ギャンブラーが多すぎる
880円(税込)
発売日:2022/07/28
- 文庫
タクシー運転手が巻き込まれた賭博がらみの殺人の真犯人は? 巨匠による幻の逸品。
タクシー運転手チェットは大のギャンブル好き。客から入手した競馬の裏情報が的中し、配当金を受け取りにノミ屋のトミーを訪ねるが、彼は撃ち殺されていた。容疑者にされたうえ二つのギャング組織から追われることになったチェットは、トミーの妹と組んで真犯人を探すことになる。手に汗握る脱出劇、ロマンス、全員集合の大騒動に犯人当て。1960年代のNYムード満載、巨匠による幻の逸品。
書誌情報
読み仮名 | ギャンブラーガオオスギル |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 岡野賢介/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 文庫 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 448ページ |
ISBN | 978-4-10-240231-3 |
C-CODE | 0197 |
整理番号 | ウ-26-1 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 880円 |
書評
ユーモアと二面性
手元にある新潮文庫『どくとるマンボウ航海記』の奥付は、昭和四十六年八月三十日 十五刷とある。定価は、なんとたったの百十円! パラパラめくると文字の小ささに驚く。高校一年の私はこれを苦もなく読んでいたんだなぁ、と内容とは関係のない感慨にふけってしまう。
私の世代はだいたい、北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズから本好きになる。オランダにスケヴェニンゲンなんて街があることを知り、大喜びするのだ。一方で『幽霊』から『楡家の人びと』に至る小説も読み進め、私はユーモアとシリアスの両方を書く作家の二面性に惚れるのだ。北作品関連から、なだいなだ、遠藤周作、吉行淳之介、さらには斎藤茂吉の『赤光』を読んでセンチメンタルな気分に浸ったりしていたのだから、まことに高校生らしい青臭さだと思う。
とはいえ、私の好みはユーモアの方が勝る。大学生の時にカレル・チャペックの『園芸家12カ月』に出会った。チャペックもまた、ユーモアとシリアスの二面性を持った作家なのだ。ある時、北杜夫が新作を語っているラジオを聞いた。なんでも昔、友人なだいなだに「あんたのどくとるマンボウみたいなユーモアエッセイを書きたいがどうすればいい?」と聞かれ、「チャペックを参考にすればいい」と答えたというではないか。
「そうだったのか!」
と私は叫んでしまった。私の中では別物だった二つの本が、実は同根であったことを知って驚いたのだ。「道理で、どっちも好きなわけだ」と深く納得した。
やがて、リング・ラードナーの短編集『アリバイ・アイク』から、私はラードナーにはまる。ラードナーにはメジャーリーグものと呼ばれる作品群があり、表題作の言い訳ばかりしている野球選手「アリバイ・アイク」や、凄い新人選手獲得秘話「ハーモニイ」などのユーモア作品と、淡々と苦い人生を描く「チャンピオン」のような作品もある。これも二面性だ。
私が作家になったばかりの頃、先輩作家にラードナーが好きだと言ったら、
「ラードナーが好きだという人に初めて会った」
とひどく驚かれた。
「ああいう小説を書きたいんです」
「好きなら真似て、どんどん書けばいいんだよ」
とアドバイスされた。そこで「アメリカだから野球だ。日本だと相撲だ」なんて妙な変換をして、ラードナー風の相撲小説を書いたりもした。
少し遅れてデイモン・ラニアンの短編集『ブロードウェイの天使』から、ラニアンにはまる。ラニアンもまた、ブロードウェイものと呼ばれるユーモア作品群と、苦く切ない物語の二面性がある。これまた「アメリカだからブロードウェイだ。日本だと古いラジオ局だ」なんて変換をして小説を書く。まったく、我ながら節操がない。
のちに、ラードナーもラニアンも同じジャズ・エイジの作家であることを知る。
「そうだったのか!」
とまたもや、私の中では別物だった二つの本が実は同根であることを知って驚くのだ。「道理で、どっちも好きなわけだ」と。
そのラニアンの『ガイズ&ドールズ』が出たのだ。おなじみの「ミス・サラ・ブラウンの恋の物語」も入っている。いい作品は何度だって出版されるという見本のようで、嬉しくなる。
ドナルド・E・ウェストレイクといえば数々のペンネームと、やはり二面性を持つミステリー作家だ。私は、天才犯罪プランナー・ドートマンダーが主人公のユーモアミステリー・シリーズが好きだ。『ギャンブラーが多すぎる』はその系譜。新潮文庫にウェストレイク初登場とあっては、読まずにいられない。この本の翌年からドートマンダーものが始まる。なので、それへのアプローチとして、なぜか二組のギャング団に追われる男の物語を「これこれ、この世界だよ」とニヤニヤしながら読んだ。
ここにあげたどの本の登場人物も、辛い時、嫌な気分の時、カッコつけたくなる時、うっかり真面目になにかを語りそうな時ほどユーモアを! なのだ。そこがいい。
「そうだったのか!」
とたったいま気付いた。ユーモアと二面性の作家――ではなく、二面性と折り合いをつけるためにユーモアが必要なのだ、と。あと、私の好みは百十円で新潮文庫を買った高校生の頃から変わらないということにも気付いたのだが、まあ、これはどうでもいい。
(ふじい・せいどう 作家/脚本家/放送作家)
著者プロフィール
ドナルド・E・ウェストレイク
Westlake,Donald E.
(1933-2008)米国の人気作家。犯罪小説、ケイパー・ストーリーの名手で、著作は100冊を超える。アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞3度受賞(1968年『我輩はカモである』で最優秀長篇賞、1990年『悪党どもが多すぎる』で最優秀短篇賞、1991年『グリフターズ/詐欺師たち』で最優秀映画脚本賞)は歴代で2人のみ。1993年には同賞の巨匠賞も受賞。
木村二郎
キムラ・ジロウ
1949年大阪府生れ。ペイス大学社会学部卒業。1982年にマルタの鷹協会日本支部を創設。ハードボイルド小説を中心に数多くの翻訳を手掛け、「木村仁良」名義でも評論を執筆。『ヴェニスを見て死ね』(1994年)をはじめとする小説も発表。ウェストレイク『泥棒が1ダース』、プロンジーニ『幻影』など訳書多数。