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スクールカースト殺人教室

堀内公太郎/著

649円(税込)

発売日:2016/05/01

書誌情報

読み仮名 スクールカーストサツジンキョウシツ
シリーズ名 新潮文庫nex
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-180064-6
C-CODE 0193
整理番号 ほ-25-1
ジャンル キャラクター文芸、コミックス
定価 649円
電子書籍 価格 649円
電子書籍 配信開始日 2016/10/28

あんただけは許さない!! 本性むき出しの大バトル。

クラスの女王に媚を売り、カースト底辺はイジり倒す。それが殺された人気教師の素顔だった。犯人候補は多数。警察が捜査を始めた矢先、保健室に謎の手紙が届きだす。明かされる上位メンバーの過去、裏切り、そしてイジられ役からの悪魔誕生。1年D組に復讐ゲームが広がる中、第二、第三の死者も発生し……。すべてを計画した“神”は誰だ? 衝撃的結末の学園バトルロワイヤル!

目次
プロローグ
 Day 1
 Day 2
 Day 3
 Day 4
 Day 5

エピローグ

プロモーションムービー

試し読み

主は彼らの不義を彼らに報い、
彼らをその悪のゆえに滅ぼされます。
われらの神、主は彼らを滅ぼされます。

(詩篇・第94章より)

「すべての準備が整いました。さあ、始めましょう」

プロローグ

 ****************************

   最後のお願いです。
   今度の月曜日、いつもどおりに来てください。
   来てくれなければすべてをバラします。

 ****************************

 

 足音を忍ばせて、暗い廊下を歩いていく。一晩中、締め切られていた校舎には、梅雨の湿り気を帯びた熱気がこもっていた。そっと足を運ぶだけでも、あっという間に額や首筋に汗がにじんでくる。

 はねまさるは担任を務める一年D組の教室の前で足を止めた。音を立てないように神経を配りながら、扉を横にすべらせる。中から、さらにむっとした熱気が流れ出てきた。窓から差し込む明るさが、室内を薄黄色く照らしている。生徒がいない教室はやたらと広く見えた。この時間に来たときに、いつも感じることだ。

「……いるのか」ささやくような声で呼びかける。

 しばらく待ったが、返事はなかった。まだ来ていないようだ。

 左腕の時計に目をやる。婚約者のもとはしゆうから今年のバレンタインにもらったものだ。ネットで調べると、定価十五万円とあった。まずまず高級だったことで、気に入って使っている。

 時刻は、午前三時になろうとしていた。まもなく相手も来るだろう。心を落ち着かせるため、羽田は短く息を吐いた。

 まさか向こうから脅迫してくるとは思いもよらなかった。少しなめていたかもしれない。二度とこのようなことをしないよう、今日はしっかりと分からせる必要がある。

 こちらも向こうの弱みは握っている。人生を破滅させるほどの弱みだ。強めに脅しておけば、すぐにおとなしくなるだろう。そのあたりは自信があった。

 教室に入って扉を閉める。教壇に上がると、教卓に手をついてぐるりと見渡した。羽田が支配するクラスだ。

 あと二十日ほどで一学期が終わる。ここまでは実に満足のいくクラス運営ができたと自負している。それもこれも、前回の反省から、生徒の力関係を踏まえた戦略を立てたからだろう。

 三年前、二十三歳で初めて担任を任された際は、クラスにおける生徒の序列の重要性がまったく分かっていなかった。押さえるべき生徒を押さえることができず、気がついたときには、クラスの生徒全員からうとまれ、無視され、邪魔者扱いされていた。

 そのうえ、クラスで《王様》として君臨していた男子生徒の母親がなにかにつけて学校に怒鳴り込んできたため、肉体的にも精神的にも追い詰められ、一年間、休養を余儀なくされてしまった。

 昨年の秋に復帰した。二学期、三学期と無難にこなしたのち、この四月から再び担任を任された。普通なら、これほど早く担任に戻れることはない。すべては校長であるいずみのおかげだった。泉田にはなこうども頼んでいる。式を延期することが多少気になるものの、今後、ますます後押ししてくれることだろう。

