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日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―

森下典子/著

649円(税込)

発売日:2008/11/01

書誌情報

読み仮名 ニチニチコレコウジツオチャガオシエテクレタジュウゴノシアワセ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 平野光良(新潮社写真部)/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-136351-6
C-CODE 0195
整理番号 も-34-1
ジャンル エッセー・随筆
定価 649円
電子書籍 価格 649円
電子書籍 配信開始日 2020/06/12

人生の挫折のなかで発見した、五感で季節を味わう歓び……。生きる勇気が湧いてくる感動の一冊。

お茶を習い始めて二十五年。就職につまずき、いつも不安で自分の居場所を探し続けた日々。失恋、父の死という悲しみのなかで、気がつけば、そばに「お茶」があった。がんじがらめの決まりごとの向こうに、やがて見えてきた自由。「ここにいるだけでよい」という心の安息。雨が匂う、雨の一粒一粒が聴こえる……季節を五感で味わう歓びとともに、「いま、生きている!」その感動を鮮やかに綴る。

  • 映画化
    日日是好日(2018年10月公開)
目次
まえがき
序章 茶人という生きもの
第一章 「自分は何も知らない」ということを知る
第二章 頭で考えようとしないこと
第三章 「今」に気持ちを集中すること
第四章 見て感じること
第五章 たくさんの「本物」を見ること
第六章 季節を味わうこと
第七章 五感で自然とつながること
第八章 今、ここにいること
第九章 自然に身を任せ、時を過ごすこと
第十章 このままでよい、ということ
第十一章 別れは必ずやってくること
第十二章 自分の内側に耳をすますこと
第十三章 雨の日は、雨を聴くこと
第十四章 成長を待つこと
第十五章 長い目で今を生きること
あとがき
文庫版あとがき
解説 柳家小三治

