ホーム > 書籍詳細:自壊する帝国

ロシア大復活は予見されていた。大宅賞・新潮ドキュメント賞ダブル受賞。最新情勢116枚大幅加筆!

  • 受賞第38回 大宅壮一ノンフィクション賞
  • 受賞第5回 新潮ドキュメント賞

自壊する帝国

佐藤優/著

869円(税込)

本の仕様

発売日:2008/11/01

読み仮名 ジカイスルテイコク
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-133172-0
C-CODE 0195
整理番号 さ-62-2
ジャンル 政治、外交・国際関係、ノンフィクション
定価 869円
電子書籍 価格 869円
電子書籍 配信開始日 2015/09/11

ソ連邦末期、世界最大の版図を誇った巨大帝国は、空虚な迷宮と化していた。そしてゴルバチョフの「改革」は急速に国家を「自壊」へと導いていた。ソ連邦消滅という歴史のおおきな渦に身を投じた若き外交官は、そこで何を目撃したのか。大宅賞、新潮ドキュメント賞受賞の衝撃作に、一転大復活を遂げつつある新ロシアの真意と野望を炙り出す大部の新論考を加えた決定版! 解説・恩田陸

著者プロフィール

佐藤優 サトウ・マサル

1960(昭和35)年生れ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。在英大使館、在露大使館などを経て、1995(平成7)年から外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年5月に背任容疑、同7月に偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月執行猶予付き有罪判決を受けた。同年、自らの逮捕の経緯と国策捜査の裏側を綴った『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』で毎日出版文化賞特別賞を受賞。以後、文筆家として精力的に執筆を続けている。主な著書に『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)『獄中記』『私のマルクス』『交渉術』『読書の技法』『神学の技法』『紳士協定―私のイギリス物語』『先生と私』『いま生きる「資本論」』『世界史の極意』『君たちが知っておくべきこと』『十五の夏』(梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞)など多数。共著も多い。

目次

序章 「改革」と「自壊」
第一章 インテリジェンス・マスター
見習外交官/イギリス陸軍語学学校/亡命チェコ人の古本屋/旅立ち
第二章 サーシャとの出会い
モスクワ、雀が丘/GRUの陰謀/科学的無神論学科との出会い/反体制派の演説/モスクワ大学の二重構造/アルコールへの驚くべき執念/週十六回のセックス/対話の意味/召集令状
第三章 情報分析官、佐藤優の誕生
ソ連を内側からぶっ壊す/モスクワ高級レストランでの「正しい作法」/宗主国のない帝国/「異論派」運動の中心人物、サハロフ博士/誰かがやらなくてはならない「汚れ仕事」/ザルイギンの正体/分析専門家としての第一歩/外務省ソ連課長の秘密ファイル
第四章 リガへの旅
ラトビア人民戦線/アルバート通り/ラトビア特急/カラマーゾフの兄弟/モロトフ・リッベントロップ秘密協定/外国を巻き込んだ独立戦略/ソ連の「隠れキリシタン」
第五章 反逆者たち
反体制活動家のアジトへ/最初から狂っていた国/フルシチョフの息子/メドベージェフの“情報操作”/人民戦線の暴走/「自由の戦士」というビジネス/政治の季節の到来/欲望の塊
第六章 怪僧ポローシン
「中国人百人分くらい狡い」男/ポローシンの生い立ち/フロマートカの生涯/神道とロシア正教/モスクワの“都市伝説”/政治取引/黒司祭の巻き返し/転宗
第七章 終わりの始まり
「手紙作戦」の成果/先を見通していた共産党守旧派幹部たち/アントニオ猪木のモスクワ格闘技外交/良心派党官僚の苦悩
第八章 亡国の罠
極限状況の生と性/使者として/梯子を外したゴルバチョフ/逃亡者シュベード/政治的売春婦/ソ連共産党VS.ロシア共産党
第九章 運命の朝
三人への電話/思いがけない小銭の威力/ゴルバチョフは生きているのか?/逃げ出したポローシン/ふやけたクーデター/生存確認/ソ連解体を演出したブルブリス/カミカゼ攻撃/別れの宴/共産党秘密資金の行方/イリインの死/決別/デリート
あとがき
文庫版あとがき――帝国は復活する
解説 恩田陸

