ガイズ&ドールズ
935円(税込)
発売日:2024/05/29
- 文庫
- 電子書籍あり
宝塚公演、ミュージカル、映画でおなじみの原作を含む、短篇の名手のデビュー作品集。
賭け事にとり憑かれた生粋のギャンブラーが一目惚れしたのは、魂を救済するため布教活動に従事する清廉な美女だった――。『ガイズ&ドールズ』の題名でおなじみのミュージカルや映画の原作者として知られ、ブロードウェイを舞台に悲喜こもごもの人間喜劇を描き続けたデイモン・ラニアン。ジャズ・エイジを代表する短篇の名手の歴史的デビュー作品集を、オリジナル収録そのままに紹介する。
第二話 社交場での大きな過ち
第三話 サン・ピエールの百合
第四話 ブッチは赤子の世話をする
第五話 リリアン
第六話 荒ぶる四十丁目界隈のロマンス
第七話 どこまでも律儀な男
第八話 マダム・ラ・ギンプ
第九話 ダーク・ドロレス
第十話 紳士のみなさん、国王に乾杯!
第十一話 世界で一番ヤバい男
第十二話 ブレイン、わが家に帰る
第十三話 血圧
書誌情報
読み仮名 | ガイズアンドドールズ |
---|---|
シリーズ名 | Star Classics 名作新訳コレクション |
装幀 | イオクサツキ/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 416ページ |
ISBN | 978-4-10-220702-4 |
C-CODE | 0197 |
整理番号 | ラ-6-2 |
ジャンル | 文芸作品、古典 |
定価 | 935円 |
電子書籍 価格 | 935円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/05/29 |
書評
ユーモアと二面性
手元にある新潮文庫『どくとるマンボウ航海記』の奥付は、昭和四十六年八月三十日 十五刷とある。定価は、なんとたったの百十円! パラパラめくると文字の小ささに驚く。高校一年の私はこれを苦もなく読んでいたんだなぁ、と内容とは関係のない感慨にふけってしまう。
私の世代はだいたい、北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズから本好きになる。オランダにスケヴェニンゲンなんて街があることを知り、大喜びするのだ。一方で『幽霊』から『楡家の人びと』に至る小説も読み進め、私はユーモアとシリアスの両方を書く作家の二面性に惚れるのだ。北作品関連から、なだいなだ、遠藤周作、吉行淳之介、さらには斎藤茂吉の『赤光』を読んでセンチメンタルな気分に浸ったりしていたのだから、まことに高校生らしい青臭さだと思う。
とはいえ、私の好みはユーモアの方が勝る。大学生の時にカレル・チャペックの『園芸家12カ月』に出会った。チャペックもまた、ユーモアとシリアスの二面性を持った作家なのだ。ある時、北杜夫が新作を語っているラジオを聞いた。なんでも昔、友人なだいなだに「あんたのどくとるマンボウみたいなユーモアエッセイを書きたいがどうすればいい?」と聞かれ、「チャペックを参考にすればいい」と答えたというではないか。
「そうだったのか!」
と私は叫んでしまった。私の中では別物だった二つの本が、実は同根であったことを知って驚いたのだ。「道理で、どっちも好きなわけだ」と深く納得した。
やがて、リング・ラードナーの短編集『アリバイ・アイク』から、私はラードナーにはまる。ラードナーにはメジャーリーグものと呼ばれる作品群があり、表題作の言い訳ばかりしている野球選手「アリバイ・アイク」や、凄い新人選手獲得秘話「ハーモニイ」などのユーモア作品と、淡々と苦い人生を描く「チャンピオン」のような作品もある。これも二面性だ。
私が作家になったばかりの頃、先輩作家にラードナーが好きだと言ったら、
「ラードナーが好きだという人に初めて会った」
とひどく驚かれた。
「ああいう小説を書きたいんです」
「好きなら真似て、どんどん書けばいいんだよ」
とアドバイスされた。そこで「アメリカだから野球だ。日本だと相撲だ」なんて妙な変換をして、ラードナー風の相撲小説を書いたりもした。
少し遅れてデイモン・ラニアンの短編集『ブロードウェイの天使』から、ラニアンにはまる。ラニアンもまた、ブロードウェイものと呼ばれるユーモア作品群と、苦く切ない物語の二面性がある。これまた「アメリカだからブロードウェイだ。日本だと古いラジオ局だ」なんて変換をして小説を書く。まったく、我ながら節操がない。
のちに、ラードナーもラニアンも同じジャズ・エイジの作家であることを知る。
「そうだったのか!」
とまたもや、私の中では別物だった二つの本が実は同根であることを知って驚くのだ。「道理で、どっちも好きなわけだ」と。
そのラニアンの『ガイズ&ドールズ』が出たのだ。おなじみの「ミス・サラ・ブラウンの恋の物語」も入っている。いい作品は何度だって出版されるという見本のようで、嬉しくなる。
ドナルド・E・ウェストレイクといえば数々のペンネームと、やはり二面性を持つミステリー作家だ。私は、天才犯罪プランナー・ドートマンダーが主人公のユーモアミステリー・シリーズが好きだ。『ギャンブラーが多すぎる』はその系譜。新潮文庫にウェストレイク初登場とあっては、読まずにいられない。この本の翌年からドートマンダーものが始まる。なので、それへのアプローチとして、なぜか二組のギャング団に追われる男の物語を「これこれ、この世界だよ」とニヤニヤしながら読んだ。
ここにあげたどの本の登場人物も、辛い時、嫌な気分の時、カッコつけたくなる時、うっかり真面目になにかを語りそうな時ほどユーモアを! なのだ。そこがいい。
「そうだったのか!」
とたったいま気付いた。ユーモアと二面性の作家――ではなく、二面性と折り合いをつけるためにユーモアが必要なのだ、と。あと、私の好みは百十円で新潮文庫を買った高校生の頃から変わらないということにも気付いたのだが、まあ、これはどうでもいい。
(ふじい・せいどう 作家/脚本家/放送作家)
著者プロフィール
デイモン・ラニアン
Runyon,Damon
(1880-1946)アメリカ合衆国カンザス州生まれの新聞記者、作家。主にニューヨークのブロードウェイを舞台とした短篇小説を数多く発表し、映画化や舞台化もされている。1967年に野球記者にとって最も権威のある賞、J・G・テイラー・スピンク賞を受賞した。1994年に、その名を冠し、優れたジャーナリストやコラムニストに授けられるデイモン・ラニアン賞が創設された。
田口俊樹
タグチ・トシキ
1950(昭和25)年、奈良市生れ。早稲田大学卒業。ブロックの“マット・スカダー・シリーズ”をはじめ、ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』、スミス『チャイルド44(フォーティフォー)』、チャンドラー『長い別れ』、ウィンズロウ『業火の市(まち)』、コーベン『THE MATCH』(共訳)など訳書多数。