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心療内科を訪ねて―心が痛み、心が治す―

夏樹静子/著

539円(税込)

発売日:2006/07/28

  • 文庫
  • 電子書籍あり

がんばり屋さんへ――。腰痛、肩こり、不眠、倦怠、etc…の原因はあなた自身かもしれない。

ひどい腰痛に苦しんだ3年間の地獄体験が、著者を心療内科取材に駆り立てた。潰瘍性大腸炎、顎関節症、高血圧、拒食・過食症、脱毛……原因不明のすべての症状の裏には、心の痛みが隠れていた。心はあらゆる形をとって警告を出していたのだ。様々な症状に苦しむ人々の体験を語り、大反響のルポルタージュ。腰痛、肩こり、不眠、倦怠……の原因は、あなた自身かもしれません──。

目次

1 心身症との出会い
作家・出光静子(54歳)―腰痛

2 両親を苦しめたかった
高校一年・谷口麻里(16歳)―耳痛・シャックリ様痙攣

3 上昇志向と職場の軋轢
会社員・鳥井康司(47歳)―潰瘍性大腸炎

4 より完全に、より美しく
語学学校アシスタント・野見山さゆり(34歳)―醜形障害・顎関節症

5 高血圧なら、逃げられる
会社役員・宗形陽平(54歳)―高血圧

6 極限への綱渡り
大学生・東田奈保(21歳)―拒食・過食

7 とらわれの悪循環
石堂欽三(82歳)―肛門痛
主婦・仁科登紀子(49歳)―腰痛

8 髪の毛の悲鳴
小学三年・佐々木コズエ(9歳)―毛髪抜毛症
主婦・富岡杏子(37歳)―円形脱毛症

9 エリートコースと各駅停車
会社員・及川晃平(34歳)―過敏性腸症候群
会社員・朝倉義朗(47歳)―過敏性腸症候群

10 All or None・完全主義の陥し穴
OL・菅多喜子(26歳)―斜頸
主婦・奈良井寿子(70歳)―眼瞼下垂

11 喘鳴が止まる時
経営者の妻・高見知子(45歳)―喘息

12 症例の数だけ人生がある

あとがきに代えて
解説  久保千春

* 登場人物はすべて仮名です。また、敬称は略させていただきました。

書誌情報

読み仮名 シンリョウナイカヲタズネテココロガイタミココロガナオス
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-144313-3
C-CODE 0195
整理番号 な-18-13
ジャンル 文学・評論、心理学、ノンフィクション、暮らし・健康・料理
定価 539円
電子書籍 価格 539円
電子書籍 配信開始日 2021/11/12