インタビュー/対談/エッセイ

経済大国に求められる「情報力」とは

手嶋龍一佐藤優

不気味なほどの共通点

佐藤 ニュースソースの秘匿や守秘義務など様々な制約がある情報(インテリジェンス)の世界を描くには、「ノンフィクション的な小説」と「小説的なノンフィクション」という二つのアプローチの方法があると私は考えています。手嶋さんは前者の手法で『ウルトラ・ダラー』(新潮社刊)をお書きになり、私は後者の手法を取りました。
手嶋 情報源の秘匿、これが問題の核心です。それには確かに、二つの道があると思います。しかしながら、この二つの方法論は意外に近い。そして双方が交錯するところにインテリジェンスの実像が浮かびあがってくる。そういう意味で『自壊する帝国』(新潮社刊)は味わい深い作品でした。
佐藤 なるほど。
手嶋 僕は佐藤優さんという書き手は戦後日本を代表するインテリジェンスオフィサーだと思っているのですが――。
佐藤 それは違いますよ。私はインテリジェンスに関する知識を、少しだけ持った外交官に過ぎません。
手嶋 ご自分では否定されるかもしれません。だからこそ、インテリジェンスオフィサーなのです。希代の情報士官が生まれるまでの過程で何があったのか、これまで佐藤さんについて誤り伝えられていたこともいくつか発見して、ラスプーチン伝説を訂正することができたので、ひじょうに面白く一気に読ませていただきました。
佐藤 ありがとうございます。
手嶋 それで、やや愕然とすることがありました。それは僕はこれまで佐藤さんとは全然似てないと言い募ってきたのですが、この本を読んで、不気味なほど共通点があるということに思い至ったんです。
佐藤 たとえば、どんなところでしょう。
手嶋 佐藤さんは外務省、僕は公共放送とお互い巨大組織にいた。僕は明らかに極端なマイノリティだったのですが、佐藤さんも、マジョリティではないですよね。
佐藤 それはもう明白です。マイノリティの中のマイノリティですよ。
手嶋 それからもうひとつ、佐藤さんは神学というひじょうに奥深い学問を勉強されたという点です。実は僕にはほとんどお師匠さんがいないのですが、あえて挙げさせていただければ、ハーバード大学のブライアン・ヘア教授という方がいます。
カトリックの聖職者で神学部の教授なのですが、一九八○年代、第二次冷戦の頂点といわれた頃に、カトリック教会が来たるべき核戦争に倫理的にも政治的にもどう対応すべきかという事態に直面し、バチカンの見解の筆を執ったのが、「黒衣の国際政治学者」といわれたこの人です。僕は一九九四年にハーバード大学にフェローとして招聘されていたときに、このヘア教授の指導を受けました。
佐藤 そうでしたか。本にも書いたことですが、私はフロマートカというチェコの神学者のことを研究していたことがきっかけとなって、外交の道に入ったんです。