 中心的な生徒を見つけて押さえる――クラス運営で大切なのはそれだけだった。

 押さえると言っても、押さえつけるわけではない。むしろ逆だ。多少外れていることでも、彼らについては基本的に肯定する。意見を尊重し、冗談には笑い、コミュニケーションを密にする。それだけで彼らはこちらを《いい先生》だと思ってくれる。あとは簡単だ。彼らさえ味方につければ、その他大勢はそれに追随する。

 やり方は、校長の泉田が教えてくれた。実は三年前にも言われていたのだが、当時は特定の生徒を贔屓ひいきするやり方に抵抗を覚えて聞き流していた。今回の復帰では、意識してそれを実践している。ベテランの経験は大切だと改めて実感していた。

 泉田のアドバイスのおかげもあるが、自分で加えたアレンジがさらにクラス運営をスムーズにしていると羽田は感じていた。クラスで《イジられ役》となっている数人の生徒を、羽田自身も積極的にイジるように心がけたのだ。

 羽田が《イジられ役》をイジると、ほかの生徒はウケた。中心的な生徒はもちろんだが、それ以外の生徒も見ていて楽しそうだった。それにより、クラスの大半を掌握できた。中心的な生徒を押さえただけでは、こうはいかなかったに違いない。

 結果的に、不登校の生徒も出てしまったが、四十人近くいるのだから脱落者が出るのは仕方がない。それよりも、刺激的な副産物が生まれたことのほうがありがたかった。日ごろの行いがいいからだろう。今日まで、ずいぶんと楽しませてもらった。

 窓へ近づいていく。空を見上げた。新月なのか、月は出ていない。いつもより暗く感じるのは、そのせいだろうか。この時間に教室に来るのは今日が最後になる。少し感慨深い気もした。

 背後で扉の開く音が聞こえた。腕時計で時刻を確認する。約束の午前三時を一分だけ過ぎていた。わざとらしくため息をつく。

「この俺様を脅したうえ、遅刻するなんていい度胸じゃないか」

 羽田はゆっくりと首をめぐらせた。

1

 月曜日の朝。まもなく午前七時になろうとしていた。それほど人通りは多くない。目の前の交差点で、一人のサラリーマンがタバコをふかしていた。信号にいらってか、細かく貧乏ゆすりをしている。

 いそがみことりはため息をつくと、歩みを進めた。頬を伝う汗を手の甲でぬぐう。

 空には、どんよりとした雲がかかっていた。梅雨のただなかであることを、嫌でも思い出させる。あと二週間もすれば、ここまでジメジメとはしなくなるのだろう。そして、身体からだを溶かすような暑さがやってくる。

