鍵のかかった部屋 5つの密室
649円(税込)
発売日:2018/08/29
- 文庫
- 電子書籍あり
密室がある。糸を使って外から鍵を閉めたのだ。
これが、トリックです。本来ネタバレ厳禁の作中トリックを先に公開してミステリを書くという難題に、超豪華作家陣が挑戦! 鍵と糸――同じトリックから誕生したのは、びっくりするほど多彩多様な作品たち。日常の謎あり、驚愕のどんでん返しあり、あたたかな感涙あり、胸を締め付ける切なさあり……。5人の犯人が鍵をかけて隠した5つの“秘密”を解き明かす、競作アンソロジー。
友井 羊 大叔母のこと
彩瀬まる 神秘の彼女
芹沢 央 薄着の女
島田荘司 世界にただひとりのサンタクロース
書誌情報
読み仮名 | カギノカカッタヘヤイツツノミッシツ |
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シリーズ名 | 新潮文庫nex |
装幀 | 456/カバー装画、鈴木久美/カバーデザイン、川谷デザイン/フォーマットデザイン |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 304ページ |
ISBN | 978-4-10-180136-0 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | し-21-104 |
ジャンル | キャラクター文芸、コミックス |
定価 | 649円 |
電子書籍 価格 | 649円 |
電子書籍 配信開始日 | 2018/09/07 |
書評
密室殺人の謎を解き明かす若き日の名探偵
約四十年前の迷宮入り大量バラバラ殺人事件を解明する『占星術殺人事件』、北の果ての奇妙な館で連続殺人が進行する『斜め屋敷の犯罪』、怪奇もここに極まれりという印象の『暗闇坂の人喰いの木』、ニューヨークの摩天楼で不可解な事件が繰り広げられる『摩天楼の怪人』……等々、島田荘司の御手洗潔シリーズといえば、余人が思いつかない奇想と大胆な謎解きの融合で読者を魅了してきた。その新作である『鳥居の密室―世界にただひとりのサンタクロース―』は、2016年刊の『屋上の道化たち』(ノベルス版で『屋上』と改題)以来、二年ぶりの御手洗シリーズの長篇だが、まずユニークなタイトルが目を引く。「鳥居の密室」といういかにも古典的なイメージと、「世界にただひとりのサンタクロース」というキャッチーな副題とのギャップが、一体どのような物語なのかという興味を掻き立てずにはおかないだろう。
そして、御手洗シリーズ中、本書は些か珍しい経緯で書かれた作品でもある。というのも、本書と同時に新潮文庫nexから刊行される密室テーマのアンソロジー『鍵のかかった部屋 5つの密室』のために島田が書き下ろした短篇「世界にただひとりのサンタクロース」が、本書の一部として組み込まれているからだ。これはもともと、アンソロジー用の短篇を構想しているうちに、島田の脳内で物語が長篇へと膨らんでいったという事情によるらしい。
さて本書は、複数の時系列を往還する構成だが、御手洗が登場するのは1975年の冬で、舞台は京都。二十歳そこそこでコロンビア大学の助教授となった御手洗が、世界一周の果てに京都大学医学部に入学したのが1974年なので、その時期の若き御手洗が描かれ、『御手洗潔と進々堂珈琲』でお馴染みの予備校生・サトルも登場する。リアルタイムの事件ではなく、過去の謎を御手洗が解明する点は『占星術殺人事件』を彷彿させる。
サトルと同じ予備校に通う榊楓は、八歳の時に体験した奇妙な出来事について御手洗に語る。サンタクロースを今も信じているという楓は、その理由として、八歳の時のクリスマス、密室状態で誰も出入りできない筈の家に彼女へのプレゼントが置かれていたという不思議な体験を挙げる。だが、その日は彼女にとって嬉しい出来事だけが起きたわけではない。彼女の母親・半井澄子が同じ家の中で絞殺され、父親の肇は電車に飛び込み自殺を遂げたのだ。肇の遺書の内容から、彼が経営していた工場の従業員・国丸信二が澄子殺害の犯人として逮捕される。しかし、半井家は扉も窓もすべて施錠されていた。密室状態の半井家に出入りしたサンタクロースと殺人犯は同一人物か、別人か。同じ時期、近所では何故かトラブルが続発し、おぞましい落武者の幽霊を目撃した者さえいた。この約十年前の謎に御手洗が出した答えとは?