情報の地下水脈へ

手嶋 もう一つだけ共通点を挙げると、本の中にサーシャというとても面白い人物が出てきますね。
佐藤 はい。モスクワ大学で知り合った沿バルト三国の、ラトビア出身の学生です。
手嶋 このサーシャとの出会いが、インテリジェンスオフィサー佐藤優を生むきっかけになったのですね。ここでは、あえてスティーブン・ブラッドレーと申し上げておきますが、僕の場合は東京におけるスティーブンとの出会いが、ひとつの重要なきっかけとなりました。スティーブンに頼まれて、イギリス大使を助けたことがあったんです。その大使は東アジアの外交や安全保障のプロフェッショナルでした。
佐藤 そうそう。イギリス大使には極めて興味深い人がよくいます。
手嶋 ところが、駐日英国大使としては、イギリスのウイスキーに対する関税障壁の問題にも取り組まなければならず、ひじょうに苦労していた。それで、僕が日本政府の税制調査会の攻略に一肌脱いだのです。答申の起草委員のひとりと親しくしていたからです。
その結果、イギリスにとって長年懸案となっていたこの問題で突破口が開けたのでした。それを大使がひじょうに感謝していたとスティーブン経由で聞きました。あの男にはいつの日か借りを返すと言っていたというのですが、そんなことはすぐに忘れてしまいました。
その後、ワシントンに赴任することになって、覚悟はしていたのですが最初の頃は、まったく手も足も出なくて苦労しました。そんなある日、佐藤さんの作品でサーシャに当たるような人物から、突然電話がかかってきた。アクセントから明らかにイギリス人でした。出てこいと言うから会ってみました。向こうはどういう筋に頼まれたなどとは、もちろん何も言いません。だけれども「ああ、そうか」とひざを打ちました。
それは金鉱脈でした。そこから一挙に地下水脈に入っていくことができた。もちろん、ジャーナリストと外交官は違うのでしょうが、同じことが佐藤さんにあったのだと、この本を読んでよく分かりました。ああ、やっぱりラスプーチンにもこんな出会いがあったのかと、ここは感動を持って読ませていただきました。
佐藤 でも、基本的に不思議なもので、このインテリジェンスの核というのは似ているんですね。インテリジェンスは文化で各国別々のものであるということと同時に、インテリジェンス業界自体の文化というものがある。
私も外務省のなかの派閥的なめぐり合わせとか、おつき合いしていた政治家の流れとかで、もちろんこれまでも手嶋さんと重なる部分があり、ときには対立することもありました。そういうなかで私は手嶋さんのことを、優れたジャーナリストであるだけではなく、無視できないプレーヤーの一人だと以前から認識していました。
しかし、『ウルトラ・ダラー』を読み、そしてその後お話をして、少しおつき合いをさせていただいてすぐにわかったのは、この人はほんとうのプロだということです。どうしてかといったら約束は絶対に守る。それと同時に軽々に約束はしない。約束をできないことを約束しない。それが、インテリジェンスというゲームの基本的なルールなんです。日本人はこれを失敗してしまうんです。約束できないことを約束してしまうんですね。
また先ほどのお話では、ワシントンに行ってアプローチしてきたときの人間関係のつくり方がキーですよね。必要のないこと、つまりここより踏み込んで知らないほうがいいことがある。それについてはあえて聞かない。それがインテリジェンスの文化なんです。
手嶋 まったくその通りですね。