 暑い夏、ことりたちには夏休みがあった。そのあいだも、あのくわえタバコの中年サラリーマンは汗を流しながら職場に通い続ける。そう考えると、少し気の毒な気がした。

 しかし、それとこれとは話が別だ。

 ことりは不機嫌そうなサラリーマンの横で足を止めた。タバコ混じりの汗のにおいが鼻先をかすめ、思わず顔をしかめてしまう。

 気配に気づいたサラリーマンが、さん臭そうにことりを見た。女子高生だと気がついたからか、途端に表情がゆるむ。

「なにか用かい?」と猫なで声でいてきた。

「ここは路上での喫煙禁止です」

「へ?」

「聞こえませんでしたか。ここは路上での喫煙禁止です」

 男はあ然としたようにことりを眺めていた。そのあいだも、タバコの先からは煙が立ち上っている。

「……いや、知ってるけど」

 ことりはやれやれと首を振った。

「なら、早く消してください。周りの迷惑です」と辺りを見回す。

 信号待ちをするサラリーマンやOL、学生がかたを飲んでこちらを見守っていた。

「なんでそんなこと言われなきゃいけないんだ」男がむっとした顔で言い返してくる。

「なんでって?」ことりは目を見開いた。「もちろん、ここが喫煙禁止だからです」

「分かってるって言ってるだろう」

「分かっててやってるんですか」ことりはあきれて肩をすくめた。「おじさん、大人でしょう。いいとしして、なに言ってるんです?」

 男の顔が真っ赤になった。タバコを投げ捨てると、乱暴に革靴で踏みつける。

「これで文句ないだろう」

 ことりはため息をついた。

「非常識な人……」

「なんだと?」男がすごんでくる。

「――おい、やめろ」口をはさんだのは、二十代前半とおぼしきスーツ姿の男だった。「悪いのはおっさんだろ。逆ギレすんなよな」

 信号が青に変わる。『通りゃんせ』が流れ始めた。しかし、周囲にいた誰もが、すぐには動こうとしない。

 中年サラリーマンはしばらくことりをにらんでいたが、やがて顔を背けると、おおまたで横断歩道を渡り始めた。反対からの通行人に混ざって、すぐに姿が見えなくなる。

 見物していた人たちのあいだに、ホッとした空気が流れた。パラパラと拍手が起こる。「勇気あるなあ」という声が聞こえた。

「あのおっさん、最悪だな」

 先ほど口をはさんだサラリーマンが、笑顔で話しかけてくる。日に焼けた肌に白い歯が光って見えた。

 ことりは男を冷ややかに見据えると、「あの方、いつからタバコ吸ってました?」と質問した。

 え、とサラリーマンが声を漏らす。

「私が来る前から吸ってましたよね」

「……そうだっけかな」

 そうです、とことりは断定した。

「あなたも隣で嫌そうに顔をしかめてたじゃないですか。なのに、どうして注意しなかったんです?」

「どうしてって……」

「どうして注意しなかったんです?」改めてそう口にすると、ことりはその場にいる全員を見回した。

 目が合うと、誰もが後ろめたそうに顔を伏せる。足早に立ち去る人も出始めた。反対側から来た人たちは、なにごとかと不思議そうな顔でことりたちを眺めている。

「助けてやったのに、そんな言い方しなくてもいいだろう」サラリーマンが不服そうに口をとがらした。「かわいくねえなあ」

「かわいくなくてかまいません。私が訊いてるのは、どうして注意しなかったのかってことです」

「できるわけねえだろ」

「どうして?」

「世の中はそういうもんなんだよ」

「あなたのような人が、世の中をダメにしてるんじゃないんですか」

「ガキが世の中、語ってんじゃねえ」

「人のしりうまに乗るしかできない人よりマシだと思いますけど」

「……俺のこと言ってんのか」

「失礼します」

 ことりは男を残したまま横断歩道を渡り始めた。しばらくして、「ムカつくな、ブス!」と吐き捨てるような言葉が、背後から浴びせられる。ことりは歩きながら、小さく息をついた。

 世間は、本当におかしなことばかりだ。間違っていることが、あまりにもあふれ返っている。世間だけではない。学校でも同じように理不尽なことがまかり通っていた。

 ことりのクラスでは、おかしな担任教師が幅をかせていた。羽田という二十六歳の若い男性教師が、生徒をあからさまに差別するのだ。ことりが小中と見てきた教師の中でも、その露骨さはずば抜けていた。羽田からの扱いに耐え切れず、ひと月近く、不登校になっている女子生徒もいる。

 それだけではなかった。ことりのクラスは、ほかにもさまざまな問題を抱えている。クラス委員として、悩ましいかぎりだった。

 大通りから右へ曲がると、住宅街の細道へと入っていく。しばらくして道はゆるい坂になり、それが階段へとつながる。そのダラダラと長い階段を上り切ると、私立西東京学園高等学校の正門だった。いつもどおり、正門にたどり着くまで誰にも会わなかった。

 一緒に暮らしている従兄いとこおおすぎじゆんからは、「サッカー部の俺より早起きなんだからなあ」といつもあきれ気味に言われている。潤は同じ西東京学園に通う三年生だった。