立ち読み

1 心身症との出会い  作家・出光静子(54歳)―腰痛

 あの痛みは一体どこから生まれていたのだろう?
 今でも私は、まるで超自然現象の体験を思い起こすかのように、心底不思議な気持で空間に目を凝らしてみることがある。
 何一つ疾患のなかった身体の奥から際限もなく湧き出してきたような、あの猛烈な痛みは……?
 回復後年月がたつにつれて、私の感覚からはそろそろリアルな記憶が薄れかけているが、まだその原因もわからずに増悪の一途を辿っていた頃のノートには、日々の苦痛が生々しく書き綴られている。
〈毎日ほとんどの時間、腰の痛みに苛まれている。痛みの質や程度は時によってちがうが、腰全体が活火山になったような熱感を伴ってガンガン痛い時や、骨にヒビでも入るようにみしみし、しんしんと痛む時、あるいは尾骶骨のちょっと上がなんとも頼りない感じでボワッと痛んだり、おヘソの真後ろくらいの高い位置が、身体を支えていられないといわんばかりに怠痛かったり……〉
〈痛みはベッドの中で目覚めた直後から始まり、ゆっくりベッドに留まっていることも許してくれない。覚醒直後から発生する痛みは、背中のあたりまでどんどん増幅して、寝ている状態に耐えられなくなってくるからだ。
 そこでとにかく起き上って、着替えをするが、すると再び痛みが頭をもたげ、加えて背中を立てていることがなんとも怠くしんどく、まもなくまたそのへんに横になる。結局朝から晩まで大部分の時間、身体をエビのように曲げてジッと横たわっている以外に何もできない。どんな鎮痛剤、座薬も注射も、私には全く効かない。ほんのしばらく痛みを忘れさせてくれる程度の効果さえないのである〉
〈以前はまだしも夜だけは安息だったが、最近は朝から晩まで、入浴後も痛く、眠るまで続く。早朝覚醒はほとんど毎朝となり、決まって午前四時前後。覚醒する瞬間に「目を覚ましたくない!」と激しく抵抗しながら目が覚めてしまう。つぎの瞬間から腰と背中に傷を負っているような痛みが始まり、たちまちひどくなって、終いには輾転反側して「痛い、痛い」と声が洩れる〉
 こんな状態がほぼ三年続いたのだった。
 最初は、ある奇妙な症状が私を襲った。
 一九九三年一月のある朝、朝食後いつもの通り書斎へ入った私は、デスクの前に掛けて前日の原稿に目を通し、続きを書き始めようとした。ところがそのうち、腰が怠いような、なんともいえず頼りない感じがして、腰掛けていることが耐えられなくなって立ち上ってしまった。
 何回か座り直してみるが、どうしても我慢できない。私は突然、椅子に掛けられなくなったのだ。それがすべての発端であった。
 痛みが出てきたのは一カ月ほど後だった。初めのうちは時々鈍痛を覚える程度だったが、しだいにひどくなり、長時間続くようになった。
 つぎには異常な全身倦怠を覚え始めた。背中に鉄の甲羅を貼りつけたようなとか、身体が地に吸い寄せられるような、などと表現していたが、部屋の端から端まで這って行こうかと思うほどだった。
 自分で三重苦と呼んでいたこれらの症状が二カ月ほどの間に出揃って、あとはひたすら悪化の一途。〈目まいがするくらいの痛み。腰が豆腐のように頼りなく、手をついて階段をのぼる〉といったミゼラブルな有様となった。
 当然ながら検査を受けた。大学病院の整形外科、内科、婦人科、神経内科で精密検査、精神科まで受診したが、これといった疾患は見出されなかった。結局、長年の座業からくるマッスル・ウィークネス(筋肉弱化)であろうと、整形外科の教授が診断を下した。
 整形外科のクリニックへ通院しながら、私は医師に勧められるまま週三回の水泳と水中歩行に励んだ。体操もウォーキングも、筋肉強化のためになることなら遮二無二やった。
 いささかの改善もなく半年もたつうち、大勢の人が民間療法を勧めてくれるようになった。「自分はそこで嘘のように治った。騙されたと思って行ってみなさい」といわれるたび、私は試してみずにはいられなかった。鍼灸、気功、整体、カイロプラクティック、マッサージ、足の裏を揉んだり、低周波をかけたり。こんな羽目になるまでは無縁だったが、多種多様な民間療法は数限りなくあった。私は勧められたほとんどすべての治療院を訪れた。腰掛けられないので、車の後部座席に横になって通った。とにかくこのままではどうにもならない。治りたい一心、の一語に尽きる。終いにはお祓いまで受けた。
 住居のある福岡から東京近郊まで、ひょっとして「嘘のように治る」僥倖を求めてさ迷い、その間にはペインクリニックへとびこんだり、ファミリードクターにモルヒネを打ってくださいと懇願した。今ほんのいっとき、この痛みから逃れられれば何も望まないと思う時があった。
 そうやって二年半も経つ頃には、私は回復への希望も失い、いずれこのまま死ぬしかないのだろうといった無気力状態で家に引き籠るようになった。横向きに寝て、画板に原稿用紙を貼りつけて書いていた仕事も、もうほとんどできなかった。
 知人の紹介で、東京から心療内科の医師の訪問を受けたのは、九五年盛夏である。
 彼はソファに横たわった私から、生育歴から現在の症状まで、約二時間かけて聴き取った。私が大学病院で何回も精密検査を受け、器質的疾患が発見されなかったことも確認した。
 そのあとで、彼は自信のある口調でいった。
「典型的な心身症ですね」
 実をいえば、私は知人の友人である彼を紹介されるまで、心療内科などは考えたこともなかった。心身症という病名も、初めて聞くような気がした。

著者プロフィール

夏樹静子

ナツキ・シズコ

東京生れ。慶應義塾大学英文科卒。在学中からNHKの推理番組の脚本を手掛ける。結婚で一時中断するが、1969(昭和44)年江戸川乱歩賞に『天使が消えていく』で応募、執筆を再開する。繊細な心理描写を用い、社会性に富む題材を扱う。1973年、『蒸発』で日本推理作家協会賞、1989(平成元)年に仏訳『第三の女』でロマン・アバンチュール大賞、2006年、日本ミステリー文学大賞を受賞。著書は『Wの悲劇』『白愁のとき』『茉莉子』『量刑』『見えない貌』など多数。

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