『ウルトラ・ダラー』のインパクト

佐藤 ここ数年、私が危惧していたのは、現在の日本では、特に対外インテリジェンスに関して、ほとんど体を為していないような状況に陥ってしまっているということでした。しかし、手嶋さんが登場したことによって、本格的な日本のインテリジェンスの伝統を回復すると同時に、現代イギリス流のインテリジェンスの基礎が、あと五年ぐらいでできるのではないかと思うんです。
その意味で『ウルトラ・ダラー』という作品は、日本にとってインテリジェンスというのはどういうものなのかという大枠を小説という形で提示した上で、その内在論理まできちんと描いた初めての作品だと言えるでしょう。ですから、手嶋さんの提言をここからどうやって活かしていくのかというのは、今後、日本の政府にとって非常に重要なことだと思うんです。
手嶋 同感です。確かに日本には真のインテリジェンスオフィサーが、佐藤優さんのように突然変異的に生まれる以外には、ほとんど出てこないだろうし、そもそも、育てる組織もない。警察にはインテリジェンスに関して組織的にも手法としてもかなりの蓄積はありますが、それはあくまでカウンターインテリジェンス(対敵情報活動)で、対外インテリジェンスとは別のものですからね。
佐藤 本当に警察の能力は高いです。
手嶋 そうですね。
佐藤 しかし、状況によってはカウンターインテリジェンスの文化が対外インテリジェンスのブレーキになる。自発的、積極的に動くというのは潜在的にスパイということになってしまうんです。徹底的に警戒して何もしないのが一番いいということになると、対外インテリジェンスはできないですね。結局、対外インテリジェンスとカウンターインテリジェンスは文化が違うから、切り離さざるを得ない。一緒に動くと必ず軋轢が生じるんです。両者のバランスを為政者がうまくとることが大切です。
手嶋 たしかに、幾つかの問題点を抱えています。ただ、絶望の唄を歌うのはまだ早い。
佐藤 国家は生き残らなければなりません。そのためにはインテリジェンスは不可欠な要素となります。
手嶋 その通りです。世界第二の経済大国である日本は必然的に潜在的にはインテリジェンス大国たり得る――。これは佐藤優さんの立論ですが、僕もなるほどと思います。もちろん、実際にはイギリスやアメリカ、ロシア、イスラエルなどインテリジェンス大国との間には、まだまだ大きな溝があるけれども、諦めてはいけないというのが、佐藤さんの新作の隠されたメッセージではないでしょうか。
佐藤 そこまで読み込んでいただいて、ありがとうございます。
手嶋 僕も外交ジャーナリストの端くれですので、八○年代の終わり頃から、モスクワに佐藤ありと注目していました。それ以来、ずっと佐藤さんのことは気になっていたのです。情報を追いかけていくというのは、獣道を辿って山に分け入って行くようなものです。僕は主としてワシントンから、佐藤さんはモスクワを基盤にして、獣道に分け入っていく。そうすると、思いがけず遭遇したりするわけです。獣道だから暗くて見えない。ところが、頬にちょっと手が触れたように感じる――。
佐藤 すれ違ったりとか。
手嶋 暗いところで、大きな目が僕を見ている。目を凝らすと、そこにラスプーチンという人の姿を見つける。不気味ですよね。
佐藤 こっちも逆に、何回か手嶋さんの歌舞伎役者のような流し目を見たような気がします。テルアビブから成田に帰って来たときに、すっと背中に手嶋さんの視線を感じるとか、そういったことがありましたから。ただ、お互いどこで遭遇したなんて話をしないのが、この世界の文化ですよね(笑)。
手嶋 そうですね。普通はこんな話はしませんが、今日は読者へのサービスということで。

