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寒灯

西村賢太/著

1,430円(税込)

発売日:2011/06/30

  • 書籍
  • 電子書籍あり

「その了見が慊いよ。大きに、慊いよ」貫多の忿懣爆発する、芥川賞受賞後第一作品集。

「ぼく、おまえをずっと大切にするから、今後ともひとつよろしく頼むよ」ようやく手に入れることが叶った恋人との同棲生活。仲睦まじく二人で迎える初めての正月に、貫多の期待は高まるが、些細な事柄に癇の虫を刺激され、ついには暴言を吐いてしまう。あやうく垂れ込める暗雲の行方は――。待望の〈秋恵〉シリーズ最新作。

目次
陰雲晴れぬ
肩先に花の香りを残す人
寒灯
腐泥の果実

書誌情報

読み仮名 カントウ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 160ページ
ISBN 978-4-10-303233-5
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,430円
電子書籍 価格 1,144円
電子書籍 配信開始日 2012/08/10

書評

波 2011年7月号より 私小説なるものの働き

松本徹

小説の読み方にはいろいろあるが、たまたま手にした抄録本に引き付けられると、貧窮生活のただ中にありながら、三十五万円もの大金を出して原本を購入、さらに共感を深めると、その作者の没後弟子を自称して、断簡零墨まで買い集め、独力で全集の刊行を企てる。その挙句、立て直された墓の元の墓標を譲り受け、ガラスケースに収めて自室に安置する――。このようなところまで突き進む愛読者がいるだろうか。
泉鏡花は生涯、師紅葉の写真を掲げ、執筆前には必ず拝礼したといわれるが、その域を遥かに越えている。
こうした西村賢太氏の藤澤清造への傾倒は、小説の読み方の極限だろう。そのあげく、小説を書き出したのである。同人誌「煉瓦」で『墓前生活』を読んだのが、氏の作品を手にした初めであったが、猪突猛進とでも言うよりほかない愛読者にして書き手の出現には、驚かされた。
次いで同じく「煉瓦」掲載の『けがれなき酒のへど』(「文學界」平成十六年下半期同人雑誌優秀作)を読んだのだが、いまや時代遅れの私小説と思いながら、商売女に徹底的に翻弄される陋劣極まりない惨めな自分の姿を、自己破壊に至るのも辞せず、正面から描く姿勢には、言いようのない真摯さを認めざるを得なかった。それとともに、書くことによって自らの生を辛うじて支えている、と思った。
ただし、そうでありながら自分を冷静に見つめる自意識の持主で、ある種のユーモアも漂わせている気配なのだ。切迫感を抱きながら、それに押し流されず、見るべきものは見届ける強靭さも持ち合わせているのである。
多分、これは藤澤清造を初めとする自己破滅型の私小説家たちに、徹底して親しむことをとおして体得したものであろう。
そうして氏は、今の時代における、八方破れといってもよい私小説家として自分を押し出すのに成功したのだ。作者の生身を強烈に感じさせ、時代遅れと思われるところを、反時代的にと反転させ、社会との齟齬に苦しむ人々の共感を呼ぶことにもなった。
そして今回の、芥川賞を受けた後、最初の作品集の刊行となったのだが、「陰雲晴れぬ」「肩先に花の香りを残す人」「寒灯」「腐泥の果実」の四篇を収める。巻頭作は、ようやく部屋を借りることができて、貫多と秋恵が一緒に暮らし始めたところが扱われる。人並みの日常をどうにか手に入れ、幸福感も味わう。しかし、貫多はごく些細なことに腹をたてると、自分を抑えることができない。以下二篇は、怒り出し、罵倒し、秋恵も負けずにやり返す展開になるところが綴られる。最後の作は、秋恵が出て行った後の未練に苛まれる有様になる。
これらの作品を読んでまず感じるのは、よくも悪くも、ずいぶんすっきりと書かれている点である。不透明で、得体の知れない何ものかがうごめいている感じが強かったのだが、それがよく整理されている。
これは西村氏の作品が多くの読者を獲得するようになったことと繋がっているのだろう。最近では、意外に若い女性の読者も増えたようである。これまでは男臭くて、男しか近寄れなかった世界が繰り広げられていたのだが、女性も近づくことができるようになったらしい。
しかし、如何にそうなろうと読む者が目にするのは、結局のところ、今日の時代のなんとも荒涼とした孤独世界であり、それに対し真っ向から異議を唱え、男を剥き出しにして地団駄を踏み続ける、頑是ない貫多=「わたし」の姿である。
このような「わたし」の在り方が、今日のような時代、息を継ぐことができる空間を辛うじて確保するのかもしれない。私小説なるものの働きである。

(まつもと・とおる 文芸評論家)

著者プロフィール

西村賢太

ニシムラ・ケンタ

(1967-2022)東京都生れ。中卒。2007(平成19)年『暗渠の宿』で野間文芸新人賞、2011年「苦役列車」で芥川賞を受賞。刊行準備中の『藤澤清造全集』(全五巻別巻二)を個人編輯。文庫版『根津権現裏』『藤澤清造短篇集』を監修。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『二度はゆけぬ町の地図』『小銭をかぞえる』『廃疾かかえて』『随筆集 一私小説書きの弁』『人もいない春』『西村賢太対話集』『随筆集 一日』『一私小説書きの日乗』『棺に跨がる』『形影相弔・歪んだ忌日』『けがれなき酒のへど 西村賢太自選短篇集』『やまいだれの歌』『痴者の食卓』ほか。

判型違い(文庫)

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