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私はやどかりになりたい。背負ったものをさっぱり捨てたい。

海からの贈物

アン・モロウ・リンドバーグ/著 、吉田健一/訳

473円(税込)

本の仕様

発売日:1967/07/24

読み仮名 ウミカラノオクリモノ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-204601-2
C-CODE 0198
整理番号 リ-2-1
ジャンル 文芸作品、エッセー・随筆、評論・文学研究、ノンフィクション
定価 473円

女はいつも自分をこぼしている。そして、子供、男、また社会を養うために与え続けるのが女の役目であるならば、女はどうすれば満たされるのだろうか。い心地よさそうに掌に納まり、美しい螺旋を描く、この小さなつめた貝が答えてくれる――。有名飛行家の妻として、そして自らも女性飛行家の草分けとして活躍した著者が、離島に滞在し、女の幸せについて考える。現代女性必読の書。

著者プロフィール

アン・モロウ・リンドバーグ Lindberg,Anne Morrow

アメリカ、ニュージャージー州生れ。スミスカレッジ卒。父親がメキシコ駐在大使を務めていた時に親善訪問した史上初の大西洋単独横断飛行の成功者チャールズ・リンドバーグと知り合い、結婚。自身も飛行機を操り、夫と共に飛行した時の記録やリンド・バーグ家の資料として貴重な日記・書簡集を発表している。

吉田健一 ヨシダ・ケンイチ

(1912-1977)ケンブリッジ大学中退。ポー、ヴァレリー等の翻訳の他、『英国の文学』『文学概論』『乞食王子』等の優れた批評、随筆で知られる。

書評

大学生と読む三冊

石田千

 週にいちど、大学生と本を読む。
 神奈川にある東海大学の授業は、五年めになった。いつまでもへっぽこで、専任の先生がたのような講義はできないので、若いころに読んだ小説やエッセイを再読している。
 五十をすぎて読みかえしてみると、気づくことがたくさんある。すっとばして読んでいたころも、なつかしく思い出せる。だから、みなさんが五十になったとき、再読が楽しめるように、いま読んでおくといいよ。
 教室の若いひとたちは、春でも秋でも、わかったようなわからないような、ふーんという顔で読んでいる。勝ち気だったり、やんちゃだったり、留年したりしていても、みんな素直で、おもろい。思っているけど、声にならない。そういうことを、なんとか文章で伝えたい。
 おおきな大学なので、文系の学部だけでなく、建築やスポーツを専攻しているひとも来る。恋愛や、親子関係や進路、情報が増えて世のなかは便利になるいっぽうだけれど、悩みはむかしとあんまり変わらない。
 テキストは、かならず版を重ねている文庫本にする。本を手に持ち、ページをめくることじたい、忘れかけているひとも多い。出費をさせるけれど、図書館やスマホの閲覧ではなく、じぶんの本を持つようにいう。文庫本は、ジーンズとおなじだからという。
 はいて洗ってをくりかえすと、穴があいたり、色が落ちたり、じぶんだけの味のあるジーンズになる。それとおなじで、くり返し、めくって線をひいて折って読んでいけば、じぶんだけの一冊ができる。読み返せば、学生のころの心境も浮かぶ。
 昨年は、新潮文庫から三冊を読んだ。

志賀直哉『和解』  志賀直哉の『和解』は、高校いらいの再読だった。母校の裏手に、志賀直哉の親友の、武者小路実篤の邸宅があったこともあって、白樺派は国語の課題図書としていろいろ読んだ。
 高校のころは、主人公の順吉のまっすぐな気質とおこないに、振りまわされるように読んだ。いまは、意固地な息子に手をやく父上のほうに肩いれしたり、手賀沼時代の志賀と武者小路そのままのやさしい交流もいい。
 授業では、対立と和解をテーマにみじかい小説を書いてもらった。親子の和解を書いたひとも多く、大団円で全員が涙するという場面が多かったのは、あきらかにテキストの影響だった。わかったようなわからないような顔をしているけれど、みんな涙する熱を持っている。

アン・モロウ・リンドバー『海からの贈物』  エッセイは、アン・モロウ・リンドバーグ>の『海からの贈物』だった。
 原文の知性と、吉田健一の見事でそっけない訳に、教室にしぜんに、敬意をもち耳を傾ける深い呼吸が生まれた。
 平成の大学生のころには、よくわからなかった。勤めはじめて、恋愛や結婚に迷うと、通勤電車で読みかえしたのがこの本だった。令和の大学生も、恋愛中のひと、進路が決まったばかりの四年生が、行く末をみさだめるような目をして読んでいた。
 ひとりになる時間の大切さが一冊を通して書かれているので、スマホを手ばなし、ひろいキャンパスに散策に出て、エッセイを書くことにした。わずか一時間だけれど、スマホがなくてこわかった、不安だった。はんたいに、子どものころの自由な探検の時間を思い出したというひともいた。

夏目漱石『三四郎』  夏目漱石は、毎年一冊かならず読んでいて、昨年は『三四郎』だった。
 日本より頭の中のほうが広いでしょう。心に残る一文をたずねると、この広田先生のことばをあげるひとが多かった。いまもむかしも、若いひとは、目を合わせて話のできる大人をさがしている。
 西洋化のすすむ明治の東京のせわしないようすが描かれ、オリンピックが近づいて町のようすが変わるいまは、再読の好機だった。
 三四郎がインフルエンザにかかっていたのはすっかり忘れていた。このことばが明治のころからあったんだねえと、みんなでおどろいた。
 百年まえの大学生も、おんなじようなことを考えていたのがうれしかったという感想をきいて、安堵した。情報も乗りものもどんどんはやく、複雑になる。けれど、心臓の鼓動はいまもむかしも変われない。
 大学の時間は、多くの学生にとって、大勢で一冊を読むさいごの機会になる。
 読みこんでよれよれになった文庫本が、よい思い出になったらうれしい。

(いしだ・せん 作家、エッセイスト)
波 2020年3月号より

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