ゾルゲVS.ラスプーチン

手嶋 『自壊する帝国』の著者にひとつ伺いたいのですが、かつて、東京を舞台にした伝説のインテリジェンスオフィサー、リヒャルト・ゾルゲという人がいました。そのゾルゲと佐藤ラスプーチンを比較した人がいるんです。一説によると、僕だということになっているけれども(笑)。
佐藤ラスプーチンに比べると、ゾルゲにはより多くのハンディがあったという指摘です。当時、ゾルゲはクレムリンの中枢や赤軍の中枢部から、何一つ情報をもらっていない。一方、佐藤さんは、もちろん自分でも足で歩いて圧倒的な情報を獲得したのですが、世界第二位の経済大国に流れ込んでくる情報の存在があった。かなりの情報力の恩恵も受けている。だから、ゾルゲよりずっと恵まれていた。こうした批判にどのようにこたえますか。
佐藤 その比較をした方は、リヒャルト・ゾルゲの実像を深くご存じないのかもしれませんね(笑)。ゾルゲは、赤軍本部からは情報をもらっていないですが、実はあるところに蓄積されていた大量の秘密情報にアクセスできた。だから、私が現役の外交官だった頃と同じくらい、情報には恵まれていたんです。
手嶋 そのあるところというのは、ナチス・ドイツですね。
佐藤 その通り、ベルリンからです。要するにインテリジェンスの世界でリヒャルト・ゾルゲをどこのスパイと見るかというと、ソ連とドイツの二重スパイということになる。さらに、国際スタンダードで冷静に見た場合には、ドイツにプライオリティがある。
どうしてかというと、インテリジェンスの世界は二つの要素でできているんです。まず、誰が指令を出して、誰に報告するかです。二番目の要素は、だれがお金を払うかということ。指令を出していたのは駐日ドイツ大使館のオットー大使で、ゾルゲはそれに一○○%こたえています。それから、ドイツ大使館からお金も受け取っている。
手嶋 奥さんは、ロシア系ですよね。
佐藤 ゾルゲのモスクワに残した奥さんはロシア人ですが、他にも何人か奥さんたちがいました。情報を統括する赤軍第四本部は常にゾルゲたちに指令を出していたのですが、途中でソ連からの資金が止まってしまう。そうなると、ゾルゲのスパイグループのなかで通信を担当していたクラウゼンが、かなりいい加減になってくる。お金がとまった瞬間で、スパイとしての関係は終わりなんです。ですから、私はゾルゲはスパイとして、あくまでドイツがメインでロシアはサブだった、と見ているんです。
その先ですけれども、ゾルゲ事件による最大の効果は、日独離反でした。結果から見るならば、これはイギリスの利益に適っていた。ドイツの戦闘機メッサーシュミットや日本の大型潜水艦など、お互いの軍事技術を共有するために提携するようになるのは、昭和十九年になってからです。
手嶋 最新兵器だったV2ロケットや、当時ドイツが研究していた核開発の技術も、日本には入ってこなかったですね。
佐藤 そうですね。日本も持っているデータを出せばよかったんだけれども、結局、当時の日本のカウンターインテリジェンスは、ドイツを友好国と見なしていないんです。在東京のドイツ大使館員はもちろん、ドイツの特派員たちも監視されていた。タス通信のソ連人記者の方が、よほど自由に動けるぐらいだった。
そんな中で、ゾルゲには資金だけではなく、ソースとなるような情報も十二分にドイツ大使館から与えられていた。もし、彼が自前のネットワークだけに頼っていたら、あれだけの活動はできなかったでしょうね。
それでは、日本側は何でゾルゲと接触していたかというと、これはゾルゲの手記にも出てくるのですが、彼を通じてドイツの情報が欲しかったんですね。要するに、当時の日本とドイツはお互いに疑心暗鬼だったというわけです。

スパイの本質とは

手嶋 なるほど。最後に、もう少し『自壊する帝国』の感想を申し上げますと、この作品では、佐藤さんの道案内でソ連邦が崩壊していくプロセスを追っていくわけですが、佐藤さんはロシア人たちから「ミーシャ」という愛称で呼ばれて、共産党官僚や学者、ジャーナリスト、宗教関係者、反体制的な活動家など様々なネットワークに、スーッと溶け込んでいく。そういうミーシャの姿には、まさにゾルゲの活躍を彷彿とさせるものがありました。
読者は、そういう、卓越したインテリジェンスオフィサーの視線で歴史的大事件の顛末を目撃することで、彼の経験をまさに追体験するわけです。時にミーシャこと佐藤さんは、インテリジェンスの対象であるソ連ではなく、日本の外務省内の軋轢や矛盾と戦わなければならない。僕も官僚組織や大組織が嫌いなので、その点は実に痛ましい気がしました。ただ、それもリアリティーなので、読者はミーシャとともに、そのフラストレーションを味わっていただきたい。
それから、究極のところで言うと、インテリジェンスオフィサーというのは、常に本質的に二重スパイであると僕は考えています。『ウルトラ・ダラー』のなかにも、まさにそういう人物が出てくるのですが、これはインテリジェンスの世界の「公理」だと言えるでしょう。
果たして、佐藤ラスプーチン、ミーシャはダブルエージェント、トリプルエージェントたり得るのか、読者にはこの作品から是非そういう部分も読み取ってほしいと思います。
佐藤 私や手嶋さんを含め、どこかとらえどころのないというのが、インテリジェンスの雰囲気を醸し出すのにちょうどよいのでしょう。とても、おもしろいアドバイスをいただき、ありがとうございます。

(てしま・りゅういち ジャーナリスト)
(さとう・まさる 起訴休職外務事務官)
波 2006年6月号より
単行本刊行時掲載

判型違い(書籍)

