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源氏姉妹

酒井順子/著

605円(税込)

発売日:2019/08/28

  • 文庫
  • 電子書籍あり

光源氏を愛し、狂わされた女たち。古典を現代的かつエロスたっぷりに読み解くエッセイ。

源氏物語、それは高貴さに美貌と知性を兼ね備えた主人公、光源氏と肉体関係を結んだ女性たちが織りなす、「姉妹(シスターズ)」のお話。天性の床上手だった夕顔、体の相性ばっちりのセフレ朧月夜、幼女の頃にさらわれた紫上、義理の母なのに関係を持った藤壺……。エロティックな濡れ場や姉妹の心情を肉付けし、源氏のセックス依存と背徳を浮き彫りに。古典を現代的に再構成した刺激たっぷりのエッセイ。

目次
空蝉、軒端荻
夕顔
源典侍、末摘花
桐壺更衣、藤壺宮
六条御息所
葵上、花散里
朧月夜
明石上
朝顔宮、秋好中宮、玉鬘
女三の宮
紫上
新・雨夜の品定め
シスターズ座談会
源氏観光
あとがき
解説 高橋源一郎

書誌情報

読み仮名 ゲンジシスタアズ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 鬼頭祈/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-135123-0
C-CODE 0195
整理番号 さ-23-13
ジャンル エッセー・随筆
定価 605円
電子書籍 価格 605円
電子書籍 配信開始日 2020/02/14

書評

『源氏姉妹』に、おののいて

井上章一

 たまさか読んだ文芸作品に、すっかりのめりこんでしまうことが、ままある。作者のえがく世界にひたりきるだけでは、おわらない。作品の登場人物たちが、読み手の脳裏で、かってな振舞におよびだす。あるいは、きままにしゃべりだすといったことが、ないではない。
 そんなのは、書き手の意図をないがしろにする読み方だと、思われようか。きまじめな国文学研究の世界では、きびしくいましめられそうな気がする。テキストには忠実であれ、と。
 しかし、名作とされる読みものは、しばしば読者の心をおどらせてきた。読む人の多くを、自由な幻想へはばたかせてきた作品こそが、ながらく読みつがれる。古典とされる傑作は、たいていそうして、生きのびてきたのだと思う。
 酒井順子さんはこの本で、『源氏物語』の紫上と藤壺をであわせ、言葉もかわさせている。紫式部の了解も、もとよりありえないことではあるが、もらわずに。
 光源氏は、藤壺にこそ、もっとも魂をうばわれていた。だが、藤壺をおいつづけることは、ゆるされない。そのため、よく似た紫上を見いだし、彼女をそだて、自分の女にする。そして、紫上は猟色の人である源氏が、いちばんなじんだ女となった。すくなくとも、夜をともにした回数では。
 しかし、そんな紫上も、うすうす気づいていた。光の君は、あたしじゃなく藤壺様をもとめていたにちがいない。酒井さんは、紫上に藤壺と語りあう機会をあたえ、こんなやりとりをさせている。

