
少子化に打ち勝った保育園─熊本「やまなみこども園」で起きた奇跡─
1,760円(税込)
発売日:2026/03/18
- 書籍
- 電子書籍あり
「子育ては大勢ですればするだけ、喜びは大きくなるんです」。
「この園と共に生きていきたいからもう一人産みました」。保育のプロが注目する園は、保育士、保護者、地域住民が子育ての喜びを分かち合う「大きなおばあちゃんち」。常識を超えた遊びと、桁違いの刺激に満ちた日常。“関係性の束”を大切にしたら発達障害が消えた──人生の土台を一緒に育む現場から届ける感動のルポ。
プロローグ
「奇跡」と呼ばれる保育園/保護者が園に集う理由
第一部 もう1人産みたくなる理由
やまなみこども園の保護者たちが見ている世界
「ずっと子育てをしたい」という親たち/育児にかかわる時間は減っているのか/国の投資VSやまなみパワー
やまなみカルチャー1 桁違いの刺激に満ちた日常がある
全国が注目する子どもたちの圧倒的なパフォーマンス/保育に心を揺さぶるドラマを織り込む/卒園生が何十年経っても忘れられない記憶
やまなみカルチャー2 地域を巻き込んで冒険する
地域が丸ごと園の庭/常識を超えた遊びが人生で大切なものを教えてくれる/リスクは地域みんなでカバーする
やまなみカルチャー3 演劇スキルでドラマの質を高める
保育にちりばめられた物語の力/プロから伝授された演劇スキル
やまなみカルチャー4 発達障害が消える集団をつくる
個ではなく、全員で挑む/“関係性の束”を大切にする保育/発達障害が消える二つの理由/園が精神科医の心の拠り所に
やまなみカルチャー5 保護者が保育にどんどん参加する
日中に園で親子が笑い合っている風景/親は初めから親なのではなく、親として成長するから親になる/保護者が参加しやすい状況を用意する/やれるだけのことをやった家族に見える景色/親子が認め合うことで強まる家族の絆/父と子どもが生み出すファンタジー/父と子で乗り越える人生最大のピンチ/子育ての中には親にしかできない役割がある
やまなみカルチャー6 保護者会を“第二の青春”の場にする
園への貢献は、わが子への貢献/園に来て初めて見えるわが子の姿/子どもを通して青春を再体験する/この園に入れたいから子どもを産む
やまなみカルチャー7 全員で子どもたちを育て、喜びを分かち合う
保護者が主体の週末イベント/7人きょうだいが全員やまなみ/家庭だけでは得られないことをよその家庭から教わる/保護者同士の結び付きが困難を乗り越える力となる
やまなみカルチャー8 困っている家庭をみんなで支える
先生と保護者の垣根を越えた関係/DV家庭に泊まりに来てくれた先生/先生と保護者の「共同生活」/卒園後も差し伸べられるたくさんの手/「新しい人生が開ける」と言われて/先生が心のモヤモヤを受け止めてくれた/最後に頼る先はやまなみ
やまなみこども園の大家族主義「おばあちゃんの家」という文化
第二部 やまなみ文化はいかに創られたか
1 山間の町で育まれた心
戦後の時代に育まれた助け合いの精神/僻地で身につけた社会活動の精神/保育の理想と現実、そして挫折
2 子どもにとっていいものはすべて取り入れる
周囲の反対を押し切って開園する/徹底的に子どもに寄り添う/理想の保育を探求する旅/保育理論を地域の子どもに合わせて改良する
3 共働き家庭の出産を後押しする
子どもを“成長”させる保育を目指して/園の財政を保護者たちが支える/「何が何でもその子を産みなさい」/保護者会が主体になって園の理想を実現する/やまなみ経済圏の誕生
4 山並家の子どもたち
山並家に加わった「新しい家族」/茶髪の不良少女との10カ月/心に芸術文化の種を蒔く/やまなみの物語性と演劇スキルの原点
5 奈落の底から新園舎を作る
失われた小さな命/世間からの容赦ないバッシング/新園舎設立に奔走する保護者たち/園の後継者を決めてください
6 新園舎に吹いた風
若者たちの夢と挫折/初めて子どもたちの心をつかんだ日
7 若き保育者たちの挑戦の日々
ドラマに彩られた新しい保育/“物語”を保護者と共有する/職員も大家族の一員になる/すべての人を受け入れ、一番の理解者になる/熊本地震によって破壊された生活/避難所となった園をみんなで支える