立ち読み

文庫版あとがき――帝国は復活するより

佐藤優

 今回、この解説を書くにあたって、サーシャについての記憶を整理してみた。そして、『自壊する帝国』で読者に伝えたかったのだが、伝えきれなかったサーシャと私の関係について、文庫版のあとがきで記すことにした。この作業を進めていると、モスクワ大学哲学部で出会った学生時代の頃の記憶がもっとも鮮明によみがえってくる。
 サーシャは、ベルナツキー大通り添いの学生寮に住んでいた。この寮は五~六人の相部屋で、部屋ごとに男女別という建前になっていたが、実際は、部屋の中に適宜ついたてを作って同棲しているカップルも多かった。サーシャにはいつも取り巻きが数人いた。そのほとんどが女子学生で、サーシャはときどきセックスをしているようなのであるが、ハーレムという感じではない。この寮の部屋で、サーシャを中心に哲学や思想について、学生たちが深夜までさまざまな議論をしていた。
 サーシャは、私と話すときは、きちんと理解できるようにゆっくり話してくれるのだが、学生たちを相手に話すときは、ひどく早口で、しかもときどきどもる。話の内容を聞き取りにくいのである。当時、学生たちの間では、ニコライ・ベルジャーエフの思想が人気を博していた。
 ベルジャーエフは、レーニンによって追放され、パリで客死した宗教哲学者だ。私がモスクワ大学に留学して、サーシャのいた頃はベルジャーエフの著作は禁書目録に入っていた。しかし、現代ブルジョア哲学を批判するとか、宗教思想を批判するという名目ならば、これらの禁書を借り出すこともできた。
 ベルジャーエフは、ソ連体制をロシア共産主義と名づける。そして、マルクス主義からロシア共産主義を導き出すことは不可能と考える。マルクスやエンゲルスとレーニンの間には断絶があると考えるからだ。ロシア共産主義は、ロシア正教の修道院においてときどき現れる異端派の伝統を引いているとベルジャーエフは考える。超人的な禁欲によって神の秩序をこの世界で実現しようとするのである。もっともこのような発想は、異端派だけでなく、ロシア正教の伝統でもある。カトリックやプロテスタントの場合、神が人間になるためにひとり子であるイエス・キリストをこの世界に派遣したことを強調する。人間は罪によって堕落しているので、究極的に神の恩寵によってしか救済されない。救済については、神から人間へのベクトルしか存在しないのである。
 ロシア正教の救済観はこれと異なる。神が人になったのは、人が神になるためであると考えるのである。ある人は禁欲的な修行によって、別の人は特別な才能によって人間から神になることができるのである。特にロシア正教では佯狂者と呼ばれる、見たところ精神に障害があるように見える人に特別の救済能力があると考えることが多い。人間の救済は、個人が悟りを開いて安楽な境地に至るということではない。この世界から悪が除去され、地上に天国が実現しなくてはならないのである。従って、人から神へのベクトルにおいては社会革命が不可避なのである。
 伝統的にロシア正教の異端者は、人が神になるために、地上に革命を呼び起こそうとした。十九世紀ロシアの革命家は、神を失った。しかし、人間を救済したい、そのために社会を変容したいという気持ちは残ったのである。この伝統に立って、レーニンたちはロシア革命を起こしたとベルジャーエフは考えた。要は、ロシア共産主義は、「裏返されたロシア正教」なのである。ベルジャーエフ自身のことばを引く。
〈ロシアの共産主義が理解しにくいのは、その二面的性格のためである。一方では、それは国際的(インタナショナル)であり、一つの世界的な現象であるが、他方ではそれは民族的であり、ロシア的である。西欧の人々にとっては、ロシア共産主義のこの民族的な根源を理解すること、そのさまざまな制約を決定し、その性格を形づくったものがロシアの歴史であった、という事実を理解することが特にたいせつである。マルクス主義の知識はこの場合に助けにならないであろう。ロシア民族は、その精神的体質からいって、東方民族である。ロシアはキリスト教的東洋であって、しかもこの国は二世紀にわたり西欧の力づよい影響のもとにあり、その教養ある階級はあらゆる西欧的観念を同化していた。歴史におけるロシア民族の運命はまことに不幸であり、苦悩にみちていた。ロシア民族はその文明の型をつくるあいだに中断と変化とをこうむりながら、破局的なテンポで発展して来たのである。〉(ニコライ・ベルジャーエフ[田中西二郎/新谷敬三郎訳]「ロシア共産主義の歴史と意味」『ベルジャーエフ著作集 第七巻』白水社、一九六〇年、十頁)
