
もういちど、あなたと食べたい
737円(税込)
発売日:2024/11/28
- 文庫
- 電子書籍あり
向田邦子、松田優作、樹木希林…… 名脚本家が忘れ難い食との思い出を綴るエッセイ集。
大切な思い出はいつだって“食”とともにある。松田優作と食べたにぎり寿司、佐野洋子が作ってくれた野菜炒め煮、樹木希林に伝えた玄米の味噌雑炊、深作欣二が大好きだったキムチ鍋……。彼らと囲んだ味や匂いは、やがて私の肉となり血となった。映画「それから」「失楽園」等で知られる脚本家が、俳優や監督たちとの出会いと別れ、そして忘れられない食事を振り返る、美味しくも儚いエッセイ集。
加藤治子さんと「おかちん」
松田優作さんと「にぎり寿司」
深作欣二さんと「キムチ鍋」
北林谷栄さんと「宅配ピザ」
久世光彦さんと「ビーフステーキ」
和田勉さんと「もずく雑炊」
柳井満さんと「ちびまるスープ」
岸田今日子さんと「うな重」
麗しき男たち――もういちど、食べられなかったあなたへ
森雅之さん 工藤栄一さん 原田芳雄さん
藤田敏八さんと「コンニャク」
向田邦子さんと「おうちごはん」
佐野洋子さんと「チャチャッと野菜の炒め煮」
須賀敦子さんと「フ・リ・カ・ケ」
美々しき女たち――もういちど、食べられなかったあなたへ
大原麗子さん 金久美子さん 夏目雅子さん
岡田周三さんと「ヘン屈オヤジの江戸前寿司」
樹木希林さんと「玄米の味噌雑炊とうち糠漬け」
野上龍雄さんと「アルコール飲料」
森田芳光さんと「桃の冷製パスタ」
マイ・ディア・ファミリーと「母の作った朝鮮漬け」
解説 ハルノ宵子
書誌情報
読み仮名 | モウイチドアナタトタベタイ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 進藤恵子/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 336ページ |
ISBN | 978-4-10-131134-0 |
C-CODE | 0195 |
整理番号 | つ-22-4 |
ジャンル | エッセー・随筆、ノンフィクション |
定価 | 737円 |
電子書籍 価格 | 737円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/11/28 |
書評
あのひとはこんなふうに食べていた
映画「それから」や「阿修羅のごとく」、テレビドラマ「家族ゲーム」や「脱兎のごとく 岡倉天心」などなど、綺羅星のような作品群……筒井ともみさんが、風通しのいい、それでいて、どこか硬質な青……例えて言うなら東京の冬の空のような脚本や文章を書き、レシピ本を出すほどの料理上手、ということは、あえて私が書かなくても皆さんご存じのとおりだと思う。
そういう筒井さんが、今はもうこの世にいない方々と共に食べたものにフォーカスしながら、その人の記憶を辿り、もう一度一緒に食べたいという思いを文章にまとめたこちらの本。おもしろくないわけがないじゃないですか。登場人物を辿ってみよう。加藤治子、松田優作、深作欣二、北林谷栄、久世光彦、和田勉、岸田今日子、向田邦子、樹木希林……。錚々たる顔ぶれであり、名だたる日本の名映画、名ドラマを支えた俳優、クリエーター総出演である。
松田優作さんと食べたカウンターのお寿司、久世光彦さんと食べたビーフステーキ、和田勉さんと松本清張さんと食べたもずく雑炊、佐野洋子さんがチャチャッと作った野菜の炒め煮。誰もがその人らしいものを食べるものだな、と油断していると、北林谷栄さんが頼んだ宅配ピザという変化球もあり、どの章も飽きさせない。
エピソードすべてが鮮やかにその光景が頭に浮かぶのは、やはり、名脚本家の手による文章だからだろう。俳優とは深いつきあいはしない、とも書かれてはいるが、やはり、脚本家としての人を見る目は、「……幼い私はそんな大人たちを、竹で編んだ行李の中に坐って、じっと観察していた」と本書にもあるように、筒井さんの子ども時代に培われたものだろうと思う。
食以外のエピソードも興味深い。例えば、京マチ子さんが仕事を終えて、一人、部屋に閉じこもってすること。それはぜひ本書で読んでいただきたい。怖さと同時に想像を絶するような美しさがそこにはある。加藤治子さんが、樹木希林さんに「やっちまえ」とたきつけられてあることをするエピソードもすごい。とりわけ、森雅之氏。日本映画ファンにはおなじみの俳優で、なんだかただならぬ色気がある人だけれど、この人はいったい……と思っていたが、やはりそういう事情がおありだったとは。深く納得。こうしたエピソードが筒井さんの筆にかかると、その人となりが、くっきりと輪郭を持ってこちらに迫ってくる。それと同時に、こんなに魅力的なこの人はもういないのだ、というせつなさも胸に浮かぶ。
そのなかでも、私はやはり女性、なかでも筒井さんの伯母である俳優の赤木蘭子、そしてお母様の話が印象に残った。筒井さんが幼い頃、精神の均衡を崩し始めてゆく伯母の姿。色とりどりのビタミン剤や胃腸薬、鎮痛剤で「おはじき」をする描写など、やっぱりどこか薄ら怖くて、それでいてとびきり美しい。
そして、おとなしく真面目な母が、伯父や伯母に懇願され、試行錯誤して作った朝鮮漬け。どんな気持ちでお母様がそれを作り、彼らに供していたのだろう。白菜の白と、唐辛子の赤のコントラストと共に、会ったことも見たこともない人であるのに、筒井さんのお母様はどんな感情を日々、笑顔の下に押し込めて暮らしていたのか、それが目に浮かぶようだ。東京生まれ、東京育ちの筒井さんの文章は安易なセンチメンタリズムからはるかに遠いものであるけれど、だからこそ、お母様のことを書かれた文章がいちばん胸に響いた。
同書には、筒井ともみ、というひとりの女性がどうやって脚本家として独り立ちをしていったのか、その過程を辿る自叙伝としての色合いもある。人を押しのけ、獰猛にチャンスを物にしていく、といった生き方とは真反対の美意識に貫かれている。どんな大人物が来ても、大きなチャンスが来ても、筒井さんは動じない。しっかりと食べ、生き、そして、いつも「ささやかな自由とひそやかなプライドを心に抱いて」自分のなかに起きるかすかな変化を見逃すことがない。人としての生き様はそれで十分、と言われているようで、肩に入った力がすーっと楽になっていく。
だって、どう生きるかは、どう食べるかでしょう? めくるページの向こうから、筒井さんは何度も読者に語りかける。読みながら、風通しのいい文章の向こうに、温かなおいしい湯気を感じる。冬の読書にこれほど最適な一冊はない。
(くぼ・みすみ 作家)
波 2022年1月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
筒井ともみ
ツツイ・トモミ
東京生れ。成城大学卒業。スタジオミュージシャンを経て、脚本家となる。映画「それから」でキネマ旬報脚本賞、「失楽園」で日本アカデミー賞優秀脚本賞、「阿修羅のごとく」で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、テレビドラマ「響子」「小石川の家」で向田邦子賞を受賞。他の作品に映画「嗤う伊右衛門」「ベロニカは死ぬことにした」、テレビドラマ「センセイの鞄」「夏目家の食卓」、舞台「DORA・100万回生きたねこ」など。2007(平成19)年から2016年まで、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻・教授を務めた。また作家として、小説『食べる女』『女優』、エッセイ『舌の記憶』『着る女』『おいしい庭』などの作品がある。