第三部 それぞれの未来に深くかかわる
1 みんなが特技を磨いて補い合う保育
仕事を超えたところにある職員の喜び/全員で子どもの成長を優先する/職員全員で弱点を補い合い、特技を最大限に生かす/片親だからこそ職場に助けられた/毎週末に卒園生がボランティアに来る理由
2 卒園生たちと夢の舞台に立つ
幼馴染で構成される学童の絆/園から誕生した児童劇団/不登校からブロードウェイを目指して
3 通信制高校に咲くやまなみ文化
高校にも広がる園児との触れ合い/通信制高校生VSやまなみパワー/目の色が変わった高校生たち/行列ができるコミュニケーションの授業
4 全国に広まる卒園生たちのネットワーク
卒園後も肌で感じるやまなみの力/県外のやまなみネットワーク
エピローグ
書誌情報
| 読み仮名 | ショウシカニウチカッタホイクエンクマモトヤマナミコドモエンデオキタキセキ |
|---|---|
| 装幀 | やまなみこども園/写真提供、新潮社装幀室/装幀 |
| 雑誌から生まれた本 | 週刊新潮から生まれた本 |
| 発行形態 | 書籍、電子書籍 |
| 判型 | 四六判 |
| 頁数 | 256ページ |
| ISBN | 978-4-10-305460-3 |
| C-CODE | 0095 |
| ジャンル | 評論・文学研究、ノンフィクション |
| 定価 | 1,760円 |
| 電子書籍 価格 | 1,760円 |
| 電子書籍 配信開始日 | 2026/03/18 |
書評
奇跡の保育園
保育園から電話が来た。心臓がきゅっと縮まる。発熱に伴うお迎えの要請だろうか……。そうでなくて安堵したのも束の間、どうやら私は他の子の靴を誤って持って帰ってしまったようだ。加えて、相手の親御さんは“プライバシーを気にする方”だそうで、私の失態を各保護者宛に配信せざるをえないと伺って落ち込む。なんとか謝罪の手紙をしたためたものの、保護者同士のトラブルには立ち入れないため、保育園としては預からないとのこと。
ろくに確認しないまま、手提げに靴を滑り込ませたのが悪かった。だけど、その理由は、駄々をこねる子どもを不安定に抱えざるをえなかったからだ。こういうとき、急に子どもの“重み”を感じる。この子の全体重を支えるのはこの世に私だけという孤立感が、それをいや増すのだ。本書を読みながら、“孤育て”の背景にあるのは、核家族化した各家庭と保育園との間の「境界が明確」なためだと気づかされた。保育園の先生も、それぞれの保護者も互いに「プライベート領域に踏み込まないという……暗黙のルール」のもと手を差し伸べるのを躊躇している。
だが、家庭と行政との間にも、親とそれ以外との間にも、実は豊かな領域がある。だから、核家族の境界線を曖昧にすることができたなら、互いの子どもを複数の家族が支え合う関係を築けるはずだ。そして、家庭と保育園との境目を自らぼやかして、核家族の外に広がる豊かなコミュニティのハブとなったのが、本書が取り上げる「やまなみこども園」の創業者・山並道枝さんである。戦後、家族の外から差し伸べられるいくつもの手に支えられながら、貧困でも幸福な子ども時代を過ごした彼女は、1976年、1階を園舎、2階を自宅とする「やまなみこども園」を開園した。そして、親が遅くなるときには、園児を2階にあげて、わが子と一緒に夕食を取らせていたというのだから、まさに物理的に家族と園児との垣根を取り払ったのである。
「やまなみが育んでいるものは、個体としての子どもの能力ではなく、不確実性を含むコミュニティの“関係”でしょう」との専門家の言葉に、“やまなみカルチャー”が凝縮されている。そしてこれこそが、2004年以降、66兆円を超える予算が投じられたという、未曾有の少子化対策が置き忘れた視点ではないか。加速度的に充実する子育て支援ではあるが、各世帯の年収を把握して保育料を定めるシステムは、必然的に、家族の区分をより強固にしていく。そういう時代に「遠くの親戚より、近くのやまなみ」という言葉に象徴される真逆のカルチャーは新鮮に映る。