 体育館の横を通り過ぎ、グラウンドをかいするアスファルトを歩いて校舎へと向かう。昇降口で、上履き用のスリッパに履き替えると、一年生の教室がある三階へと上がっていった。

 そういえば、再来週は両親と姉の命日だ。伯父と伯母はもちろん覚えているだろうが、墓参りについては、ことりから切り出したほうがいいだろう。

 ぐに生きるんだ――。

 家族三人をくしたとき、ことりは心にそう誓った。あれから三年、あっという間だった気もすれば、ずいぶんと長かった気もする。四月に誕生日を迎えて、ことりは当時の姉の年齢を超えた。そう考えると、感慨深い気もする。

 三階に到着すると、廊下を奥へと進んでいった。D組の教室は三階の突き当たりに位置している。スリッパの音が、誰もいない廊下に響き渡った。

 ふと窓に映る自分の姿が目に入った。黒縁メガネをかけたせっぽちの女子が、不機嫌そうな顔でこちらを見つめている。思わず視線をそらしてしまった。

 ことりは自分の容姿が嫌いだった。つい周囲に厳しくなるのは、結局、そのせいなのかもしれない。

 一年D組の教室に到着すると、ことりは扉の前で足を止めた。

 とにかく、今、ことりがやるべきことは、クラス委員として、一年D組が抱える問題を一つでも多く解決することだ。

「さて――」と気合を入れるために自分で頬をたたく。

 短く息を吐くと、扉を開けた。

2

 灰色の雲が上空をおおっている。いつ降り出してもおかしくないほど、空気が湿気を帯びていた。長い階段を上ってきたせいか、額には汗がにじんでいる。

 中庭の真ん中で足を止めると、ながさわみなみはぐるりと周囲を見回した。窓から無数の目がこちらを見下ろしている。校内に侵入した異物を値踏みするような視線だった。

 息苦しさを感じてしまう。それが視線のせいばかりでないのは、南自身が一番よく分かっていた。学校という空間にいるだけで、当時の記憶がよみがえってくる。左の手首がうずいた。

「――どうした、お嬢ちゃん?」前を行くしきしんいちが振り返ると、「現場を前にしてったかい?」とからかうように訊いてくる。

 屋敷はなし署の刑事課に所属する警部補だ。歳は五十前後、サングラスに白髪混じりのオールバックは、どう見ても堅気に見えない。

 南は苦笑いした。

「こう見えても、一応、一課の刑事ですから」

「でも、大学出て、数年だろ」

「五年になります」

「だったら、慣れっこでもねえだろ。現場は片手ぐらいか?」

「もう少しあります」

 南は強がって見せた。殺しの現場はこれが七回目だ。

「ほう」屋敷がニヤリとする。「いい度胸だ。よし、行くぞ」と先に立って歩き出した。南はそのあとに続く。

 本来なら、本庁一課の南が主導権を握るべきだ。しかし、南が所属している三係の班長、ささもとから、「オヤジさんによく勉強させてもらえ」と言われている。かつて屋敷が本庁にいたころ、笹本とは同じ班にいたことがあるそうだ。

 校舎に入ると、昇降口にいた制服警官が屋敷に向かって敬礼した。それから南を見て、不審そうにまゆをひそめる。

「こちら、本庁の永沢巡査部長だ」屋敷が警官に向かって告げた。

 警官が驚きの表情を浮かべる。

「ご、ご苦労さまです!」

「現場は上だな」

「は、三階になります」

 階段を三階まで上ると、《一年D組》と書かれた教室へ向かった。中に入ると、何人もの鑑識課員が仕事をしている。教壇の上に、うつ伏せに倒れた男の死体があった。ポロシャツの背中が、血でどす黒く変色している。

