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安部公房写真集―PHOTOWORKS BY KOBO ABE―

安部公房/著 、近藤一弥/編・デザイン

15,400円(税込)

発売日:2024/08/09

  • 書籍

日本が誇る世界的作家は、卓越した写真家でもあった。初の本格的写真集。

『箱男』『砂の女』『燃えつきた地図』……今なお読まれ続ける多くの先駆的・前衛的作品を書き遺した作家。その傍らにはいつもカメラがあった。小説に取り入れられたカットをはじめ、都市に生きる孤独や不安を撮った多くの作品群から厳選、現代写真家としての足跡を明らかにする、ファン必携の写真集。生誕100年記念出版。

書誌情報

読み仮名 アベコウボウシャシンシュウフォトワークスバイコウボウアベ
発行形態 書籍
判型 B5判
頁数 136ページ
ISBN 978-4-10-300812-5
C-CODE 0072
ジャンル 写真、作品集、カメラ・ビデオ
定価 15,400円

書評

見る者が抱く心象を突きつける写真

ヤマザキマリ

 四十年ちかくも前の話だが、安部公房の写真作品を留学先であるフィレンツェの美術学校の課題として描いたことがある。日本から送ってもらった刊行直後の『死に急ぐ鯨たち』を手に取り、読み進めていると不意に現れた、ゴミ捨て場に放置されている冷蔵庫の写真を目にした瞬間、「これを絵にしよう」という決意が芽生えた。
 その数週間後に仕上がったのは、廃棄物に覆われた光景の中心に、影のように黒い猫背の男が背中を向けて画面の奥に配置されているという構図以外、使った絵の具も黒と白だけの完全な写真の描き写しだった。教官はそれを見て「暗鬱な絵だな」とひとこと言ったきり、たいした評価はしてくれなかったが、同じアパートの階下に暮らしていたドイツ人の女性哲学者からぜひ譲って欲しいと頼まれ、家賃を払うお金欲しさに二束三文で手放してしまった。あの絵が今はどこにあるのかわからないが、この時から私は安部公房を写真家としても認識するようになったように思う。
 既に『箱男』の文庫本を通じて安部公房が写真を撮る作家であることは知っていた。印画紙に荒い粒子で捉えられた、シャッターを閉じた宝くじ売り場の前に佇む(または直進している)男の後ろ姿や、車椅子に乗った少女と老婆に付き添いの人々。荷物を自転車に積載して移動している路上生活者に、男性便所で一列に並んで用を足す男たち。人間たちがそれぞれ毎日排出しているため息の澱みが沈殿したかのような空気の中で、ダンゴムシのごとく蠢いている輪郭線の曖昧な人々。安部公房は自身の撮影について、意識しないような瞬間の切り取りが何よりも重要だと語っているが、鬱屈した暮らしでつのる怒りや苦悩を、納得のいく作品に昇華することもできないもどかしさと失望感を自分に抱いていた私は、そこが砂であろうと、荒野であろうと、アスファルトであろうと、人間たちが生息している場所に根付く、老廃物や土着の匂いをあらゆる手段で切り取ることのできる安部公房に、強い羨望を覚えたものだった。
 この写真集のゲラを眺めているうちに、当時のあの頃の悶々とした感覚が蘇ってきてなんとも恥ずかしい気持ちになってしまったが、もうひとつ長い年月を隔て感じたのは、それぞれの写真の内側に潜んでいる安部公房作品へのアプローチである。
 写真集の編・デザインを担った近藤一弥氏の解説によると、安部公房が残したネガフィルムは一万カット以上で、撮影量が最も増えていたのは『箱男』と「安部公房スタジオ」立ち上げの頃だという。『箱男』は主人公がカメラマンという設定なので、潜った箱に開けた覗き穴から彼の目が捉えているに違いない光景を、同じ立場を意識して撮り続けたのがこの作品で使われている写真なのだろう。しかし、こうして見ると、特定の作品に紐付ける予定があったわけでもないはずの写真も、彼の文字によって展開される世界観とぴったりベクトルがシンクロしていることに気がつく。『方舟さくら丸』にしろ『砂の女』にしろ、新潮社から刊行される安部公房の文庫本に氏の写真が使われているのを目にするたび、まるでそのために撮り下ろしたと思えるくらいピッタリな写真がよくあったものだと感心していたが、写真だけではなく、EMSシンセサイザーを導入して作ったブライアン・イーノ風の音源も、抽象的なイラストも、トイレットペーパーの芯で作ったオブジェも、彼にとっては文字によるデジタル化以前の、感覚的な要素で耕された土壌のようなものなのかもしれない。最初に文章を作り、そこからことばでは補えない絵を立ち上げていく私の漫画創作とは完全に逆の方法だが、安部公房という人の方向性のぶれなさには本当に感心してしまう。
 それと、もう一点。これはあくまで漫画家である私による極めて私的な見解だが、この写真集を見ていると、不意につげ義春の景色や人々の描写が思い浮かぶことがあった。安部公房もつげ義春も人間社会に打ちひしがれつつも旺盛な好奇心で分析を怠らない表現者である。つげ義春はそれこそ安部公房が嫌う私小説作家の漫画家版とも言えるが、たとえばこの写真集の作品をつげの絵に置き換えてみると全く違和感がない。それはおそらく、安部公房の写真も、つげ義春の漫画も、作家の思想や意図を消失させ、読み手の中に内在する心象を容赦無く突きつける黒と闇の効果を効果的に用いる表現者だからだろう。意外な組み合わせではあるが、自分的には納得のいく解釈なのだった。