 紫上「藤壺さま、でも私、わかっているのです」

 藤壺「わかっているって……、何をです?」

 紫上「源氏さま――の心にはいつも、誰か違う人がいたのです――それはおそらく、藤壺さま」

 藤壺「おかしなことをおっしゃって。あの方が一番に想っていたのは、まさにあなた」

 紫上「いえ、私はあなたを憎んでいるのではありません――」

 じつは、不肖私も紫上と藤壺のあいだに、似たような会話を妄想したことがある。このくだりを目にして、うれしくなった。私だけのファンタジーではなかったんだな、と。
 ここへいたる前に、源氏と寝たことのある女たちは、それぞれ独白を披露していた。なかには、あけすけなピロー・トークもある。源氏の性的な腕前についても、ときおり彼女たちは口をすべらした。
 そうしたトークをつうじて、酒井さんは酒井さんなりの源氏像をえがきだす。すこしは本気でかわいがられた女や、つまみぐいでおわった女の回想にもとづいて。まあ、おっぱいフェチという人物像は、今の読者にたいするサービスかもしれないが。
 やや下がかった話をへたあとの大団円に、紫上と藤壺のやりとりは紹介されている。源氏が心からもとめていたのは誰かをめぐる二人の葛藤に、クライマックスはあてられた。
 ひょっとしたらと、私は思う。それまでのやや下世話な展開は、ここをひきたたせるための伏線だったのかもしれない。トンネルをぬけたら雪国だったという話の、そのトンネルになっていたのではないか、と。
 この臆測は、私の傷つきやすい雄性がもたらした。男の性的な技もふくむ値打ちをあげつらう女たちに、私はおびえている。そんなところまで、ガールズトークでとやかく言わんといてほしい。かんにんしてくれ。以上のように、とまどっているのである。だからこそ、ほんとうの愛をめぐる最後の応酬でほっとすることができた……。
 酒井さんは、六条御息所の生霊にエールをおくっている。「がんばれ!」「もっとやってしまえ!」、と。弘徽殿女御のことも、応援をしているという。源氏のじゃまをする女たちへ、どうやら心をよせているらしい。源氏のように、女たちのあいだでちょこまかする男へは、鉄槌をということか。
 だとすれば、女たちによる源氏の品定めこそが酒井さんの本願だったことになる。紫上や藤壺へは、便宜的に特等席をあたえただけなのかもしれない。ほんとうに愛されたのはどちらだろう、ですって。もてたという自信のある美人は、いいわね。そんなことが、おくめんもなく語りあえるんだからと、どこかでは思いながら。

(いのうえ・しょういち 国際日本文化研究センター教授)
波 2017年2月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

妄想で語れ! 源氏物語

酒井順子穂村弘

酒井 今日は『源氏姉妹げんじしすたあず』刊行記念対談ということで穂村弘さんをお招きしました。まず『源氏姉妹』について説明しますと、俗に同じ男性と肉体関係を持った女性たちのことを「姉妹」「シスターズ」と言ったりしますが、ある時私は、源氏物語とは源氏を通じて「シスターズ」になった女性たちの物語であると気づいたんですね。そこで性関係から源氏物語を読み解いてみようと考え、シスターズ各人の目から源氏との交わりを考察してみたわけですが、穂村さんはそもそも源氏物語を読んでいないんですよね。

穂村 はい。でもこの対談の依頼メールに「源氏物語を読んだことがない穂村さんに是非」とあったので来ました。

酒井 とはいえ、「短歌のプロなんだから本当は読んでいるんじゃないの?」と思ってお誘いしたんですが。

穂村 いえ、「源氏見ざる歌詠みは遺恨のことなり」と言って、源氏を読んでいない歌詠みは失格と言われてますが……、つまり僕、失格なんです。

酒井 現代語訳も読んでいない?

穂村 現代語訳も漫画も読んでません。けど、不思議なことに登場人物や関係性をなんとなく知っている。やはり、これが「源氏」のすごいところですね。だからこの本も楽しめました。

酒井 ありがとうございます。

穂村 『負け犬の遠吠え』の「負け犬」もそうでしたけど、既存の言葉を思いがけない対象に与えることにより、それまでボンヤリしていた事象をクッキリさせるという名づけの力が酒井さんにはある。この本でいうと「シスターズ」という概念がそうで、これも本来は既存の……、いわゆる竿姉妹のことですよね。対義語は穴兄弟。

酒井 はっきり言っていただいてありがとうございます(笑)。

穂村 でも今回の『源氏姉妹』の面白さはそれだけじゃない。一番の原動力は、同性に対する関心と共感。つまり酒井さんは千年前の同性に対して熱い興味を持っていて、それがこの本をすごく面白い読み物にしているのだと分かりました。

酒井 私は性愛の対象としては異性の方が好きですが、書く対象や見る対象としては女性の方がずっと好き。古典に興味を持ったきっかけも『枕草子』を読んで「清少納言とは親友になれる!」と思ったからでした。

穂村 『紫式部の欲望』という本も出していらっしゃる。まず初めに実作者である清少納言や紫式部にシンパシーを覚え、そして次に架空の人物である女性登場人物たちに心を寄せたということですね。

酒井 ええ、紫式部がなぜ光源氏という人物を創作したのか、興味を覚えたんです。光源氏ってちょっと異常ですよね。性衝動を抑えられない病気じゃないかと思う。男性からはどう見えます?

穂村 うーん、読んでないのに知っている範囲で言うと、彼は帝になれたはずなのになれなかった人なんでしょう?

