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三四郎

夏目漱石/著

374円(税込)

発売日:1948/10/27

書誌情報

読み仮名 サンシロウ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-101004-5
C-CODE 0193
整理番号 な-1-4
ジャンル 文芸作品
定価 374円

三四郎は、君だ。恋の悩み、学問への疑問、友との関係……何度読んでも新鮮な気持ちになれるみずみずしい永遠の傑作。

熊本の高等学校を卒業して、東京の大学に入学した小川三四郎は、見る物聞く物の総てが目新しい世界の中で、自由気儘な都会の女性里見美禰子に出会い、彼女に強く惹かれてゆく……。青春の一時期において誰もが経験する、学問、友情、恋愛への不安や戸惑いを、三四郎の恋愛から失恋に至る過程の中に描いて『それから』『門』に続く三部作の序曲をなす作品である。

書評

大学生と読む三冊

石田千

 週にいちど、大学生と本を読む。
 神奈川にある東海大学の授業は、五年めになった。いつまでもへっぽこで、専任の先生がたのような講義はできないので、若いころに読んだ小説やエッセイを再読している。
 五十をすぎて読みかえしてみると、気づくことがたくさんある。すっとばして読んでいたころも、なつかしく思い出せる。だから、みなさんが五十になったとき、再読が楽しめるように、いま読んでおくといいよ。
 教室の若いひとたちは、春でも秋でも、わかったようなわからないような、ふーんという顔で読んでいる。勝ち気だったり、やんちゃだったり、留年したりしていても、みんな素直で、おもろい。思っているけど、声にならない。そういうことを、なんとか文章で伝えたい。
 おおきな大学なので、文系の学部だけでなく、建築やスポーツを専攻しているひとも来る。恋愛や、親子関係や進路、情報が増えて世のなかは便利になるいっぽうだけれど、悩みはむかしとあんまり変わらない。
 テキストは、かならず版を重ねている文庫本にする。本を手に持ち、ページをめくることじたい、忘れかけているひとも多い。出費をさせるけれど、図書館やスマホの閲覧ではなく、じぶんの本を持つようにいう。文庫本は、ジーンズとおなじだからという。
 はいて洗ってをくりかえすと、穴があいたり、色が落ちたり、じぶんだけの味のあるジーンズになる。それとおなじで、くり返し、めくって線をひいて折って読んでいけば、じぶんだけの一冊ができる。読み返せば、学生のころの心境も浮かぶ。
 昨年は、新潮文庫から三冊を読んだ。

志賀直哉『和解』  志賀直哉の『和解』は、高校いらいの再読だった。母校の裏手に、志賀直哉の親友の、武者小路実篤の邸宅があったこともあって、白樺派は国語の課題図書としていろいろ読んだ。
 高校のころは、主人公の順吉のまっすぐな気質とおこないに、振りまわされるように読んだ。いまは、意固地な息子に手をやく父上のほうに肩いれしたり、手賀沼時代の志賀と武者小路そのままのやさしい交流もいい。
 授業では、対立と和解をテーマにみじかい小説を書いてもらった。親子の和解を書いたひとも多く、大団円で全員が涙するという場面が多かったのは、あきらかにテキストの影響だった。わかったようなわからないような顔をしているけれど、みんな涙する熱を持っている。

アン・モロウ・リンドバー『海からの贈物』  エッセイは、アン・モロウ・リンドバーグの『海からの贈物』だった。
 原文の知性と、吉田健一の見事でそっけない訳に、教室にしぜんに、敬意をもち耳を傾ける深い呼吸が生まれた。
 平成の大学生のころには、よくわからなかった。勤めはじめて、恋愛や結婚に迷うと、通勤電車で読みかえしたのがこの本だった。令和の大学生も、恋愛中のひと、進路が決まったばかりの四年生が、行く末をみさだめるような目をして読んでいた。
 ひとりになる時間の大切さが一冊を通して書かれているので、スマホを手ばなし、ひろいキャンパスに散策に出て、エッセイを書くことにした。わずか一時間だけれど、スマホがなくてこわかった、不安だった。はんたいに、子どものころの自由な探検の時間を思い出したというひともいた。

