
からくりからくさ
880円(税込)
発売日:2001/12/26
- 文庫
- 電子書籍あり
「ここにはないなにか」を探そうとしないで。ここが、あなたの場所。
祖母が遺した古い家に女が四人、私たちは共同生活を始めた。糸を染め、機を織り、庭に生い茂る草が食卓にのる。静かな、けれどたしかな実感に満ちて重ねられてゆく日々。やさしく硬質な結界。だれかが孕む葛藤も、どこかでつながっている四人の思いも、すべてはこの結界と共にある。心を持つ不思議な人形「りかさん」を真ん中にして――。生命の連なりを支える絆を、深く心に伝える物語。
書誌情報
| 読み仮名 | カラクリカラクサ |
|---|---|
| シリーズ名 | 新潮文庫 |
| 発行形態 | 文庫、電子書籍 |
| 判型 | 新潮文庫 |
| 頁数 | 448ページ |
| ISBN | 978-4-10-125333-6 |
| C-CODE | 0193 |
| 整理番号 | な-37-3 |
| ジャンル | 文芸作品 |
| 定価 | 880円 |
| 電子書籍 価格 | 781円 |
| 電子書籍 配信開始日 | 2022/05/27 |
書評
物語とともに
新潮文庫3冊、記憶を探ると、自宅の本棚を探すまでもなく浮かんできた作品たちがありました。

まずは『赤毛のアン』。小学生の時、一度は読んでおこうと軽い気持ちで手に取ったことを覚えています。読み始めると、アンを通して繰り広げられる日々の騒動、そしてアン自身の成長に目が釘付け。物語の終盤、夢見る少女から一人前の娘になったアンを「愛しいのに寂しい」といういたたまれない気持ちで、育ての親マリラと共に見つめました。
その後、長い時間をかけて少しずつシリーズ全巻に目を通しましたが、牧師の妻であるモンゴメリの人間愛に満ちた人物描写はどんどん秀逸になっていくものの、一巻目である『赤毛のアン』の時ほど「自分ごと」としては、アンや、作品に出てくる子供たちを見つめられなくなってしまいました。それはきっとモンゴメリが、彼女の子供心の要素を全て見事に『赤毛のアン』に注ぎ込んでいたからなのではと思います。
高校生の時には『からくりからくさ』を読み、からくさのように様々な事柄が絡み合い、からくりのように伏線回収がどんどん進む物語の流れに圧倒されました。また姉妹編『りかさん』を読んだことがあった為、物語の核に据えられた市松人形のりかさんも愛しく、あっという間に読み終わりました。

今回約10年ぶりに再読。高校生の時とはまた違った感覚があり、当時は特に気にかけなかった「最後まで曖昧だったり謎だったりした部分」が、今の私には、「謎なのに、心の奥底では分かっている部分」として深くトゲのように刺さり、抜けなくなってしまいました。梨木さんの作品には、人間の普遍的な無意識が結晶化したような詩的な表現が、流れるように織り込まれています。一部引用しようとしても、全てが蔦のように絡み合い、全てを引きずり出してしまいそう。
また改めて気づいたのは、登場人物の学生たちが、今の私が読んでもギョッとするくらい大人で、「女」であることでした。それでいて、そんじょそこらの大人とも女とも違い、誰しもが感じていながら見てみぬふりをしたり、気づけていないような事象を、それぞれの感性でしっかり受け取り、飲み込み、時に共有しながら自分の一部としていくのです。
物語の根底に流れる火と水の想念。普遍的な、永遠の流れ。人々の無意識下を蔦のように這う、蛇信仰。私たちの無意識は、まだ繭の中で眠っていて、突き破りたいのに、突き破れないのだ。このままでは繭の中で、羽化することなくドロドロのまま死んでしまう。哀しさ、寂しさ、焦り、恐怖、怒り。
しかしこの物語の女たち、そして梨木さんのまなざしは、それら全てを繭のように優しく、そっと包み込んでいくのです。そして淡々と、日常と言葉を紡いでいく。いつか私も、そのような女になれたらと悲しく思うのみの日々……。

悩みがあると思わず手に取ってしまうのは『シッダールタ』です。
とある町のお土産屋の店主と手紙をやり取りしたことがあり、その際贈って頂いた、私にとって特別な本。
「シッダールタ」とは仏教の開祖ブッダの出家前の名ですが、この作品に登場するシッダールタはヘッセによる創作上の人物です。物語の中で、彼は悟りを求めて、あらゆる人の生に匹敵するくらい様々な経験をし尽くします。
そんな彼の人生がたった200ページの本に詰まっていて、この作品を書くためにヘッセ自身も必要としたであろう、途方もない悟りの道のりが偲ばれます。
同時に、私が悩むたびおこがましくもシッダールタに自分自身を重ねてしまうのは、私と同じ生身の人間であるヘッセがこれを書きおおせたという事実があるからだろうと思います。
シッダールタの中に、ヘッセや私、世の中の全ての人の生が詰まっている。悩んだ時、この本を開き彼に会いに行くと、その人生のどこかに必ず今の自分自身を見出すことができて安心するのです。
ただ唯一、シッダールタにも実の息子のことは分かり得ないままでした。悟りを開き、自分自身が世の中の善きこと悪しきこと全てを知っても、自分の知っていることをそっくり子供に教え、導くことは、到底できないのです。今までの悟りはなんのためだったのか。やっと愛する対象を、愛する喜びを見つけたのにと、私はシッダールタと共に嘆きます。
しかし物語の終盤、彼と共に過ごした渡し守の正体を知るとき、私はまだ人生の流れに逆らったり、飲まれたり、ただただ押し流されながらも、少しは、シッダールタと同じくらいに、救われたような気持ちになるのです。
(たなか・のぞみ アスリート)
著者プロフィール
梨木香歩
ナシキ・カホ
1959年生まれ。小説に『丹生都比売 梨木香歩作品集』『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』『裏庭』『からくりからくさ』『りかさん』『家守綺譚』『村田エフェンディ滞土録』『沼地のある森を抜けて』『ピスタチオ』『僕は、そして僕たちはどう生きるか』『雪と珊瑚と』『冬虫夏草』『海うそ』『岸辺のヤービ』など、またエッセイに『春になったら莓を摘みに』『ぐるりのこと』『渡りの足跡』『不思議な羅針盤』『エストニア紀行』『やがて満ちてくる光の』『炉辺の風おと』『ここに物語が』『歌わないキビタキ』『小さな神のいるところ』などがある。


