子育ての過程で、親が孤立する瞬間はいくつもある。例えば、進学した先の小学校で子どもが不登校になったとき、交通事故にあったシングルマザーが子どもを残して搬送されるとき、両親の不和のような家庭内のトラブルを抱えるとき──そんなとき、山並道枝さんをはじめとするやまなみの人々は、躊躇なく家庭の中にまで入り込んできてくれる。そうやって、家族と保育園との間に親族を超える確かな信頼関係が生まれる。そして、この関係性が自然と周囲に波及していくのだ。例えば、やまなみと保護者たちの絆が深いからこそ、彼らは行事やバザーなどの園の活動に熱心に関わる。そのうち、自分の子のみならず、他の子たちの成長に目を配るようになっていく。そうやって、やまなみを中心に同心円的に広がっていく文化は、保護者同士でコロナ禍に子どもを預かり合い、同じ敷地内に家を建ててともに子どもを育てる実践までも生みだした。さらに、この垣根を超えて手を差し伸べ合うカルチャーは、熊本地震の際には、園を私設の避難場所として近隣に開放することで、保護者家庭のみならず、地域に向かっても示された。
“個”ではなく“関係性”から出発する発想は、現代の教育における盲点だったのではないか。モンテッソーリのように、その子の尖った能力を早めに見つけて伸ばしていく教育法はよく聞く反面、個と個を結ぶ“関係性”には十分な目配りがなされていないと感じる。例えば、園児に自由にこいのぼりを作らせて、色とりどりの作品から多様性に思いを馳せる教育ならば、想像がつく。ところが、「みんなで作った全員分のこいのぼりを園庭に飾ろうね!」と声をかけて、「全員のこいのぼりが……空を埋め尽くす光景」を「ゴール」に掲げるやまなみ式の着想は、私にとっては目から鱗の転換だった。
いまの子たちは「かけっこ」をしている。どんな走り方でも速くても遅くてもよいとは言われる。ただ、他との比較でその子の個性を際立たせるのなら、周囲は潜在的な競争相手にもなる。一方、やまなみの子どもたちが全員で取り組むのは「パズル」だ。周囲との関係性の中で自己を把握する彼らは、それぞれの凹凸を補い合いながら、一枚の画を作ろうとする。こういう関係構築の土台を持った子たちは強い。目をキラキラさせて今日も冒険に繰り出す子どもたちは、この心の基地がある限り、卒園後も自由に羽ばたいていけるだろう。
ただ、山並道枝さんという大樹の周りに同心円状に作られた“やまなみカルチャー”を、他でも再現できるのか。本書を読みながら悶々とした私は、先日、思い切って「誤って靴を持って帰ってしまってすみませんでした」と、冒頭の親御さんに声をかけてみた。少し話してみると、“プライバシーを気にする”の本意は、遅くに生まれてきた一人っ子を何より心配する姿勢だと知る。そこから、保育園の外でも挨拶を交わすようになる。すると、その子の成長に目が向き、相手のわが子を見る目も和らいでいく。
それは今朝のことだった。傘を差して大荷物と子どもを抱えて道を歩いていると、「何か持ちましょうか?」と、その方に声をかけてもらったのだ。雨の中でも心が晴れていく。“孤育て”と思い込むほどにわが子だけを目で追っていた。本当にすべきことはむしろ逆だった。他の子に関心を向けてみよう。そうすれば、私だけで背負っていた子どもの重みからいつか軽やかに解き放たれているのだろう。
(やまぐち・まゆ 弁護士)
波 2026年4月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
石井光太
イシイ・コウタ
1977(昭和52)年、東京生れ。2021(令和3)年『こどもホスピスの奇跡』で新潮ドキュメント賞を受賞。主な著書に『遺体 震災、津波の果てに』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』などがある。また『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。マララ・ユスフザイさんの国連演説から考える』など児童書も多い。


