夏目漱石『三四郎』  夏目漱石は、毎年一冊かならず読んでいて、昨年は『三四郎』だった。
 日本より頭の中のほうが広いでしょう。心に残る一文をたずねると、この広田先生のことばをあげるひとが多かった。いまもむかしも、若いひとは、目を合わせて話のできる大人をさがしている。
 西洋化のすすむ明治の東京のせわしないようすが描かれ、オリンピックが近づいて町のようすが変わるいまは、再読の好機だった。
 三四郎がインフルエンザにかかっていたのはすっかり忘れていた。このことばが明治のころからあったんだねえと、みんなでおどろいた。
 百年まえの大学生も、おんなじようなことを考えていたのがうれしかったという感想をきいて、安堵した。情報も乗りものもどんどんはやく、複雑になる。けれど、心臓の鼓動はいまもむかしも変われない。
 大学の時間は、多くの学生にとって、大勢で一冊を読むさいごの機会になる。
 読みこんでよれよれになった文庫本が、よい思い出になったらうれしい。

(いしだ・せん 作家、エッセイスト)
波 2020年3月号より

コラム 新潮文庫で歩く日本の町

宮崎香蓮

 この季節にぴったりの文庫本です。青年の上京物語ですが、主人公・小川三四郎君は私と同じ九州出身(私は長崎で彼が熊本)なので、どうしたって親近感が湧きます。
 三四郎君は汽車で東京を目指します。まず車中で出会う二人が最高。新幹線もない時代なので、名古屋で一泊しないといけないのですが、京都から乗ってきた人妻と名古屋で何となく同じ宿に泊まることになります。しかもなぜか同じ部屋に入れられて、だけど何も起き(起こせ)ません。翌朝、別れ際に人妻は「『あなたは余っ程度胸のない方ですね』と云って、にやりと笑」う。
 二日目の車内では髭の男が水蜜桃をくれます。これが人を食ったような男で、「どうも西洋人は美くしいですね」「御互は憐れだなあ」「(日本は)亡びるね」「熊本より東京は広い。東京より日本は広い」「日本より頭の中の方が広いでしょう」などと名言のような、雲を掴むようなことを立て続けに宣って、「この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出た様な心持がした」。
 ここまでが第一章、文庫本でたった二十四ページ。鉄道の速度が感じられるようなスピード感。この先は東京での物語になりますが、『三四郎』を末尾まで読み終えて振り返ると、この最初の部分に小説の全体が濃厚に纏められているように感じます。
 上京してからの三四郎は、佐々木与次郎君(佐々木小次郎と落語の与太郎を足した名前?)という悪友に東京を案内され、野々宮宗八君を知り、その妹・よし子や野々宮君が気があるらしい美女(?)里見美禰子みねことも知り合い、さらに汽車で会った髭の男・広田先生とも再会する。
 三四郎君は大都市東京を彷徨ったり、頭の中を空想で一杯にしながら、自分には「三つの世界が出来た」と考えます。一つは育った郷里の世界。二番目は広田先生や野々宮君がいる学問など、地味だけど興味を満たせる世界。三つ目は美禰子に象徴されるような華やかで近づきがたい世界。
 これ、同じ上京組として私には皮膚感覚ですごく理解できるんです。家族も友人もいる郷里の世界は今も私のそばにあります。そして芸能界というと華やかそうに思われるかもしれませんが、実のところ、地味でコツコツやっていく第二の世界です。そして三番目の東京ならではのきらきらした、落ち着きのない世界も確かにあるのです。やがて三四郎君は三つ目の世界の住人・美禰子さんに「ヴォラプチュアス」(肉感的)な、本心のよく分からない、でも不思議に魅力的な態度を取られて混乱していきます。
 上京する汽車で出会った女性そのままに、三四郎君には理解不能で、度胸のないような態度しか取れませんし、また広田先生たちの魅力も捨て去ることができません。
 この混乱する三四郎君は(美禰子さんのせいで、ついに寝込んだりします)実にかわいくて私は会いたくなりました。彼がしばしば気持ちや思考を整理できなくなって黙り込んでしまうのも、今どきの器用で、コミュニケーション能力だけは高い男子たちよりずっと好感が持てます。
 会いたいと思ったのは、この小説の人物たちが互いに足繁く会いに行っているからかもしれません。「世界を広げるには、人と直接会うのが一番だな」と改めて思ったのです。


(みやざき・かれん 女優)
波 2016年5月号より

著者プロフィール

夏目漱石

ナツメ・ソウセキ

(1867-1916)1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)に生れる。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。留学中は極度の神経症に悩まされたという。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表し大評判となる。翌年には『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。

新!夏目漱石 漱石は いつも、私たちに新しい。

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