
いま生きる階級論
737円(税込)
発売日:2018/07/28
- 文庫
- 電子書籍あり
会社に尽くすな、階級に目覚めよ。宇野経済学からマルクスの核心に迫る「資本論」講座。
持続不可能な格差の拡大を長期データから指摘し、富裕層から貧困者への再分配を説いたピケティ。しかしマルクスは、資本家にとって労働者は利潤を生む商品に過ぎず、その賃金は生産段階で決まる以上、儲けは分配されぬと知っていた。この生産論を支える「階級」関係に、マル経の泰斗・宇野弘蔵が提唱した見えない階級「官僚」を加え、資本主義の内在論理に迫る、白熱の「資本論」講座第2弾。
2 思考するプロレタリアート
3 革命はどこから来るか
4 急ぎながら待つ
5 横断的階級として生きる
6 子どもを救え
文庫版あとがき
解説 雨宮処凛
書誌情報
読み仮名 | イマイキルカイキュウロン |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 青木登(新潮社写真部)/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 416ページ |
ISBN | 978-4-10-133180-5 |
C-CODE | 0195 |
整理番号 | さ-62-10 |
ジャンル | 経済学・経済事情 |
定価 | 737円 |
電子書籍 価格 | 737円 |
電子書籍 配信開始日 | 2019/01/18 |
書評
「知」は人を解放する
満員電車で出勤し上司のパワハラに耐えながら一心不乱に働いても、収入は家族でギリギリ生活できる程度。会社全体は「過去最高の営業利益」だそうだが、給料は上がらない。悪いのは経営方針かアベノミクスか、はたまた自分なのか。理不尽な思いが不眠や抑うつ症状にかわり、メンタル科の診察室に駆け込んでくるビジネスパーソンも少なくない。
著者は、そんな人たちに「つらいときこそ本を読め」と勧める。では、何の本を読むのか。いま流行りのピケティか。たしかに彼の『21世紀の資本』には会社は賃金を五倍から一○倍に引き上げるべきだ、と書いてあるので、それを読んで一時、「そうだそうだ、オレの年収がこんなに低いことが間違いなんだ」と溜飲を下げることはできるかもしれない。しかし、著者によるとピケティは「資本主義のシステムをわかっていない」ので、残念ながら「賃金一○倍」が実現する見込みは皆無だ。
だとしたら、何を読むべきか。著者はマルクスだという。『いま生きる「資本論」』をさらに深化させた本書では、マルクスは「賃金」をピケティのように儲かった結果の分配とは考えておらず最初から生産論で扱われるので、「生産の段階で賃金は決まってしまう」と繰り返す。つまり、労働者とは自らの労働力を商品としてカネに換えている階級に属する人たちであり、彼らと「資本家」「地主」(実はそのほかに第四の階級「官僚」があるというのも本書の柱)という階級で作る資本主義社会で賃金は自ずと決定されてしまうというのが、資本主義に内在する論理なのである。
そのことを知らない限り、著者がときどき“潜入”する新橋などの立ち呑み屋で耳にするように、労働者はいつまでも「オレの能力とがんばりでこの安月給、間違ってるよ」とボヤき続けることになってしまう。もっとも、診察室に駆け込んでくる労働者に対して私のような精神科医も、「本当ですよね、おかしいですよね」とその人の傷ついた自己愛をひたすら慰撫しているだけなのかもしれないが……。
本書では、マルクスの階級論を理解する手がかりとして経済学者・宇野弘蔵の『経済学方法論』をテキストに選び、受講者(本書のベースは六回の講座の講義録だ)たちに解説していく。第一章で引用される序文の冒頭は以下の通りだ。
「経済学の研究が、原理論と段階論と現状分析とに分化されてなされなければならないという、私の主張は、一部の人々によってその反対論が繰り返し続けられている。」
マルクスと言えばすぐに「マルクス主義」や「革命」といったイデオロギーと結び付けられて語られがちだが、宇野は右のような三段階論を唱え、『資本論』を客観的かつシステマチックに分析することを提唱したのだそうだ。
著者の狙いは、この宇野理論の紹介ではなく、あくまで資本家に搾取され続け「なぜオレが?」と不満を抱えて、ともすればその怒りを社会的弱者にぶつけて排外主義にまでなるいまの日本の労働者たちに、「君たちの問題はマルクスがすでに階級論として説いている」と語り、その目を啓かせることにあるのだろう。ただ、最初から『資本論』をテキストにすると、「マルクス……ああ、共産党ね」といわゆる色眼鏡で見られる危険性もある。そこで、『資本論』をイデオロギーと切り離して読む宇野弘蔵“召喚”されたのかもしれない。また、各章で引用される宇野のテキストじたいが論理的ではあるが、決してわかりやすいとはいえない。この骨のある文章をじっくり読み、著者の解説を読んでから、再び読むという手続きを経ることで、著者は受講者や読者に「読書のコツ」を身につけさせようとしているのではないか。
ここでもうひとつ生まれる疑問が、「そうやって自分の不遇が階級にあることを知ったからといって、それが何になるのだ?」というものだ。その問いに対して、著者の答えは明快だ。
「なぜ、世界はこういうカラクリになっているかがわかれば、窮屈な世界から相当程度は脱け出せ、自由を勝ち取ることができて、今後どんな生き方をしていくか、どんな人生の選択をしていくか、自分の頭で考えられるようになるわけです。」
ちなみに評者は、個人的につらい時期に本書を読んだ。最初は引用される宇野の文章もさっぱり理解できず、つらさがさらに増す思いだったが、著者の導きで読み進むうち次第にその意味がわかるようになってきて、再読して前半部もすんなり理解できるとわかったとき、うれしくて涙が出て気持ちが晴れ晴れした。「知」は人を深いレベルで慰め、解放すると身をもって経験したことを、最後につけ加えておきたい。
(かやま・りか 精神科医、立教大学教授)
波 2015年7月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
佐藤優
サトウ・マサル
1960年生れ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。在英大使館、在露大使館などを経て、1995年から外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年に背任と偽計業務妨害容疑で逮捕・起訴され、東京拘置所に512日間勾留。2005年2月執行猶予付き有罪判決を受ける。2009年6月に最高裁で上告棄却、執行猶予付き有罪確定で外務省を失職。2013年6月に執行猶予期間を満了、刑の言い渡しが効力を失った。2005年、自らの逮捕の経緯と国策捜査の裏側を綴った『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』で毎日出版文化賞特別賞を受賞。以後、作家として外交から政治、歴史、神学、教養、文学に至る多方面で精力的に活動している。主な単著は『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)、『獄中記』『私のマルクス』『交渉術』『紳士協定―私のイギリス物語』『先生と私』『いま生きる「資本論」』『神学の思考―キリスト教とは何か』『君たちが知っておくべきこと―未来のエリートとの対話』『十五の夏』(梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞)、『それからの帝国』など膨大で、共著も数多い。2020年、その旺盛で広範な執筆活動に対し菊池寛賞を贈られた。