 私がモスクワ暮らしを始めた一九八七年時点で、マルクス・レーニン主義がもはやロシア人の魂をつかまえることができなくなっていることは明白だった。ベルジャーエフは、マルクス主義とレーニン主義を切り離す。そして、レーニン主義をロシア正教の異端と位置付ける。ここでロシア人が神を再発見して、ロシア正教に回帰するならば、ソ連には別の発展可能性が生まれる。このことにロシアの知識人たちは魅力を感じていた。ベルジャーエフの『ロシア共産主義の歴史と意味』は禁書だったが、タイプ打ちのサムイズダート(自費出版)が流通していた。当時、ベルジャーエフはモスクワ大学で哲学を勉強する学生たちの中でもっとも人気がある思想家だった。ソ連当局も、ベルジャーエフについては一九八八年には、事実上、禁書目録から外した。そして、ソ連崩壊一年前の一九九〇年に、パリのYMCA出版の『ロシア共産主義の歴史と意味』の複写版が老舗出版社「ナウカ(科学)」から刊行された。ベルジャーエフは完全に復権されたのである。
 私は同志社大学の神学部と大学院で勉強したときにベルジャーエフの著作はかなり読み込んだ。そこでサーシャとその友人たちの会話に、たどたどしいロシア語で加わった。私が、日本ではロシア文学が相当詳しく紹介され、またロシア宗教哲学についてもベルジャーエフ著作集やシェストフ著作集が刊行され、ウラジーミル・ソロビヨフの『神人論』や『三つの会話』などが訳されていることを話すとロシア人学生たちは驚いた。さらに日本では『資本論』の研究が進んでおり、マルクス経済学が独自の発展を遂げている話をすると、それにも興味を示した。サーシャたちが驚いたのは、「それだけロシア宗教思想やマルクス経済学の研究がなされているのに、その話がロシアにはまったく入ってこない。西欧のロシア研究やマルクス主義研究については、現代ブルジョア哲学批判という形でモスクワ大学やソ連科学アカデミーなどの表の機関で扱うとともに、ドイツ、フランス、ベルギー、イギリスなどからやってくる研究者を通じて、口頭で情報が入ってくる。日本からは情報がまったく入ってこない。日本の留学生と挨拶やちょっとした立ち話をしたことはあるが、ロシア思想やマルクス主義の話をしたことはない。しかし、マサルの話を聞いていると、研究は相当進んでいるようだ。それにもかかわらず、それが外部世界に知られていないということは、閉鎖的な知の体系が日本に存在しているということだ。これは面白い」ということだった。
 私はサーシャたちに「閉鎖的な知の体系が日本に存在している」と言われ、侮辱されたのかと思い「日本の知の世界は決して閉鎖的ではない。外国との交流を積極的に行っている」という説明をしたら、サーシャから「誤解するな。閉鎖的というのはよい意味なんだ、自己完結した自らの知の世界があるというのは、その民族が世界史的意義を果たすということなんだ。ヘーゲルがいう“体系的”ということだ」と言われ、ロシアの知識人が欧米の知的影響を受けても、それをロシア独自の知に消化し、自己完結する体系を作ることにあこがれているのだということを私は理解した。
 学生寮でのサーシャのゼミに参加して驚いたことは、サーシャがベルジャーエフに対してきわめて批判的なことだった。
「みんな、ベルジャーエフはボリシェビキだということを忘れてはならない」とサーシャは強調する。
 ボリシェビキとは共産党員のことだ。ベルジャーエフは、レーニンによってソビエト・ロシアから追放された反革命のレッテルを貼られた人物である。それがなぜボリシェビキなのであろうか。サーシャはこう続ける。
