僕らの世界が終わる頃
781円(税込)
発売日:2018/03/28
- 文庫
- 電子書籍あり
僕は、禁忌の物語を生み出してしまったのか。
不登校になって早一年、14歳の工藤渉は暇を持て余し、軽い気持ちで小説を書き始める。物語を作るのは想像以上に難しく、だが驚くほど楽しかった。初めての小説『ルール・オブ・ルール』をネット上で公開すると、予想外の反響が。けれどその途端、渉の身辺で怪事が続く。脅迫メール、不審な電話、そして作中の場面に酷似した殺人未遂事件。現実と物語が交錯する高次元ミステリー!!
第1章 匿名少年
第2章 虚構と現実
第3章 殺人鬼
第4章 悪い夢
第5章 挑戦状
第6章 世界とセカイ
エピローグ
書誌情報
読み仮名 | ボクラノセカイガオワルコロ |
---|---|
シリーズ名 | 新潮文庫nex |
装幀 | 遠田志帆/カバー装画、川谷康久(川谷デザイン)/カバーデザイン、川谷デザイン/フォーマットデザイン |
雑誌から生まれた本 | yom yomから生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 416ページ |
ISBN | 978-4-10-180121-6 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | あ-93-1 |
ジャンル | キャラクター文芸、コミックス |
定価 | 781円 |
電子書籍 価格 | 781円 |
電子書籍 配信開始日 | 2018/04/13 |
書評
硬化した大人心を打ち砕く世界
年齢を重ねると共に、冒険しなくなった、と感じる。自転車を走らせ、知らない子にも臆さず話しかけ「自分地図」を日々広げていった子どもの頃のような昂揚感とはすっかりご無沙汰な日々である。広い世界を知りたい、という好奇心より、今日の平穏と心の安定が勝る。それはきっと「世界」の怖さを知ってしまったからだ。見知らぬ場所に踏み出したり、先送りしている物事と対峙し傷を負うくらいなら、可能な限り現状を維持したいと思うのは、大人の防衛術だ。
でも、だけど。本当にそれでいいのか、と迷う気持ちもあるのはまた事実。これからずっと、このままでいいのか。いや、このまま生きていけるのか。本書は、そんな硬化しつつある大人心を打ち砕く物語である。
主人公となる十四歳の工藤渉は、一年前、学校で起きたある事件がきっかけで不登校となり、両親と暮らす家の自室で引きこもり同然の暮らしを続けている。閉ざされた世界に生きる渉にとって、唯一救いとなっていたのは、漫画や小説といった虚構の世界。貪るように物語を読むことで、渇いた心をどうにか保ち続けていた。しかし、ある日、現役高校生が書いたライトノベルの新人賞受賞作を読んだことから、渉は自らも世界の創造主となる道へと歩みだしていく。
こんな物語を書きたいと感銘を受け、憧れを抱いたのではない。心にあったのはむしろ反発。これくらいの小説なら自分にも書けるのではないか、と思い立ったのだ。
躊躇いつつ渉が綴り始めたのは〈美少女キャラクターたちが猟奇的な事件に巻きこまれる話〉。舞台には、自分の暮らす町や学校を、表記を変えモデルにした。キャラクター造形に悩み、思いついたアイデアに興奮し、迷いながらもパソコンのキーを叩くうち、次第に渉は物語の中に引きこまれていく。〈物語を書くというのは、世界を構築する行為だ〉。書き進めていく過程でこの小説を誰かに読んで欲しい、という欲求が芽生え『モバイルシティ』というノベルサイトに参加することも決意。書き上げたところまで作品を公開し、多くの作品の中から読者の関心を誘うための惹句も工夫した。
作品タイトルは『ルール・オブ・ルール』、作者名は「匿名少年」とつけた。
のめりこむように執筆を続け、小まめに更新を重ねた結果、『ルール・オブ・ルール』の閲覧数は増え続け、ついにランキング一位に躍り出る。だが、同時に悪意めいたコメントも増え、〈『ルール・オブ・ルール』の連載を中止しろ。さもなくば、作者の身の安全は保証できない〉というメッセージが届くなど、渉の周囲には不穏な空気がたちこめていった。
さらにほどなく、渉がUPした小説のシーンとそっくりな事件が発生。小説は犯行予告だったのでは、犯人は「匿名少年」なのでは、とネットで話題になり、実際に身の危険を感じる事態にも直面し、渉は執筆を中断する。
これは偶然なのか。そうでないのなら、いったい誰が何のために? 想像だにしていなかった展開に苦悩する渉の頭の中には、怖ろしい考えも過る。そもそもそんな「犯人」は本当に存在するのか。実は、現実と妄想の区別がつかなくなった自分の犯行なのではないか――。さらに、それほどまでに追いつめられた渉をあざ笑うかのように、執筆を中断していた小説の続きが、「なりすまし」によってUPされ、再びその内容を模した事件が起きてしまう。
この主軸となる一連の展開だけでも刺激的かつ充分に魅惑的なのだが、そこに一年前に起きた渉が不登校になるきっかけとなった事件や、家族や友人たちとの関係性ががっつり絡み、ぐっと胸をつかれる描写や台詞は数えきれない。
〇九年に富士見ヤングミステリー大賞の準入選となった『未成年儀式』でデビューしたこともあり、若い読者からの支持を集めてきた著者だが、本書は十四歳という主人公の年齢にかかわらず、自分の世界で守りに入りつつある年配者の胸をも熱くする。ああ、そうだった。現実はいつだって厳しくて世知辛くて、逃避するのは簡単で、楽しくて。だけど、本当に逃げ切れるわけじゃないのだ、と。目を逸らし続けていた扉を開く覚悟と勇気を、いくつになっても持ち続けていたい、と。
(ふじた・かをり 書評家)
波 2015年11月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
彩坂美月
アヤサカ・ミツキ
山形県生れ。早稲田大学第二文学部卒業。『未成年儀式』で富士見ヤングミステリー大賞に準入選し、2009(平成21)年にデビュー(文庫化にあたり『少女は夏に閉ざされる』に改題)。他の著作に『ひぐらしふる』『夏の王国で目覚めない』『柘榴パズル』『金木犀と彼女の時間』などがある。