「お疲れさまです」三十前後の胸板の厚い男が近づいてきた。小柄でずんぐりしている。南を見ると、「こちらは?」と屋敷に訊いた。

「本庁の永沢巡査部長だ」

「へえ、あんたが?」男が口元をゆがめるように笑う。「いやあ、お会いできて光栄です。田無署のこんと言います。優秀だっておうわさはかねがね聞いてますよ」

 南は適当に笑みで返した。

「被害者は?」屋敷が尋ねる。

 紺野が手帳を広げた。

「羽田勝、二十六歳、ここ私立西東京学園高校の国語教師です。一Dの担任でもあります。死亡推定時刻は深夜三時前後。背後から刃物で数か所刺され、うち一つがじんぞうに達しています。凶器は見つかっていません。財布や携帯電話は持ち去られています」

「どうしてそんな時間に学校にいたんだ?」

「分かりません。警備員も知らなかったそうです」

「第一発見者は?」

「最初に登校した女子生徒です。婦人警官をつけて、一階の応接室で待機させてます」

「分かった。ご苦労」

 紺野が南を見てニヤニヤする。

「どうです? ホシは分かりました?」

 南は当惑した。

「……今ので分かるんですか」

「いやあ、優秀と名高い巡査部長殿なら、分かるのかと思って」

「……いいえ。分かりません」

「そりゃ残念」紺野があざけるように笑った。「じゃ、しよかつの僕は聞き込みに回ります。その優秀な頭でさっさと解決してください」

 紺野はそう告げると、教室を出ていってしまった。

「――一階へ戻るぞ」

 屋敷が歩き出す。南もあとに続いた。階段を下り始めてすぐ、屋敷があきれたように訊いてきた。

「なんで言い返さなかった?」

「……波風は立てたくないので」

「悔しくないのか」

「悔しくないと思いますか」

 屋敷が肩をすくめた。

「そりゃそうだよな」

 一年前、南は本庁の捜査一課に異動した。希望は出していたものの、まさか本当に異動できるとは思っていなかった。あとで聞いた話によると、笹本が引っ張ってくれたという。四谷署にいたとき、ある事件で笹本の班と行動をともにすることがあった。そのときの南の働きを評価してくれたらしい。

 本庁の捜査一課は花形だ。希望者は腐るほどいる。南のような若い女が行ったことをおもしろく思わない人間は数多くいた。そのため、出向く先々で、先ほどのように所轄の刑事から冷ややかな対応をされることが多い。やっかみ半分で、南が笹本の愛人だという噂も飛び交っていた。