インタビュー/対談/エッセイ

奇跡の四十年 『日日是好日』(新潮文庫)その後

森下典子

 五年前の冬だった。銀座で打ち合わせした帰り、数寄屋橋交差点で青信号を待ちながら通りの向こうにそびえる有楽町マリオンを見た。ふと、あの日を思い出した……。
 1978年。私は就職活動中だった。未曾有の不景気でどこへ行っても履歴書を突き返され、打ちのめされて数寄屋橋交差点にやってきた。有楽町方面を見ると、軍艦みたいな大きなビルが建っている。なんだか「お前はいらない」と拒絶されている気がした。
 内定なし、就職浪人決定……。そんな私にアルバイトの話が舞い込んだのは、その年の暮れだった。週刊誌のコラムに巷のこぼれ話を書く仕事だという。その週刊誌の編集部は、なんと、数寄屋橋交差点の向こうに見えた軍艦みたいな新聞社の本社ビルにあった。
 それが書く仕事のきっかけだった。数十行の無署名のコラムを十年書き、私はフリーライターになった。
「身分の保証もないなんて。華やかなのはほんの一握りの人だけだよ」と、親は反対した。それもわかっていた。けれど、その危うい道に賭けてみたい自分がいた。体験記、インタビュー記事、ルポ。本も何冊か書き、三十代はあっという間に過ぎた。たまにまとまったお金が入っても、長くは続かない。仕事がないこともある。いつも不安と葛藤がつきまとう人生になった。
 毎週土曜日の午後、私はお茶の稽古に行った。二十歳の時、母に勧められて、軽い気持ちで習い始めたお稽古事だった。……茶室に座ると、静けさの中でしか聞こえない音が聞こえてくる。木々の葉を打つ雨の音。お湯と水の音の違い。そして、釜の底で静かに鳴り続ける「松風」。釜に水を一杓足すと、松風は止み、しばし沈黙が続く。やがて断続的に「し、し、し、し」と鳴り始め、「し―――」と一つにつながる。私はその音に、心を預けた。すると、静けさが心の奥にしみ渡って、呼吸が深くなる……。お茶の帰り道は、空が高く、遠くまで見渡せた。
 軽い気持ちで始めたお茶が、いつの間にか人生に寄り添い、仕事と対をなす両輪となって、私を支えてくれていた。
 茶室の中で、心の中に起こることを、私は誰かに話してみたかった。だけど、それを言葉にすることは、夜見た夢をつかまえるのに似ていた。確かに感じたのに、言葉にすると違うものになってしまう。私は薄い膜に隔てられているようなもどかしさを感じた。
 それを本に書こうと思ったのは四十代の初めだった。私と同じように日々悩みながら生きている人に、一緒に茶室に座り、私が聴いた雨の音や、松風の音を聴いて欲しい。そして、心に起こることを共に感じて欲しい。このもどかしさを突き破り、誰かに胸の思いを伝えたかった。
『日日是好日―お茶が教えてくれた15のしあわせ―』が出版されたのは2002年、四十六歳の時だった。
 反響がひたひたと返ってきた。読者からのはがきが、小さな文字でびっしり埋まっていた。「駅のベンチから立てなくなり、一気に最後まで読みました」「涙が真っすぐ、ストン、ストンと落ちました」
 伝わった……。背中に何かがサワッと走った。初めて本がベストセラーになった。そして、2008年、『日日是好日』は文庫化され、毎年、版が重なった。
 それでもまだ経済的安定は遠い。友だちが皆、定年後の人生を考える年代になっても、私は陸の影も見えない海原を泳ぎ続けなければならなかった。そんなある日、数寄屋橋交差点で、就職活動の頃を思い出したのだ。
「あれから、四十年……」
 その時、何かが反転した。
 考えてみれば、私はまがりなりにも筆一本でここまで食べてきたのだ。
(よく生きてこられたなぁ〜!)
 突然、空の上から、自分の人生が見えた。門前払いばかりの就職活動、週刊誌のアルバイト、お茶の稽古。すべてがつながってここにいた。実はすべてが必要だったのだよと、「答え」を見せられた気がした。
 人は歳月を重ねることでしか、自分の人生を見ることができない。生きてみなければわからないのだ。一つ一つの出来事は不運や不幸に見えたとしても、年月を重ね、振り返ってみると、起こったことは必要だったことに変わる。不安と葛藤の自分の四十年を、私はその時「奇跡だ!」と心から思った。
 翌年、六十歳になった私に、本当に奇跡が起こった。映画化の話が舞い込んだのだ。映画プロデューサーの吉村さんは、松田龍平に似た四十代のイケメンだった。彼は、地元の図書館でたまたま『日日是好日』の背表紙を目にし、何気なくページをめくったという。
「号泣しました。映画化させてください」
 繰り返し読んだ彼の『日日是好日』は、ほぼ原形をとどめないほど、ぼろぼろになったという。その言葉に胸が熱くなった。
 製作費は一億円。俳優への出演依頼、さまざまな交渉。吉村さんは数々の難関を乗り越え、一年後、映画化が正式決定した。監督は大森立嗣。主なキャストも決まっていた。
「えっ! 黒木華と樹木希林!?」
 その知らせを聞いた時、私はあまりの僥倖に耳を疑った。
 映画作りが動き始めた。横浜市内の一軒家に、稽古場のロケセットが作られた。私は「茶道指導」として、先生役の樹木希林さんのお点前を指導することになり、撮影期間中はスタッフとして現場に立ち会うことになった。
 撮影、照明、録音、大道具、小道具……連日、数十人のスタッフが集まり、大森監督の「スタート!」「カーット!」という号令が現場に響いた。
 撮影が終わると、私は新たな本を書き始めた。『日日是好日』は、お茶を始めた二十歳から二十六年間の成長記だったけれど、それには続きがある。私は六十を過ぎた今も稽古に通い続け、四十代だった先生は八十代の今も稽古を見てくださっている。そこに集う仲間も年を重ねた。
 私はもう『日日』の頃のように、目に見える成長をすることはないが、障子に映る庭木の影や、夏の夕立の匂い、ふとした人の言葉を味わいながら、季節と共に内へ内へと熟している……。五十代の頃、稽古の後につけていた日記を基に、稽古場のある一年の二十四節気を書いた。『好日記 季節のように生きる』は、映画公開の直前、書店に並んだ。
 樹木希林さんの訃報が飛び込んできたのは、映画公開の一カ月前だった。衝撃が日本中に広がった。「日日是好日」は、その年カンヌ映画祭で賞を獲った「万引き家族」と共に、樹木さんの最期を飾る作品になった。
「映画は作っただけじゃダメ。知ってもらわないと。物作りって、そういうものよ。興行収入の目標はいくら? 十億? あ、そう」

