
記憶の鍵盤
737円(税込)
発売日:2025/06/25
- 文庫
- 電子書籍あり
未来の記憶をもつ少女が僕の運命を変えた。過去と未来が交差するひと夏の三角関係。
あの日、不思議な少女は僕の目を見つめてこう言った。「わたしには、未来の記憶があるの。」ピアノの音を失い、弟の才能に影を落としながらも懸命に生きる高校三年生の茂住歩人(もずみ・あると)。想いを寄せる空手女子との関係は曖昧なまま、未来の記憶を持つという不思議な少女の導きが、歩人の運命を大きく動かし始める。未来と過去が絡み合う三角関係のゆくえは──。切なくて儚いひと夏の青春がここに。
書誌情報
読み仮名 | キオクノケンバン |
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シリーズ名 | 新潮文庫nex |
装幀 | 霜降(Laplacian)/カバー装画、上都河希(Laplacian)/カバーデザイン、川谷デザイン/フォーマットデザイン |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 320ページ |
ISBN | 978-4-10-180306-7 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | お-118-2 |
ジャンル | 文芸作品 |
定価 | 737円 |
電子書籍 価格 | 737円 |
電子書籍 配信開始日 | 2025/06/25 |
書評
再読のすすめ
声優を始めて二十年ほどになりますが、職業柄文章を読むことには慣れていても、書く機会はそれほど多くありません。それがこの度どういう巡り合わせか好きな本を紹介する文章を書いてほしいというご依頼を頂きました。
とはいえ数ある本の中から選ぶにあたってなにか手掛かりが欲しいと思い自身の読書スタイルを考えてみました。そこで思いついたのが「再読」です。
昔から気に入った本は何度も読み返して味わうのが癖でした。改めて考えるとそれが今の声優という仕事にも通じているように思います。
そこで今回は「読み返すことで見えてくる面白さ」をテーマにして三冊紹介させていただきます。
『記憶の鍵盤』緒乃ワサビ
過去の記憶の一部を失ってしまった少年、歩人と未来の記憶を持つという少女、沙里。対照的な二人の出会いをきっかけに動き出す恋愛と友情を描いたひと夏の淡い青春譚。

印象的な導入から物語に引き込まれテンポよく読み進めていけるのですが、中盤からはタイトルにもある通り“記憶”が鍵となり登場人物たちの関係に変化が生まれ、さらに深く物語の世界に引き込まれていきます。そして終盤に向けて“記憶”の正体が明らかになり、それぞれの痛みに向き合い前に進もうとする歩人たちの姿に胸が熱くなりました。爽やかさの中に少しの苦みを残す後味は暑い夏にぴったりの一冊です。
ここで“記憶”の内容を踏まえて読み返してみると、特に沙里ともう一人のヒロイン絵莉、この二人の視点から読むと初読時には分からなかった二人の複雑な感情が見えてきて一味違った楽しみ方ができると思います。
さらに本作を原作とするノベルゲームが発売される予定なのでそちらのほうで再読してみても面白いかもしれません。僕も声優として出演しているので遊んでもらえたら幸いです。
『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光
電子書籍を利用するようになってずいぶん経ちますが書店を見て回るのも好きで、平積みしてある本の表紙や帯などを見て衝動的に買ってしまうこともあります。この本もその一つで、帯に書いてあった「電子書籍化絶対不可能!?」の文言に目を惹かれ内容も確かめず手に取りました。
結果的にはそれが大正解で、ネタバレなしで読めたのが本当に幸運だったと思います。帯に書かれていた紹介文の意味に気づいたときは鳥肌が止まりませんでした。

ですがそれ故に紹介するのが難しい作品で、とにかくネタバレなしで読んでみてほしいとしか言えません。単に物語を読むだけでなく、紙の本でしか味わえない体験に驚き、きっと感動するはずです。
いわゆるミステリーというジャンルになるであろう本作ですが、結末を知った上で読み返してみるとその構造の特異さ、そしてそれを支える文章の美しさに改めて気付かされます。本作の根幹でもある“謎”が解った状態で読んでも不自然さを感じず、むしろ“謎”の中身を知っているからこそ、物語の美しさや登場人物の心情によりいっそう触れることができるように感じられました。
『ポラーノの広場』宮沢賢治
表題作を含む17編を収録した宮沢賢治の作品集で、宮沢賢治の魅力を堪能できる一冊。その中で最も興味深く未だに何度も読み返しているのが「銀河鉄道の夜〔初期形第三次稿〕」です。

今更説明するまでもない名作・銀河鉄道の夜ですが、何度か改稿されており、一般的に広く知られているのは最終形である第四次稿なんだそうです。実際のところ僕自身も子供の頃から親しんでいたのは第四次稿で初期稿の存在を大人になるまで知りませんでした。
三次稿以前と四次稿の最も大きな違いはブルカニロ博士という人物の有無です。第四次稿には存在しないこの人物は作者である宮沢賢治の代弁者であると見られ、主人公ジョバンニを夢の世界に誘い最終的には生きていく上での指針のようなものを示す役割を持っています。このブルカニロ博士の語る思想を踏まえて読み比べてみると、作中で何度も語られる「ほんとうのさいわい」という言葉に込められた真の意味が見えてくるような気がして、銀河鉄道の夜という作品の奥深さと宮沢賢治という作家の偉大さに改めて感服させられます。
ちなみに第四次稿が収録された『新編 銀河鉄道の夜』も新潮文庫から発行されていますのでこちらも併せてお勧めしておきますね。是非読み比べて何度でも味わってほしい名作です。
(すぎさき・りょう 声優)
著者プロフィール
緒乃ワサビ
オノ・ワサビ
1988(昭和63)年、神奈川県生れ。早稲田大学先進理工学部卒。大学在学中にイラスト制作会社を創業。2016(平成28)年からビジュアルノベル開発に業態変更し、ゲームブランド〈Laplacian〉を立ち上げる。企画・原作・シナリオを担当した「白昼夢の青写真」は、英語、中国語にも翻訳され、国内のみならず、海外にも多くのファンを持つ。著書に『天才少女は重力場で踊る』がある。