「ボリシェビキ、すなわちロシア共産主義とマルクス主義の間に断絶があるというのはベルジャーエフの言うとおりだ。そして、ロシア正教の狂信的な異端のような少数者によって、革命が引き起こされ、社会は少数のエリートによって指導されると信じるところにボリシェビキの特徴があるというのもベルジャーエフの言う通りだ」
「それじゃ、サーシャはベルジャーエフのロシア共産主義論のどこが間違えていると考えるんだ」と私は質した。
「それは、ベルジャーエフが、ボリシェビキ、つまり少数エリートによる大衆の支配が正しいと考えていることだ。ベルジャーエフにとって、大衆は政治的に受動的で、ただエリートに従っていればいいということになる。この理論はソ連共産党中央委員会の官僚にとって魅力的だ。ソ連帝国を生き残らせるために党官僚がベルジャーエフを使おうとしている。現在起きているベルジャーエフ・ブームの背後には、ソ連共産党中央委員会のイデオロギー部の戦略があると僕は見ている」
「サーシャ、言っていることの意味がよく分からない。日本人である僕にもわかるように説明してくれ」
「来年(一九八八年)は、ロシアへのキリスト教導入千年にあたる。この機会にソ連共産党はロシア正教会と和解し、ソ連国家のイデオロギーに正教を導入していくことになると僕は見ている」
「キリスト教的ソ連ということか」
「そうだ。ソ連帝国を生き残らせるためにはそれしかないというノメンクラトゥーラ(特権階層)たちの発想だ。しかし、それではロシアが帝国として生き残ることはできない」
「どうやったらソ連帝国が生き残ることができるのか」
「ソ連帝国が生き残ることはできない。人工的なソ連帝国は滅びなければならない。ソ連帝国が滅びることがロシアが帝国としてよみがえるために必要なんだ」
 私はサーシャが何を言おうとしているのか一層わからなくなった。
 一九九三年に、「ロシアが大国としてよみがえるためにソ連帝国の崩壊が必要だった」というブルブリスの話を聞いたときに、私はモスクワ大学に留学したときにサーシャから聞いた話を思い出した。
 サーシャは、ベルジャーエフの言説のどこに満足していないのだろうか。
「マサル、ベルジャーエフは、反共主義者だけどボリシェビキだ。われわれは共産主義だけでなくボリシェビズムも打倒しなくてはならない」
 ボリシェビキとは、多数派という意味だ。一八九八年にロシアで初のマルクス主義政党「ロシア社会民主労働党」が創設された。一九〇三年に当初ブリュッセル、その後ロンドンで第二回党大会が開催された。そのときに党員資格をめぐって議論が対立する。マルトフを中心とする主流派は、党員資格は「党を支持すること」だけで十分と考えた。それによって労働者、大衆に幅広く根をおろした政党をつくろうとしたのである。これに対して、レーニンたちの反主流派は、党員資格は、党を支持することだけでは不十分で、「党組織の活動に参加すること」を掲げた。組織的に訓練された職業革命家の党をつくろうとしたのである。
 党大会全体では、レーニンを支持する者は少なかったが、党大会で選出された執行部でレーニン派が過半数を占めた。そこでレーニンたちは自らをボリシェビキと名づけた。この命名がよかった。「ボリシェ」というのは、「ちょっと多く」という意味だ。ウオトカをちょっとおまけして多く注いでもらうという雰囲気がある。これに対してマルトフたちの主流派は、メンシェビキと呼ばれるようになった。「メンシェ」というとウオトカを誤魔化されたり、賃金をピンハネされるような感じがする。レーニンは言葉づかいの天才だ。革命によってできた政権をソビエトと名づけた。ソビエトとは会議とか評議会という意味だ。労働者と農民が自発的に集まって、合意し、行動する新しい政治形態にレーニンは共産主義や社会民主主義ではなくソビエトという言葉をみつけた。ソビエトは、「スベート(光)」、「ソーベスチ(良心)」というような、よい意味をもつ言葉を連想する。ソビエト政権というだけで、これまでの政府とは異なる何かいいもののような感じがするのである。

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