(やまざき・まり 漫画家/文筆家/画家)

波 2024年10月号より
単行本刊行時掲載

試し読み動画

担当編集者のひとこと

 この写真集の企画を社内に諮ったところ、「マニアックだなあ」という声が多数。安部公房が写った写真を集めた一冊だと思われたようです。
 代表作『箱男』(この夏に映画になりました)を読まれた方ならお分かりかと思いますが、この作品で写真は重要な役割を果たしています。箱の中に入った男が覗き穴から見た光景を、写真で表現しています。カーブミラーにゆがんで映った家、おびただしい荷物を載せた自転車を押す人物、病院の待合室と思しき壁に貼られた人の頭の解剖図など、人々の無意識に刻み込まれた風景を安部公房はフィルムに収めてきました。
「安部公房全集」や安部作品の新潮文庫版のデザインを手掛けてきた、日本を代表するグラフィックデザイナーの一人である近藤一弥氏が、安部公房が遺したおよそ1万点のカットを精査し、厳選した約百点を収めた、初の本格的写真集です(『箱男』中の写真ももちろん入っています)。写真集のデザインも近藤氏が担当し、世界的作家のもう一つの実像を見渡すのにふさわしい本になりました。昔からのファンの方も(「安部公房全集」と一緒に書架に並べたくなるデザインです)、映画「箱男」で安部公房を発見した方も、ぜひご覧ください。(出版部・TS)

2024/10/29

著者プロフィール

安部公房

アベ・コウボウ

(1924-1993)東京生れ。東京大学医学部卒。1951(昭和26)年「壁」で芥川賞を受賞。1962年に発表した『砂の女』は読売文学賞を受賞したほか、フランスでは最優秀外国文学賞を受賞。その他、戯曲「友達」で谷崎潤一郎賞、『緑色のストッキング』で読売文学賞を受賞するなど、受賞多数。1973年より演劇集団「安部公房スタジオ」を結成、独自の演劇活動でも知られる。海外での評価も極めて高く、1992(平成4)年にはアメリカ芸術科学アカデミー名誉会員に。1993年急性心不全で急逝。2012年、読売新聞の取材により、ノーベル文学賞受賞寸前だったことが明らかにされた。

近藤一弥

コンドウ・カズヤ

東京都生れ。成城大学芸術学科卒。桑沢デザイン研究所グラフィック研究科卒。グラフィックデザイナー。1998年、『安部公房全集』のブックデザインで東京ADC原弘賞、2000年ブルーノグラフィックビエンナーレ・プラハタイポデザインクラブ賞、2002年桑沢賞受賞。安部公房作品の新潮文庫でのカバーデザインも手掛けている。

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