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井上ひさし「せりふ」集

井上ひさし/著 、こまつ座/編

1,320円(税込)

発売日:2013/11/29

  • 書籍

「ことば」が「せりふ」になると、哀しみは希望に変えられる――。

演劇の力を、日本語の逞しさを信じて、生涯70作にも及ぶ戯曲を書いた井上ひさし。処女作から遺作「組曲虐殺」まで、心に残り続ける名せりふを、30周年を迎えるこまつ座が自ら、107つ厳選しました。「泣く・笑う」「生きる」「ことば・芝居」「人間」といった七つのジャンルに分けて収録した、ファン待望の一冊。

目次
まえがき
井上ひさしのせりふの世界
泣く・笑う
ことば・創り出す
恋・友情
生と死
人間
世の中
啖呵
井上ひさし全戯曲

書誌情報

読み仮名 イノウエヒサシセリフシュウ
発行形態 書籍
判型 B6判変型
頁数 144ページ
ISBN 978-4-10-302334-0
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆、文学賞受賞作家、演劇・舞台
定価 1,320円

書評

波 2013年12月号より 井上ひさしの「せりふ」の力

小田島雄志

芝居のせりふは日常会話とどこが違うか。日常会話は特定の聞き手に直接言えばそれですむが、せりふは登場人物の中の聞き手に言うことを通して不特定多数の観客にも伝えなければならない。その分だけ、ことばの伝達力にエネルギーを加える必要がある。そのエネルギー源のいくつかの例を、井上ひさしのせりふを107個選んで編んだ本書を手がかりに、探ってみよう。

一、リズムとユーモアをゆたかにする。その結果せりふは親しみやすくなる。

芝居みると、皺がのびる、
腰がのびる、寿命がのびる。

のびる、というリズミカルなくり返しに、皺・腰と具体的な体の部分を続け、最後に寿命とおさめるところにユーモアが生じる。
二、メッセージを、高所から下々(しもじも)に教示するのではなく、弱者の味方になり開示する。

恋人にふられたら、
「よかった、女性が彼女一人じゃなくて」
とおもうこと。

これは落ちこんだ者への最高のアドヴァイスだろう。視点をちょっと変えれば、慰めや励ましの力を生むことになる。
三、真反対の二つの意味を表裏にふくませる。すると一つの意味に束縛されずに自由な状態で聞けるようになる。

希望を捨ててしまえば、
おどろくほど元気になれるものなんですよ、
もちろん
空元気ってやつですがね。

希望を捨てろ、と忠告しながら、捨ててもたいしたことにはならないよ、と警告もふくめている。彼独特の二重性である。だいたい彼の名前にしたって、「胃の飢え久し」と読めば「たんと食えよ」と聞こえるし、「胃の上庇」と書けば「もう食うな」と読みとれるではないか。この二重性を――
四、人間観の底まで深めれば、

みんな人間よ
同じ人間
怖がってはだめ
見下してもだめ

となるし、
五、世界観の果てまでひろげれば、

絶望するには、
いい人が多すぎる。
希望を持つには、
悪いやつが多すぎる。

となる。そのグローバルな視野において、彼はみごとなバランス感覚を保っているのである。ただ「絶望するな、希望を持て」と言われると、一般庶民のリアリズム感覚には受け入れにくい気がするが、このように言われると説得力をもってひびいてくる。
こうして井上ひさしのせりふの大波小波の中を泳いでいると、さらにもう一つの声が聞こえてくる。それは、われわれ観客(読者)に向かって言われるだけでなく、
六、彼自身に向かって言い聞かせているかのような声である。

人間のかなしいかったこと、
たのしいかったこと、
それを伝えよるんが
おまいの仕事じゃろうが。

これは「父と暮せば」で、原爆死した父親の亡霊が図書館勤めの娘に広島弁で語りかけているせりふだが、そのようなコンテクストを離れてこれだけ取り出して聞けば、井上ひさしの自戒のことば、とも聞こえてくる。つまり、彼のせりふに「力」があるのは、多数の他者に働きかける遠心力があると同時に、自分にも訴えかける求心力があるからではなかろうか。
本書をお読みになったかたがたは、次に彼の劇作品をお手にとり、ご自分の気に入ったせりふを一つ、二つ、と書き留めていかれるようおすすめしたい。そうして108個、120個、150個とふやしていくかたが、彼にとっていちばんうれしい読者だと思う。

(おだしま・ゆうし 演劇評論家)

著者プロフィール

井上ひさし

イノウエ・ヒサシ

(1934-2010)山形県生れ。上智大学文学部卒業。浅草フランス座で文芸部進行係を務めた後、「ひょっこりひょうたん島」の台本を共同執筆する。以後『道元の冒険』(岸田戯曲賞、芸術選奨新人賞)、『手鎖心中』(直木賞)、『吉里吉里人』(読売文学賞、日本SF大賞)、『腹鼓記』、『不忠臣蔵』(吉川英治文学賞)、『シャンハイムーン』(谷崎潤一郎賞)、『東京セブンローズ』(菊池寛賞)、『太鼓たたいて笛ふいて』(毎日芸術賞、鶴屋南北戯曲賞)など戯曲、小説、エッセイ等に幅広く活躍した。2004(平成16)年に文化功労者、2009年には日本藝術院賞恩賜賞を受賞した。1984(昭和59)年に劇団「こまつ座」を結成し、座付き作者として自作の上演活動を行った。

こまつ座

コマツザ

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