「少しぐらい言い返したって、バチは当たらんだろう」

「言い返せば、余計なネタを提供するだけです」

 しばらく間があってから、屋敷が鼻を鳴らした。

「お嬢ちゃんも大変だな」

「大丈夫です。私には信念がありますから」

「信念?」

「弱い人に寄り添える警察官になることです」

 ふーん、と屋敷が目を細める。

「弱い人に寄り添えるねえ……」

鹿にしてくださってもかまいません。でも、私が警察官になったのは弱者のためです。この信念があるかぎり、私は絶対に警察官を辞めません」

 屋敷がふと笑いを漏らした。

「そういう青臭い台詞せりふ、わりと嫌いじゃないけどな」

「……え?」

「笹本がお嬢ちゃんに目をかけた理由が分かる気がするよ」

 屋敷が階段を下りていく。南はあとを追いかけた。一階に着くと、先ほどの制服警官が南たちに向かって敬礼する。

「まずは校長に話を聞こう」

「第一発見者じゃなくてですか」

「最初に、被害者がどういう人物だったのか知っておきたい。それに、ボスに話を通しておくのは、捜査をやりやすくする基本だ」

「分かりました」

 昇降口の横を抜けて、廊下を歩いていく。左へ伸びた通路の一番手前に《校長室》と書かれたプレートがついていた。ノックすると、「どうぞ」と男の声が返ってくる。

「失礼します」

 ドアを開けて中に入った。奥の机に、五十代半ばのスーツを着た男性がこちらを向いて座っている。前髪が後退しているが、日に焼けた顔からはエネルギッシュな印象を受けた。

「田無署の屋敷です。こちらは本庁の永沢といいます」

「校長の泉田です。このたびはお騒がせして申し訳ない」

「お話を聞かせてもらってよろしいですか」

「どうぞ」泉田が部屋の中央に置かれたソファを示す。「今、お茶を入れさせます」と立ち上がろうとした。

「いや、けっこうです」

 屋敷が泉田を制すと、ソファに腰を下ろした。南もその横に座ると、カバンから手帳とペンを取り出す。

 泉田が机を回ってくると、南たちの向かいに座った。

「亡くなった羽田先生について聞かせてください」

「いい先生でした。やる気もあって、将来、どういう教師に育つのか、本当に楽しみにしていました」

「生徒からの評判はどうです?」

「よかったと思います。最初に担任を持ったときは、苦労してましたけど。今回は生徒の心をうまくつかんでいたみたいです」

「最初の苦労とは?」

「初めての担任がプレッシャーだったのでしょう。精神的に参ったようでした。そのため、私が指示して、一年間、休職させたんです。昨秋に復帰して、この四月から再び担任を持っていました」

「校長先生が羽田先生と直接話をする機会はあるんですか」

「彼は私の高校のラグビー部の後輩なんです。うちの学校に来たのもその縁でして」

 ほう、と屋敷が身体を乗り出す。

「では、羽田さんのことにはお詳しいんですね」

「それなりには。彼は十一月に結婚する予定で、そのなこうども頼まれていました」

「お相手は?」

「この学校の教師です。本橋優香先生と言います。美男美女でお似合いだったんですが残念です」

「なるほど」

 屋敷がちらりとこちらを見た。目が合うと、南は小さくうなずいて見せる。重要な容疑者候補ということだろう。

「本橋先生は今どちらに?」

「保健室で休んでいます」

「出勤はされてるんですね」

「朝は普通に来たそうです」泉田がため息をつく。「気の毒な話ですよ。さぞかしショックを受けてるでしょう」

「今朝の本橋先生に変わった様子は?」

「特になかったと聞いています」

 泉田の答えにはよどみがなかった。校長として、ひと通り、自ら情報を集めたのかもしれない。

「羽田先生本人から、最近、トラブルに巻き込まれたといった話は聞いてませんか」

 まったく、と泉田が首を振った。

「羽田先生を恨んでいる人物に心当たりは?」

「ありません」

「婚約者の本橋先生とは、うまくいってましたか」

「私の目からはそう見えました」

「分かりました」屋敷が南を見る。「なにかあるか」

 南は軽くせきばらいをした。

「夜の校舎には誰でも入ることができるんですか」

かぎさえあれば」

「先生方はみんな鍵を持っているんですか」

「もちろん」

「では、部外者が忍び込むのは?」

 泉田は少し考えた。

「戸締りを忘れた入り口や窓があれば、できなくはないでしょう。ただ、警備員もおりますから、中の状況がある程度分かっていないと、難しいとは思います」

「分かりました。ありがとうございます」南は頭を下げた。

「よろしいですか」泉田が屋敷と南を交互に見る。

 ええ、と屋敷が頷いた。

「お忙しいところ、すいませんでした」

「このあとはどうされます?」

「生徒も含めて、何人かの方に話を聞ければと思います。大丈夫でしょうか」

「自由にやってください」泉田が頷いた。「その代わり、一日も早く解決してくださると助かります。そうしないと、羽田先生も浮かばれませんから」

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著者プロフィール

堀内公太郎

ホリウチ・コウタロウ

1972(昭和47)年、三重県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。2011(平成23)年、『公開処刑人 森のくまさん』で「このミステリーがすごい!」大賞・隠し玉としてデビュー。ほかの著書に『公開処刑板 鬼女まつり』『だるまさんが転んだら』『公開処刑人 森のくまさん―お嬢さん、お逃げなさい―』『「ご一緒にポテトはいかがですか」殺人事件』『既読スルーは死をまねく』『スクールカースト殺人教室』『タイトルはそこにある』がある。

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