写真

 最後に会った完成披露試写会の日、樹木さんはそう言って、体調のすぐれない中、率先して宣伝活動の先頭に立った。……まるで、見えない樹木さんが差配したかのように、映画「日日是好日」は、公開二カ月で観客動員数百万人を突破した。原作も増刷を重ね、六十万部になった。単行本の出版から十六年、文庫化から十年がたっていた。
「こんなこと、あるんですねぇ……」
 私は驚き、
「こんなこと、あるんですねぇ……」
 編集者も驚いた。
 全国から講演依頼がやってきた。京都、盛岡、札幌、岐阜、富山、新潟……トランクをゴロゴロ引っ張って旅する日々が始まった。茶道への思い、映画の撮影現場の裏話、樹木さんとの思い出……。私は、見えない読者に向かって書いてきたが、講演会では、目の前に、会場を埋め尽くす聴衆の顔が見えた。サイン会で、若いお弟子さんに両側から支えられた高齢のお茶の先生に、「私が長年言いたかったことを、あなたは代わりに書いてくれた。ありがとう!」と、力強く手を握られた。盛岡の講演で、東京から飛んできたという女性が、「この本が、私の生き方を変えてくれた」と、ボロボロになった『日日』を見せてくれた。嬉しくて胸がいっぱいになった。『日日』は、私だけの『日日』ではなくなっていたのだ。
 そして『日日』は海を渡ることになった。翻訳出版のオファーが次々にやってきた。フランス、フィンランド、韓国、イタリア、オーストラリア、イギリス。表紙もタイトルも、国によってさまざまな『日日』が出版される。
 楽しみにしていた、そんな春、コロナ禍で、世の中は突然活動を止め、講演も次々に延期になった。フランスでの映画上映も決まっていたが中止になった。
 ステイホーム期間中、私は以前から作りたかった本に取り組んだ。
 絵が描きたくて仕方がなかった。稽古場で、先生の美しいお道具や茶花、季節のお菓子などを見ていると、時々、愛おしさで、指先がうずうずした。好きだ。描きたい。この道具の、どこが好きなのか。その感情を自分の体を通して紙の上に載せたい。
 茶入の肩から飴のようにトローッとなだれた釉の色。棗の肩の丸みを照らす春の光。蓋の裏から現れる蒔絵の妖しい輝き。ここは色を薄くしよう。ここは銀を使おう。自分の思いを紙に載せようと苦心する時、苦しみは歓びだった。
『日日是好日』『好日日記』の時もそうだった。私は言葉にせよ絵にせよ、好きで愛おしいと感じることを紙の上に載せたいのだ。自分の五感と体を通したものは、永遠に自分のものになる。
 日本の繊細な季節のグラデーションを七十三枚の絵にして並べ『好日絵巻 季節のめぐり、茶室のいろどり』という本が出来上がった。
 いったん収まったかに見えたコロナが、また再燃し、この猛暑の夏もマスクをして暮らすことになった。
 そんな中、コロナで大打撃を受けたあのイタリアから、イタリア語版の『日日』が届いた。黒木さんと樹木さんのような二人が、縁側に並んで座る表紙のイラストがかわいい。なんと発売一カ月で増刷されたという。
 吉村プロデューサーからは、フランスでの映画「日日是好日」の上映が再決定したというニュースが来た。
 コロナが猛威を振るっても、本や映画は死なない――じわじわと元気がわいてくる。
 コロナは社会の構造や私たちの人生観を否応なしに変えるだろう。けれど、いつか長い歳月の先に、起こったことは必要だった、そう思える日が来ると信じよう。

(もりした・のりこ エッセイスト)
波 2020年9月号より

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どういう本?

タイトロジー(タイトルを読む)

 雨は、降りしきっていた。私は息づまるような感動の中に座っていた。
 雨の日は、雨を聴く。雪の日は、雪を見る。夏には、暑さを、冬には、身の切れるような寒さを味わう。……どんな日も、その日を思う存分味わう。
 お茶とは、そういう「生き方」なのだ。
 そうやって生きれば、人間はたとえ、まわりが「苦境」と呼ぶような事態に遭遇したとしても、その状況を楽しんで生きていけるかもしれないのだ。
 私たちは、雨が降ると、「今日は、お天気が悪いわ」などと言う。けれど、本当は「悪い天気」なんて存在しない。
 雨の日をこんなふうに味わえるなら、どんな日も「いい日」になるのだ。毎日がいい日に……。
(「毎日がいい日」?)
 自分で思ったその言葉が、コトリと何かにぶつかった。覚えがあった。どこかで出会っていた。何度も、何度も……。
 その時、自然に薄暗い長押の上に目が行った。そこに、いつもの額がある。
「日日是好日」
(中略)
「日日是好日」の額は、初めて先生の家に来た日から、いつもそこに掲げられていた。初めてお茶会に連れて行ってもらった日には、掛け軸に書かれていた。その後、何度もこの言葉を見てきた。
 ずっと目の前にあったのに、今の今まで見えていなかった。
「目を覚ましなさい。人間はどんな日だって楽しむことができる。そして、人間は、そのことに気づく絶好のチャンスの連続の中で生きている。あなたが今、そのことに気づいたようにね」
 そのメッセージが、ぐんぐん伝わって胸に響く。(本書217~219ページ)

装幀

[萩茶碗]
14代坂倉新兵衛作 即中斎 銘「好日」

一行に出会う

「生きてる」って、こういうことだったのか!(本書7ページ)

著者プロフィール

森下典子

モリシタ・ノリコ

1956(昭和31)年、神奈川県横浜市生れ。日本女子大学文学部国文学科卒業。大学時代から「週刊朝日」連載の人気コラム「デキゴトロジー」の取材記者として活躍。その体験をまとめた『典奴どすえ』を1987年に出版後、ルポライター、エッセイストとして活躍を続ける。『典奴ペルシャ湾を往く』『前世への冒険――ルネサンスの天才彫刻家を追って』『ひとり旅の途中』『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』『いとしいたべもの』などの著書がある。

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