耐えてきた。12歳から18歳までは再び母と母の再婚相手と暮らしたが、義父からも性的虐待を受けた鈴美は、なけなしの貯金をはたいて出奔した。高校を中退した後は「新宿の片隅に住み、様々な男のいい子になってきた」。
 高級マンションに見紛う有料老人ホームで介護職員として働く冬美恵は、女の体重が50キロを超えると、男に乗れなくなる、という入居者の老女の言葉に縛られ、55キロの自分に、男に抱かれたことのない自分にコンプレックスを感じている。
 教育評論家の父と医師の母という恵まれた家庭に生まれながら、両親は恵まれない子どもたちのために心を向けるばかりだったため、自分をみなしごのように感じて育った理都子。彼女が唯一心を交わしあえたのは、広大な自宅の敷地に住み着いたホームレスの老人だけだった。
 四人の女たちは、朔也と出会うことで、否応なく身につけてしまった心の鎧を、薄皮を剥ぐように少しずつ脱ぎ捨てていく。それは、朔也が、自らの病を治療し、普通の身長になるような選択をせず、6歳の時点で「このままでいい」という決断をした人間だからだ。四人の女たちは必死で“ハダカ”な状態を隠して生きてきた。けれど、朔也は、自ら望んで“ハダカ”を晒して生きてきたのだ。
 本書を読むと、自分もまた様々な鎧を身につけていることに気づく。それらは、生きていくために自然に身につけてしまったものもあれば、生きやすくするために身につけたものも、ある。いや、私だけではない。あなたも、そしてあなたも、鈴美であり、天音であり、理都子であり、冬美恵なのだ。その鎧は、長い間身につけているから、今や第二の肌のようでもある。けれど、鎧は鎧だ。時折ほころびたり、欠けたり、外れたりする。それをうまく繕って、修理して、そうやって私は、あなたは生きていく。
 でも、それでいいの? と本書は優しく問いかけてくる。ほころびから見えたあなたの“ハダカ”こそ、大事にしてあげなければいけないのかもよ、と。鎧が悪いことだとは言わないけれど、時にはその鎧の下の生身の“ハダカ”を解き放ち、いい香りのするクリームなんかも塗り込んで、優しくいたわってあげることも大事なことだと思うよ、と。
 常に“ハダカ”で生きている朔也は言う。「自分を全部、まるごと好きになることが、そのまま人を愛することなんじゃないかな」「俺、自分のこと好きだよ。人として一般的じゃないだろ。変に目立っちゃうしさ。でも俺は俺が好きだ。世界で俺は俺だけだし、俺教っていう宗教の信者くらい、俺は一番だと思う」。
 読み終えた時、四人の女のことも、朔也のことも、そして何よりも自分自身を抱きしめたくなる。静かで優しい余韻に満ちた一冊だ。

(よしだ・のぶこ 書評家)
波 2016年6月号より
単行本刊行時掲載

新潮文庫メールアーカイブス

いい妻、いい母、いい子。自らに課した「役割」が綻びるとき――。

 結婚している女は早朝に起きてひととおりの家事をこなし、身支度をすませ、自分自身の女も整える――。そんな生活を自分に課す、結婚5年のライター・天音。彼女は知人の紹介で俳優の朔也と出会い、彼についてのルポルタージュを構想します。
 人とは違う身体を生かして役者を生業とする朔也を取材するうち、彼の周囲の女性たちが変貌した瞬間を知ることになります。彼女たちも天音と同様に、「いい妻」「いい母」「いい子」でいなければならないと自らに言い聞かせる日々を送っていました。その「役割」が綻びるきっかけとは、そして綻びた先にあるものとは……。

 前作『主婦病』が女性を中心に熱い支持を集めた森美樹さんの最新作『私の裸』。本作もまた、じんじんするような共感を呼び覚ますこと間違いなし(私もそのうちの一人です)。
 森さんの作品には、金言とも呼びたくなる素晴らしいフレーズが数多く登場します。『主婦病』では、

 たとえ専業主婦でも、女はいざという時のために最低百万円は隠し持っているべきでしょう。

 が印象的でした。作中で、主婦・美津子が目にした新聞のお悩み相談の回答欄にあった一節です。本作『私の裸』でも、

 好きだって言われたからって、その人の評価を上げるなんて軽率だわ。
 いい子でも、ばかでも、女は男から搾取できる。
 私には、夫を愛する才能しかないもの。


 など、心の奥に打ち込んでくるような言葉がいくつも光っています。物語のなかで読むといっそう深く心に沁みてきます。知らなかった〈私〉までもが露わになるような、四人の女性たちの物語にぜひ触れてみて下さい。

新潮文庫メールアーカイブスより
掲載:2019年1月15日

著者プロフィール

森美樹

モリ・ミキ

1970(昭和45)年、埼玉県生れ。1995(平成7)年、少女小説家としてデビュー。その後5年間の休筆期間を経て、2013年、「朝凪」(「まばたきがスイッチ」と改題)で、R-18文学賞読者賞を受賞。おもな著書に受賞作を収録した『主婦病』、『私の裸』『母親病』『神様たち』『わたしのいけない世界』などがある。

判型違い(単行本)

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