酒井 よくご存知で(笑)。

穂村 お母さんは早く死んで、義母とは恋愛関係で、それをこじらせて義母に似た少女を拉致してくる。非常に錯綜したタイプのマザコンですよね。容姿や能力は完璧なのに、心は激しく傷ついている。つまりスターの条件を完璧に満たしている男と言えるでしょう。でも酒井さん、源氏のこと嫌いだって書いてましたよね。

酒井 嫌い。だって女の不幸カタログみたいな話じゃないですか、源氏物語。なのに不幸の根源の源氏本人はケロッとしていて、明石に隠遁したりはするけれど、結局は京都に戻って出世して人生を終える。憤懣やるかたない心持ちがします。

穂村 でも、源氏に誘われたらシスターズに加わるともお書きですよね。

酒井 そうですね。

穂村 その心理やいかに?

酒井 それは、いわゆる「据え膳」というものでは?(会場笑)「源氏様はいい匂いがする」「超カッコイイ」「あの人もしたらしいわ」という評判の男が、ある日自分のところにやって来たら、するんじゃないですかね、普通は。

穂村 普通は? そうですか?

酒井 あえて挙手は求めないにしろ、ここにいる女性の八割はシスターズになるんじゃないですか。しかも「見ると寿命が延びる!」とまで言われる男ですよ。だったら寿命も延ばしたいわけで。

穂村 そこまで言われたらね。

六条御息所のカッコよさ

酒井 源氏物語のシスターズをご一緒に見ていきましょうか。早速ですが穂村さん、夕顔でイメージすることは?

穂村 酒井さんが源氏は「ギャップ萌え」したと書いていらしたこと。大変印象的で説得力がありました。

酒井 夕顔は、源氏が誰かのお見舞いに行った時たまたまその近所にあった夕顔の咲くボロ家に住んでいた女です。源氏は高貴な生まれ育ちなので、ボロ家にイイ女がいるというギャップにグッと来たのではないか、と。

穂村 でも夕顔はすぐ殺されるよね。

酒井 源氏と同衾中に六条御息所と思われる生霊に取り殺されます。

穂村 彼女はなにも悪くない。論理的に考えれば源氏を呪うべきなのに。

酒井 女性の嫉妬は男性に向かうのではなく、おおむね浮気相手である女性の方に向かうので、そのとばっちりを受けた形になります。

穂村 六条御息所はその嫉妬の原理を徹底的に貫くので、ひどいことになりますよね。

酒井 生霊化していろんな人を殺す上、死んだ後も怨霊となって祟る。「嘆きわび空に乱るるわがたまを結びとどめよしたがひのつま」は生霊時の六条が詠んだ歌で、乱れ飛んで行ってしまう自分の魂を結び止めてほしいという意味です。本当は源氏に止めてほしいのにそれが叶わない、嘆きと悲しみの歌ですね。

穂村 カッコいい。僕、シリアルキラーの雑誌を定期購読してたんですけど。

酒井 え?

穂村 世界中のシリアルキラーを紹介する雑誌が毎月一冊ずつ届くんですよ。壁に血で「誰か俺を止めてくれ!」と書く男とか、陰でたくさん人を殺しているのにピエロの格好をして孤児院や老人ホームに慰問に行っていた男に心揺さぶられましたね。自分ではコントロールできない殺人衝動に苦しんだり、善悪の二面性があったりするところが非常に切ない。

酒井 あー、わかります。六条は生まれも良いし、とても知的で、源氏は懇願してセックスさせてもらった憧れの女性だったのに、いったん関係ができると冷たくなってしまった。六条の知的な顔と、自分を抑えられない連続殺人鬼の顔との落差はたしかに切ないですね。

穂村 圧倒的なダークヒロイン。

酒井 この人がいなかったらストーリーは単調になったはずですし、きっと紫式部も六条みたいな嫉妬の感情を多分に持っていたんじゃないかと思います。それを表に出さないぶん、全部この物語にぶつけていたのかもしれないですね。

ブスをも救うモテ長者の“精神”

酒井 末摘花は皆さんご存知のブスキャラで有名な人です。良家の出だけれど実家が没落してしまったのでひっそり暮らしており、ギャップ好きの源氏がまたしても忍んで行く。でも、しちゃった後に顔を見たら鼻が長いわ、鼻先は垂れて真っ赤だわ、センスは古臭すぎるわで源氏はビックリした上にウンザリ。

