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ふがいない僕は空を見た

窪美澄/著

693円(税込)

発売日:2012/09/28

  • 文庫
  • 電子書籍あり

第24回山本周五郎賞受賞、本屋大賞2位(2011年)。2012年、映画化。

高校一年の斉藤くんは、年上の主婦と週に何度かセックスしている。やがて、彼女への気持ちが性欲だけではなくなってきたことに気づくのだが──。姑に不妊治療をせまられる女性。ぼけた祖母と二人で暮らす高校生。助産院を営みながら、女手一つで息子を育てる母親。それぞれが抱える生きることの痛みと喜びを鮮やかに写し取った連作長編。R-18文学賞大賞、山本周五郎賞W受賞作。

  • 受賞
    第24回 山本周五郎賞
  • 受賞
    第8回 R-18文学賞 大賞
  • 映画化
    ふがいない僕は空を見た(2012年11月公開)
目次
ミクマリ
世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸
2035年のオーガズム
セイタカアワダチソウの空
花粉・受粉

書誌情報

読み仮名 フガイナイボクハソラヲミタ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-139141-0
C-CODE 0193
整理番号 く-44-1
ジャンル 文芸作品
定価 693円
電子書籍 価格 693円
電子書籍 配信開始日 2019/01/25

書評

“逃げ場”から“確かな道筋”へ

芋生悠

 学生の頃、私にとって本は“逃げ場”だった。教室の片隅で、誰にも干渉されたくないという一心で本を開く。ページの内容なんて一行も頭に入っていなかったけれど、とにかく「本を読んでいる私」という防御壁を張っていれば、なんとなくやり過ごせたからだ。それが上京後、少しだけ贅沢な“隠れ家”へと進化した。家具のない殺風景な部屋で、ダンボールの上に積み上げた物語たち。かつての逃げ場は、いつの間にか自分だけの時間を楽しむための大切なスペースになっていた。
 そんな私の時間を、密かに、しかし確実に彩ってくれた三冊がある。あれから少し大人になった今、改めて読み返すと、夢を追い上京してきた当時を少し愛おしく感じさせてくれる、特別な物語たちを紹介したい。

江國香織『つめたいよるに』書影

 江國香織『つめたいよるに』
「デュークはとても、キスがうまかった」
 この一文で魔法にでもかかったように物語に引き込まれた。冒頭の一編「デューク」は、愛犬との別れと再生を描いた物語だ。空想的で、オカルトめいた静けさは、現実の境界を曖昧にし、私の日常をふわりと非日常へと誘い込んでいく。
 この本には、そんな柔らかな揺らぎが満ちている。終盤の一編「ねぎを刻む」に触れるとき、私は頁を閉じて反芻する。
「どうして、二人の方が孤独が濃くなったりするんだろう」
 その切実な問いに、冷たい熱を感じる。物語は日常を切り取った一片。彼女はラスト、食卓を整えながら、「私の孤独は私だけのものだ」と確かめ、しゃくりあげながら山盛りのねぎを味噌汁に入れる。そして深呼吸をして、明日を迎える覚悟を決めたようにご飯を食べる。あの孤独を肯定する慎ましさが、今の私に必要な温度をくれる。ドライな都会の風の中で、この本だけが確かな体温を持って、今日も私の本棚で静かに呼吸している。

窪美澄『ふがいない僕は空を見た』書影

 窪美澄『ふがいない僕は空を見た』
 ふと、そのタイトルを声に出したくなる時がある。切ないのに、どこか小気味良さがあって、胸の奥の澱をすくい取ってくれるような感覚だ。
 大人になる過程で突きつけられる現実は、時に不器用なほどに残酷だ。物語の中の彼らは、誰にも言えない関係や自身の未熟さに押しつぶされそうな日々を送っている。甘い言葉で寄り添ってくれるわけではないが、彼らの抱く“痛み”がどうしようもなくまさに痛いほどに伝わってくる。それは生と性の営みのなかで、誰かと、あるいは自分自身と、魂で繫がろうとする必死の足搔きだ。
 それが行間から、胸を射抜くほどの鼓動の音を伴って流れ込んでくる。物語の彼らを見ていると、「どうしても生きていたい」という泥臭い底力がふつふつと湧いてくるのを感じる。“逃げ場”だった読書は、この本に出会ったことで、現実を受け入れた上で自分の足で立つという確かな道筋へと変わった。この本は、傷ついたまま空を見上げる勇気をくれる伴走者である。

吉本ばなな『キッチン』書影

 吉本ばなな『キッチン』
 かつてはただの点だった読書が、いつしか点と点が線になるように、私の足場へと変わってきた。そのなかでも、この物語に抱く感情は少しだけ複雑だ。完全に分かり合えるわけではない他者と生きることは、いつだって痛みを伴う。
 作中の彼らは非情な喪失を背負わされ、「神様って、いないのかしら」と零す。なのに、そんな彼らが羨ましく見える。運命に翻弄されながらも周りを惹きつけてやまない光のようなものがそこにはあるから。感情移入すればするほど苦しいのに、眩しい羨望すら入りまじってくる。
「満月」「ムーンライト・シャドウ」と、この本に月がたびたび顔を出すのも好きだった。夜に月を見上げる時、私はたったひとりになれる。空にぽっかりと浮かぶ月は、どうしようもない隔たりや痛みを抱えた私たちの頭上で、ただこちらを眺めるように光っている。同じ屋根の下で誰かが息をしていて、水音が響くキッチンのそばで眠る夜は、隙間を無理に塞ぐのではなく、その隣で今日をやり過ごすこと。そんな小さな営みに、月はそっと寄り添ってくれる。
 かつて身を潜めるための逃げ場であり、束の間の隠れ家だった物語は、いつしか私の人生に欠かせないものとなった。ねぎを刻み、誰かの気配を感じ、丁寧に日々を重ねていく。そうして自分の手で紡いだこのささやかな暮らしこそが、かつての心細かった私を温めてくれる。あの頃夢見た未来の部屋で、今日も愛おしい物語たちをそっと抱き寄せる。

(いもう・はるか 俳優)

波 2026年9月号より

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著者プロフィール

窪美澄

クボ・ミスミ

1965(昭和40)年、東京生まれ。2009(平成21)年「ミクマリ」で女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞。受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』が、本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10第1位、2011年本屋大賞第2位に選ばれる。また同年、同書で山本周五郎賞を受賞。2012年、第二作『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞を、2019(令和元)年、『トリニティ」で織田作之助賞を、2022年『夜に星を放つ』で直木賞を受賞。その他の著作に『アニバーサリー』『よるのふくらみ』『水やりはいつも深夜だけど』『やめるときも、すこやかなるときも』『じっと手を見る』『私は女になりたい』『朔が満ちる』『夏日狂想』『ぼくは青くて透明で』などがある。

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