
ファウンテンブルーの魔人たち
1,265円(税込)
発売日:2025/08/28
- 文庫
- 電子書籍あり
2月14日に、人類は滅亡する!? 白い幽霊、AIロボット、隕石落下……超弩級エンターテインメント!
17階の住人が3人、立て続けに死んだらしいよ──前沢倫文は超高層マンション「ファウンテンブルータワー新宿」の58階で、大学生の恋人・英理と暮らしていた。連続不審死と時を同じくして、マンション内では“白い幽霊”の目撃談が相次ぐ。前沢が事件について調べ始めると、ブルータワーに隠された秘密が徐々に明らかになり……読む前の自分には戻れなくなる、超弩級エンターテインメント。
第一章 六月二日
第二章 六月二十六日
第三章 八月十三日
第四章 十月十三日
第五章 一月八日
第六章 二月三日
最終戦争が始まる
解決しない音符のハーモニー 華凜
書誌情報
読み仮名 | ファウンテンブルーノマジンタチ |
---|---|
シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | ゲレンデ/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 週刊新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 832ページ |
ISBN | 978-4-10-134077-7 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | し-69-7 |
ジャンル | 文芸作品 |
定価 | 1,265円 |
電子書籍 価格 | 1,265円 |
電子書籍 配信開始日 | 2025/08/28 |
インタビュー/対談/エッセイ
「新しい戦争」の時代
男と女はもう駄目だろうという気がする。
この『ファウンテンブルーの魔人たち』という小説はそうした私の基本認識を土台にして書かれたものだ。
子供の頃から私は男女というものが苦手で、好きではなかった。なかでも男の方がより嫌いだったので世間的には“女好き”のように見られたが、実は女性もそれほど好きだったわけではない。
矛盾するような話だが、しかし、私は人間のことは大好きだった。ただ、私の好きな人間というのは、私と直接的な関わりを持たないか、深い関わりを持たない相手で、彼らは活字やニュースの世界、またはちょっと離れた場所に生息していなくてはならないのだった。
そういう人たちのことを私は長年、念入りに観察しながら生きてきた。そして、最近に至って得たのが、冒頭に記した、「男と女はもう駄目だろう」という認識なのである。
世界大戦やベトナム戦争、イラク戦争が終わり、米ソ冷戦も終結したいま、新しい戦争がこの世界を覆い尽くそうとしているかに見える。
男と女の戦争だ。
これは、人種間戦争やイデオロギー戦争、宗教戦争よりも、もっともっと私たちにとって根源的で深刻な戦争でもある。同時に、いつの日にか必ずそうなると宿命づけられた、起こるべくして起こった戦争でもあろう。
もとから男と女は仲が悪いのだ。
女は常にふるわれつづけてきた男からの性暴力に心底嫌気がさしているし、憎んでいる。男の方は、そんなふうに自分たちを憎み続ける女の存在に脅威を感じているし、一方で、彼女たちのために築いてきたはずの社会や紡いできたはずの殺戮史が、いつも女たちによってないがしろにされていることにうんざりしている。
そうやって潜在的に続いてきた男女の対立が、この時代において顕在化し、戦争として再定義される段階にまで到達したのだろうと私は見ている。
これにはやはり、女性の社会参加が認められ、彼女たちが自らの正当な権利や積年の怒りを広く社会に訴えられるようになったことが大きい。
要するに女性たちはやっとのこと、それまで圧倒されてきた男性の暴力支配に異議を唱える力を獲得しはじめたのである。
そこまで来た以上、この先、男と女はどんどん不仲になっていくに違いない。女性が原告、男性が被告の容赦のない終わりなき裁判が開廷したとイメージすれば分かりやすい。
お互いがお互いを必要とするような関係性はどんどん希薄になり、加速度的に、男がいなくてもいい社会、女がいなくてもいい社会、つまりは男女がバラバラに生きてもちっとも不都合のない社会が構築されていくだろう。そして、そのために必要なツールがサイエンスやテクノロジーの成果としてふんだんに私たちに提供されるようになる。
『ファウンテンブルーの魔人たち』で登場させたAIロボットのマサシゲやAIアーティストのロロコロ&ハラスカ、人工子宮のHM1やHM2などはそうしたツールのほんの一例である。
この小説でも書いたが、セックスというのはドラッグとよく似ている。快楽のためには恰好のアイテムだが、ドラッグによる精神崩壊がそうであるように、その副作用として女性や小児に対する深刻で残虐な性暴力を誘発し、社会全体を陰惨なものにする。セックスも本来ならばドラッグ同様に禁止してしかるべきだが、その手段以外に人類の繁殖を可能にする行為がなかったためにいつの時代も「追放の刑」を免れてきたのだ。
しかし、急速に進化する遺伝子工学や生殖医療の力によって早晩、人間はセックスを必要としない繁殖方法を手に入れると思われる。
そうした未来が到来したとき、男と女は一体どうなるのだろう?
「駄目」になるのはもう分かっている。だが、私たちは、たとえば殺し合ったり、どちらかがどちらかを奴隷化したりするのだろうか? それとも共存するのか?
『ファウンテンブルーの魔人たち』の最終場面はそのへんに思いを馳せながら書き上げたのだった。
(しらいし・かずふみ 作家)
波 2021年6月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
白石一文
シライシ・カズフミ
1958(昭和33)年、福岡県生れ。早稲田大学政治経済学部卒業。文藝春秋勤務を経て、2000(平成12)年『一瞬の光』でデビュー。2009年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞、2010年『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。他に『不自由な心』『すぐそばの彼方』『僕のなかの壊れていない部分』『草にすわる』『どれくらいの愛情』『この世の全部を敵に回して』『翼』『火口のふたり』『光のない海』『記憶の渚にて』『一億円のさようなら』『プラスチックの祈り』『ファウンテンブルーの魔人たち』『我が産声を聞きに』『道』『代替伴侶』など著書多数。