公孫龍 巻二 赤龍篇
737円(税込)
発売日:2024/04/24
- 文庫
- 電子書籍あり
公孫龍、趙の後継者争いに巻き込まれる! 中国戦国時代を舞台に描く大河小説第二部。
中国戦国時代周王朝末期、宮廷内の陰謀で命を狙われた王子稜(りょう)は、公孫龍(こうそんりょう)と名乗り商人となった。その天賦の才を買われ、燕の昭王や趙の恵文王の信頼を得るが、趙の後継者争いに巻き込まれて、先代王の主父(しゅほ)と対立することに。一方、公孫龍のもう一つの拠点である燕に、楽毅(がっき)が魏王の使者として到着。その忠烈と軍略家としての才を認める公孫龍は、楽毅を獲得するために奔走する。疾風怒濤の第二部。
主父の陰謀
肥義の死
沙丘の乱
夏の戦陣
安陽君の死
乱の終熄
苦難の大商人
新制の国
楽毅の到着
辛抱の秋
堂の蟋蟀
暗中飛躍
田甲事件
ふたつの井戸
運命の明暗
書誌情報
読み仮名 | コウソンリョウカン02セキリョウヘン |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 神木野啼鹿/カバー題字、原田維夫/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 336ページ |
ISBN | 978-4-10-144462-8 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | み-25-42 |
ジャンル | 歴史・時代小説 |
定価 | 737円 |
電子書籍 価格 | 737円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/04/24 |
書評
今や古代中国は
歴史物には小説であれ、マンガであれ、はたまた映画、ドラマ、舞台であったとしても、人気の時代というものがあるようだ。日本の歴史であれば、戦国と幕末の二時代だ。NHKの大河ドラマをみても、手を替え品を替えで、戦国、幕末、戦国、幕末の繰り返しだ。これを外すと(今年がそうだし、個人的には好きなのだが)、けっこう苦しいほどなのだ。
どうしてなのかと考えると、まず時代が魅力あふれる。ゆえに優れた作品が多く生み出されてきた。それは疑いないのだが、関連して人口に膾炙している、要するに馴染みがあることも大きい。待ってました、織田信長。いいぞ、豊臣秀吉。しぶいぞ、徳川家康。待ってました、坂本龍馬。いいぞ、西郷隆盛。しぶいぞ、土方歳三。そんな掛け声を発したくなるほど興奮する。ただ知った顔が登場するだけで、もう心が浮き立つのである。
それが中国の歴史であれば、圧倒的な人気を誇るのは三国志の時代だろう。待ってました、劉備玄徳。いいぞ、孫権仲謀。しぶいぞ、曹操孟徳――いや、諸葛孔明、関羽雲長、張飛益徳、周瑜公瑾と、際限なく名前が出てくる。これと比べられるとすれば、さらに遡る古代、項羽と劉邦の時代くらいではないかと私は思う。それも以前は項羽と劉邦の一点買いというか、その物語を始める都合で、秦の始皇帝の時代から描かれるくらいのものだった。ところが近年、その軸が微妙に前にずれたというか、広がったような気がしている。遡った春秋戦国時代まで含めて、大人気の時代に長じたように思うのである。
マンガでは、若き始皇帝の時代を描いた『キングダム』(原泰久作)が愛されている。三国志ものの傑作『蒼天航路』に続いて、春秋戦国時代を活写している『達人伝』(王欣太作)も、ファンの心をがっちりつかんで放さない。待ってました、孟嘗君。いいぞ、項燕。しぶいぞ、李牧。こんな調子で三国志や日本の戦国、あるいは幕末と全く同じに、大いに盛り上がれるのである。もはやブームだ。しかし、どうして――。
孟嘗君も、項燕も、李牧も、一部の専門家、教養人なら、かねて通暁していただろう。しかし近年のように人口に膾炙するほどではなかった。冷静に考えれば古代中国の歴史であり、現代の日本人がこれだけ知っているというのは、やや異常なことかもしれない。それが当たり前になったとすれば、当たり前にした人間がいるということだ。誰かと問えば、宮城谷昌光だと答えるのは、たぶん私だけではない。『重耳』、『晏子』、『介子推』、『孟嘗君』、『楽毅』、『太公望』、『子産』、『管仲』、『孔丘』と、春秋戦国時代の英雄英傑を描き続け、その歴史の興趣を日本人に教えた作家を、他にみつけられようか。
その宮城谷昌光が、ブームの震源地、自身には本拠地であろう古代中国、春秋戦国時代に帰ってきた。昨年一月に『公孫龍 巻一 青龍篇』が出され、この四月に『公孫龍 巻二 赤龍篇』が刊行、さらに巻三、巻四と予定される大作『公孫龍』である。主人公の公孫龍――百科事典的にいえば、趙の平原君の食客であり、政治家、また名家(良家、旧家の意味でなく、諸子百家の一学派、英語にいうスクール・オブ・ネームズ)を代表する思想家だ。おお、平原君か、斉の孟嘗君、魏の信陵君、楚の春申君と並ぶ戦国四君のひとりかと、もう嬉しくなってくる。平原君は『キングダム』では死んでいて、『達人伝』では結構な年齢である。それが『公孫龍』では、巻二でも十代の少年だ。『キングダム』の二世代前、『達人伝』の一世代前の話になるか。
この公孫龍だが、宮城谷昌光は元が周の王子だとして、物語を立ち上げる。人質として燕に送られるが、それが陰謀だとわかると、身分を捨て、一介の商人、公孫龍として生きることに決める。折りしも、趙の公子、趙何、趙勝の二人を賊から助けたばかりで――というのが巻一だ。この二人の公子こそ、後の恵文王と後の平原君なわけだが、巻二では、その趙の王位継承にまつわる争いに巻きこまれる。さらに燕に移ると、この国では楽毅を獲得するべく奔走する。稀代の軍略家、大将軍で知られる、あの楽毅だ。通じて公孫龍は大活躍なのであるが、できる、できないの以前に、その言動どこまでも爽やかであり、もう心が震えて仕方がない。これは単なるブームとかじゃなく、日本人こそ古代中国の歴史をつぶさに伝えられて、今やその清々しい心の正統継承者なんじゃないかと思えてくる。
(さとう・けんいち 作家)
波 2022年5月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
宮城谷昌光
ミヤギタニ・マサミツ
1945(昭和20)年、愛知県生れ。早稲田大学第一文学部英文科卒。出版社勤務等を経て1991(平成3)年、『天空の舟』で新田次郎文学賞を、『夏姫春秋』で直木賞を受賞。1993年、『重耳』で芸術選奨文部大臣賞を、2000年、司馬遼太郎賞を、2001年、『子産』で吉川英治文学賞を、2004年、菊池寛賞を、2016年、『劉邦』で毎日芸術賞をそれぞれ受賞。また、2006年に紫綬褒章、2016年には旭日小綬章を受章。『晏子』『楽毅』『管仲』『香乱記』『青雲はるかに』『新三河物語』『三国志』『草原の風』『呉漢』『孔丘』『公孫龍』『諸葛亮』等著書多数。