ホーム > 書籍詳細:思春期をめぐる冒険―心理療法と村上春樹の世界―

羊男、猫、耳、そして井戸……。心理療法の現場から、村上春樹作品を読み解く意欲作!

思春期をめぐる冒険―心理療法と村上春樹の世界―

岩宮恵子/著

605円(税込)

本の仕様

発売日:2007/06/01

読み仮名 シシュンキヲメグルボウケンシンリリョウホウトムラカミハルキノセカイ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-131951-3
C-CODE 0111
整理番号 い-88-1
ジャンル 心理学、暮らし・健康・料理
定価 605円

思春期、それは性や死の力に強くとらわれ、こころが解体と再生を体験する時期。娘の家庭内暴力に苦しむ母親の心理療法の実例と、「書くことは自己治療的な行為」と語る村上春樹の小説世界の両面から、知られざる「思春期」のありように迫る。「フィクションとノンフィクションの交錯する点を掘り下げ、心の深層の知恵を示しつつ、村上春樹作品と心理療法の本質に迫る名著である(河合隼雄)」

著者プロフィール

岩宮恵子 イワミヤ・ケイコ

聖心女子大学文学部卒業。臨床心理士。鳥取大学医学部精神科での臨床を経て、臨床心理相談室を個人開業。2001年より島根大学教育学部助教授。2005年より同教授。著書に『生きにくい子どもたち―カウンセリング日誌から―』(岩波書店、1997)、共著に『講座心理療法1―心理療法とイニシエーション―』(岩波書店、2000)など。

書評

波 2007年6月号より 心の声を聞くジュークボックス  岩宮恵子『思春期をめぐる冒険―心理療法と村上春樹の世界―』

頼明珠

 八年前の台湾中部の地震で、両親を失った兄妹二人が、村上春樹の作品を頼りに、悲しみと孤独から立ち直り、去年それぞれ大学の文学部と高校に入学した話が新聞に掲載された。兄は「村上春樹の作品は当時最良の精神的な支えであった」と語っていた。
 私はこの本を読み、まずこのエピソードを思い出した。
 村上春樹の作品は世界中でさまざまな言語に翻訳され、多くの読者に愛読されている。特に若い読者の圧倒的な支持を獲得している。台湾でも若い読者は「村上春樹は私たちの世代の気持を一番よくわかってくれる」という。
 いままで、村上春樹の作品がさまざまな角度から解読されてきた。『村上春樹クロニクル』、『村上春樹イエローページ』、『村上春樹ワンダーランド』、『村上春樹スタディーズ』、……数え切れないほど多くの解読本が出ている。しかし、岩宮恵子さんの『思春期をめぐる冒険』のように、心理療法の視点から書かれたものは、初めてではないだろうか。
 岩宮恵子さんは心理療法の事例を紹介しながら、村上春樹の作品を解読してゆく。不登校の娘の母親Aさん、職を失ったBさん、猫を飼っていたC子さんなど、登校拒否、リストカット、援助交際、自閉症など、色々な悩みを抱えている人の実例を挙げている。同時に、村上春樹作品の主人公や、思春期の少年と少女――『ねじまき鳥クロニクル』のメイ、『羊をめぐる冒険』の羊男、『ノルウェイの森』の直子、『スプートニクの恋人』のすみれ、『ダンス・ダンス・ダンス』のユキ、『海辺のカフカ』のカフカなど――の言動を心理療法から対照的に分析する。現実の物語と作品の物語が、ジュークボックスの中の一曲一曲に変わって、ボタンを押すと音楽が流れてくるように、読むと秘密がだんだん解けてゆく。
 学校現場では、男子は「暴力」、女子は「性」が問題になることが多い。性と暴力という「向こう側」の力が、直接的に「こちら側」の世界に入り込んでくると、その圧倒的な力に日常性が脅かされる。思春期の子どもにとっては、善悪の峻別など難しい。親にとってまったく不可解な子供の言動の意味と読者にとって作品の難解なところが、岩宮さんの「通訳」でだんだん明らかになっていく。
 実際、村上春樹の作品は、つねに現実と非現実、「こちら側」と「向こう側」が交差して絡んでいる。その結び目は、まさに作品の核心である。
『ダンス・ダンス・ダンス』のなかで、「羊男」は「ここでのおいらの役目は繋げることだよ。ほら、配電盤みたいにね、いろんなものを繋げるんだよ。ここは結び目なんだ」と言う。『海辺のカフカ』では、「向こう側」と「こちら側」の境界には「入り口の石」があった。この「入り口の石」が開くとき、二つの世界がつながるのである。
『スプートニクの恋人』の僕はすみれに「本当の物語にはこっち側とあっち側を結びつけるための、呪術的な洗礼が必要とされる」と言う。呪術的な洗礼を終えた城壁の門が、あちら側とこちら側を結びつける門となるというイメージは、そのまま『海辺のカフカ』での「入り口の石」のイメージと重なる。
 しかし、現実の中で、私たちはどのようにして「入り口の石」をみつけることができるのか。
 岩宮さんは、「どこに『入り口の石』はあるのだろうか。それは、イメージの力、つまり想像力に関係してくるように思う。……『海辺のカフカ』の曲のつなぎ目にある不思議な和音は、最初のうちは間違った不適当な和音にしか聞こえない。子どもの問題行動が、それまでの調和のとれた世界を乱す不協和音に思えるように……。どこまでも耳を澄ませて、注意深く、向こう側から響いてくるこの不思議な和音を聴きとろうとする想像力こそが、世界と世界を結びつける力になる」(p191)と解明した。
 また、村上春樹自身、「小説を書くというのは、……多くの部分で自己治療的な行為であると僕は思います」と述べたことがある。
 きっと小説が持つ心を癒す力は、心理療法の現場から見たら、もっとはっきり見えてくる。



(らい・みんじゅ 翻訳家)

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