穂村 ほぼ長所なしか。歌にもセンスのなさが表れているんですよね。

酒井 末摘花はやたらに「唐衣」という言葉を使うんです。これは当時、古色蒼然とした言葉だったようで、歌を贈られた源氏が返歌で揶揄したほどでした。

穂村 「唐衣また唐衣唐衣かへすがへすも唐衣なる」って、ずいぶん露骨ですね。

酒井 しかも源氏は、自分の鼻を赤く塗ってまだ少女の紫上に見せ、「僕がこんな風になっちゃったらどうする?」とか言っておどけるんですよ。

穂村 ひどくない?(会場笑)

酒井 末摘花は鈍感なのでバカにされても気づかない。でもその鈍感力ゆえに、結局は源氏に生涯面倒を見てもらうことができるんですよね。

穂村 源氏の「ノーブレス・オブリージュ」なのでは、って書かれていましたっけ。高貴なる義務っていうんですか。

酒井 私の知っているセックスを伴うモテ男たちを見ていると、あんまり女性の好き嫌いがないんですよね。美人ともしているけれどもブスともオバサンともしている。これはたぶんモテという財産を豊かに持つ者による福祉の精神じゃないか。源氏も同様の精神を持っていたのではないかと思った次第です。

穂村 しかし昔の人ってすごいよね。恋が盛り上がってる時や後朝きぬぎぬどころか、気持ちが冷める間際にも歌を贈り合うとか。だって源氏って仕事もしてるんでしょ。僕は歌を詠むのが仕事ですけど、たぶん源氏より全然作ってませんよ。

酒井 当時は和歌がSNSだったわけですから。

穂村 僕、今だから歌人をしてるけど、その時代に生まれていたら絶対通用してないと思う。だって、当時はコミュニケーションとしての歌ですよね。源氏みたいな色好み的高度さが全然ないもの。

酒井 和歌の名手として名を馳せつつ、世渡りはいまひとつ……とか言われていたかもしれませんね。

紫式部の歌がサエない理由

穂村 さっき酒井さんが紫式部は嫉妬を表に出さず、物語にぶつけたのかもって言ったでしょう。彼女の作る歌がいまひとつ冴えないと言われている理由はたぶんそこなんですよね。クールで、我を忘れることができず、批評性や構築性がある。同時代の天才女流歌人・和泉式部のことを紫式部は「歌は天才だけど男好きで困る」と評してるそうだけど、「天才だけど男好きなんじゃなくて、我を忘れて愛に走るから天才なんだ」と言いたい。つまり歌においてはロジックよりも一瞬の衝動にすべてを賭けるようなセンスが必要で、客観性や批評性といった散文的な知性はむしろ邪魔になるんですよね。

酒井 紫式部は清少納言とも完全に性質が違う。清少納言は自分の持っているものを「見て見て!」と書いちゃう性急さがあり、それが随筆という形式とマッチしたんだと思いますが、紫式部はネタを自分の中でじっくり熟成させてトロミをつける、みたいな感じがします。

穂村 怖いよね。僕なんか自慢している人を見ると、素直で性格がいいんだなって思う。自慢したさが強すぎると逆に何も言えないんだよ。

酒井 穂村さんも自慢しないですけど。

穂村 そういう気持ちが強すぎるので、ボケた時にどれだけ言ってしまうか、今から心配してる(会場笑)。

酒井 ここまでなんとなく知っている知識で話して来られた穂村さんですが、ついに源氏物語を読む予定があるとか?

穂村 はい。酒井さんは全部読むのにどれくらいかかりました?

酒井 ちびちび読んで3年くらいです。

穂村 3年で読めるんだ。僕はどうも10年ぐらいかかりそうなんだけど、指導してくれる先生が今89歳なので、「急ごう」って言われてます。

酒井 ぜひ早く始めて下さい。10年後、源氏物語を読み終わった穂村さんともっとディープなシスターズ&ブラザーズの話をしたいものです。

(さかい・じゅんこ エッセイスト)
(ほむら・ひろし 歌人)
波 2017年4月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

酒井順子

サカイ・ジュンコ

1966(昭和41)年東京生まれ。高校時代より雑誌「オリーブ」に寄稿し、大学卒業後、広告会社勤務を経てエッセイ執筆に専念。2003(平成15)年に刊行した『負け犬の遠吠え』はベストセラーとなり、講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。古典作品にまつわる著書も数多く、『枕草子』の現代語訳も手がけている。他の著書に『枕草子REMIX』『女流阿房列車』『紫式部の欲望』『ユーミンの罪』『地震と独身』『子の無い人生』『百年の女』『家族終了』『日本エッセイ小史』などがある。

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