短篇「世界にただひとりのサンタクロース」は、この奇怪な密室殺人(および、密室に出現したサンタクロースの謎)と、その解明を描いている。密室の謎が軸となるのは長篇版も同様ではあるが、短篇版にはないエピソードもある。楓は両親の死後、肇の姉である榊美子に引き取られるが、この伯母が経営する喫茶店「猿時計」で、特定の時計の振り子だけが動き出すという怪現象が起きたのだ。
本書と短篇版との大きな違いはまだある。短篇版では直接の出番が少ない国丸信二の登場するパートが大幅に増えており、中盤における実質的な主役という印象さえ受ける点である。
短篇は短篇で、不可能犯罪とその解明を鮮やかに描いているし、国丸の不可解な行動の理由も説明される。本格ミステリとしてのまとまりの良さならこちらのヴァージョンが上だ。しかし、事件の謎自体は御手洗によって解き明かされても、世間的にこの事件がどう決着したのかについては言及されていない。一方、長篇では、国丸という男の人生をより深く掘り下げることで、彼の心理に説得力が付与されているし、事件の決着も感動を呼ぶ。
国丸のみならず、短篇版では名前しか紹介されない美子も含む事件関係者たちの肖像が、長篇ではひとりひとり丁寧に描かれ、各自の人生がありありと浮かび上がってくるのが本書の特色と言える。切れ味重視の短篇とは異なる、長篇小説ならではの面白さがそこにはある。著者の小説作法を知る上でも、両方のヴァージョンに目を通すのがベストの読み方だ。
(せんがい・あきゆき 文芸評論家)
波 2018年9月号より
単行本『鳥居の密室―世界にただひとりのサンタクロース―』刊行時掲載
著者プロフィール
似鳥鶏
ニタドリ・ケイ
1981(昭和56)年、千葉県生れ。2006(平成18)年『理由あって冬に出る』で鮎川哲也賞に佳作入選し、デビュー。著書に「戦力外捜査官」シリーズなどがある。
友井羊
トモイ・ヒツジ
1981年、群馬県生れ。『僕はお父さんを訴えます』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞受賞、2012年デビュー。他の著書に、「さえこ照ラス」シリーズ、「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」シリーズなどがある。
彩瀬まる
アヤセ・マル
1986(昭和61)年、千葉県生れ。上智大学文学部卒。2010(平成22)年「花に眩む」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。2017年に『くちなし』で、2021(令和3)年に『新しい星』で直木賞候補となる。著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『桜の下で待っている』『やがて海へと届く』『朝が来るまでそばにいる』『草原のサーカス』『かんむり』など。2023年には『花に埋もれる』所収の短編「ふるえる」がイギリスの老舗文芸誌「GRANTA」に掲載、『森があふれる』の英語版が出版されるなど海外でも高い評価を受ける。小説の他に東日本大震災被災記『暗い夜、星を数えて』がある。
芦沢央
アシザワ・ヨウ
1984(昭和59)年、東京生れ。千葉大学文学部卒業。2012(平成24)年『罪の余白』で野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。2018年『火のないところに煙は』で静岡書店大賞、2021(令和3)年『神の悪手』でほん夕メ文学賞(たくみ部門)、2022年、同書で将棋ペンクラブ大賞優秀賞(文芸部門)、2023年『夜の道標』で日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。ほかの著書に『許されようとは思いません』『汚れた手をそこで拭かない』などがある。
島田荘司
シマダ・ソウジ
1948(昭和23)年、広島県生れ。武蔵野美術大学卒。1981年『占星術殺人事件』でデビュー。以後、『斜め屋敷の犯罪』『異邦の騎士』などの「御手洗潔」シリーズ、『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』などの「吉敷竹史」シリーズを中心に、人気作品を多数生み出し、本格ミステリーの旗手として不動の地位を築く。「島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」等を主宰し、新人発掘にも尽力している。著書に『21世紀本格宣言』『写楽 閉じた国の幻』『ゴーグル男の怪』『御手洗潔の追憶』『セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴』『ロシア幽霊軍艦事件』『新しい十五匹のネズミのフライ ジョン・H・ワトソンの冒険』『鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース』など多数。