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仁義なき戦い 菅原文太伝

松田美智子/著

1,870円(税込)

発売日:2021/06/24

書誌情報

読み仮名 ジンギナキタタカイスガワラブンタデン
装幀 (C)東映「県警対組織暴力」1975年公開/カバー写真、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 週刊新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 303ページ
ISBN 978-4-10-306452-7
C-CODE 0095
ジャンル アート・エンターテインメント
定価 1,870円
電子書籍 価格 1,870円
電子書籍 配信開始日 2021/06/24

「俳優になったのは成り行きだった」誰もが知るスターの誰も知らない実人生。

故郷に背を向け、盟友たちと別れ、約束された成功を拒んだ。「男が惚れる男」が生涯をかけて求めたものは何だったのか。意外な素顔、大ヒット作の舞台裏、そして揺れ動く心中。発言の裏に秘められた本音を丁寧に掬い上げ、膨大な資料と関係者の貴重な証言を重ね合わせて「敗れざる男」の人生をまるごと描き出す決定版評伝。

目次
序章 俺は人を信じない
1章 ドヤ街からファッションモデルへ
2章 生涯の恩人
3章 「健さんみたいになりたいんだ」
4章 スター前夜
5章 『仁義なき戦い』ヒットの陰で
6章 揺れ動くスター
7章 『トラック野郎』の哲学
8章 文芸路線を目指して
9章 親の心子知らず
10章 「もう仕事はしたくない」
11章 太宰府に眠る
あとがき
主な参考文献

書評

人生を二度生きた男 菅原文太の意外な実像

堀川惠子

 牙をむく狂犬、痩せぎすの狼、ガリガリに痩せた軍鶏――。映画「仁義なき戦い」(監督・深作欣二)に象徴される「飢餓俳優」菅原文太の足跡を追う本書は、序章から刺激的だ。
 遅咲きのスター俳優には、なぜか希薄な人間関係しかない。誰も信じず、親しく付き合った相手はなし。時代の寵児となっても凋落の予感に脅え、時代と群れることのできなかった男。ファンの思い描く文太像と、素の文太。その大きな落差を、著者は様々な証言を掻き集め丁寧に埋めていく。
 幼くして母が出奔し、家庭崩壊。居場所を求めて上京するも、大学は除籍。「食うか食われるか」の映画界へと足を踏み入れるも、振られるのは「脇」ばかり。大都会の片隅で酒と女に溺れた。本名を通したのは、生き別れた実母と再会するためだったとの証言もある。
 本書の魅力は、不世出の俳優の陰影の濃い人生とともに、東映を中心とした映画界の内実が立体的に描かれ、それが「時代の物語」となっていること。同時代を女優として、同じ空気を吸って生きた著者自身の経験が貢献している。その時代の大波が、四〇に手が届こうとする文太の元へ押し寄せたとき、名作「仁義なき戦い」は生まれた。
「山守さん、弾はまだ残っとるがよう」
 文太が凄みを利かせるラストシーン。その台詞は多くのファンの記憶に刻まれたが、実は私も遅れてきた一人である。
 広島県警第四課マル暴(暴力団)担当から記者生活をスタートさせた私にとって「仁義なき戦い」は教科書、文太はアニキだ。台詞はほぼ頭に入っているし、熱が高じて主人公のモデルとなった人物を取材したこともある。
 あるホテルのペントハウス、約束の時間に現れたその人には両足がなかった。切断面を私に見せつけるように大股を開いて座り、尖ったガラスのような眼差しを鈍く光らせる。かつての「極道」の迫力に圧倒されながら必死で質問を重ねるも、極めて不機嫌。ところが話が菅原文太に及ぶと、
「おう、ありゃエエ男じゃ」
 そう言って破顔し、いきなり饒舌になった。男臭くて、不器用で、どこか愛嬌があって破滅的。スクリーンを縦横無尽に大暴れする文太に皆が惚れこんでいた。
 続く主演映画「トラック野郎」も東映のドル箱シリーズとなり、一躍スターの座を駆けあがる。しかし絶頂にあっても彼はどこか冷めていた、と著者はほのめかす。共演する女優とは口もきかず、ロケ先では一般人と平気で喧嘩、ともに働いた仲間さえも突き放し、恨みをかうこともあった。同じスターでも、万事において気配りの高倉健とは正反対の無骨な生き方。なぜ、なぜと、頁をめくるたび焦らされる。
〈人間はお互いがいちばん必要な時出会い、必要でなくなった時別れていく。それが人の世の宿命である〉
 文太と名コンビを組み、やはり決別した脚本家で映画監督の鈴木則文の言葉が重く響く。
 時代は確かに文太を愛した。しかし彼はその身を完全には委ねなかった。犠牲を差し出さぬ者に、映画の神様は微笑み続けてはくれない。逆縁の哀しみも重なり、やがて彼は自ら映画界を去る。最後に選んだのは、土を耕し、社会で弱き立場に置かれた人たちとともに歩く道。まばゆいスポットライトは二度と浴びようとしなかった。そんな名優の晩年を惜しむ映画関係者は少なくない。
 本書の最後の頁を閉じてから、確かめたくなった。亡くなる少し前、命がけで演台に立ったという沖縄県知事選での応援演説。その映像がネット上に残されていた。
 両の頬はげっそり削げ落ち、往年の面影はもはやない。しかし発せられる一言一言は太く強く、浮かべる笑みはどこまでも優しい。
 ――弾はまだ残っとるがよう。
 昔と変わらぬ気迫が満座を圧倒していた。
 そこには虚像の文太でなく、実像の文太が確かに居た。彼は二度生きたのかもしれない、そう思えた。一度は「飢餓俳優」として、そして二度目は反骨の男・菅原文太として。そうして己の演出で、己の手で人生の幕を下ろしたのだと。

(ほりかわ・けいこ ノンフィクション作家)
波 2021年7月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

菅原文太が演じる『老人と海』を観たかった

松田美智子

 私は菅原文太に会ったことがない。リアルタイムで観た彼の出演作は限られているし、もともと熱狂的なファンというわけでもなかった。それなのに、なぜ評伝を書こうなどと大それたことを考えたのか。思い返せば人生のいくつかのシーンで、文太との縁を感じるような出来事があった。
 最初のきっかけは「仁義なき戦い」シリーズのメインキャストである金子信雄が主宰する劇団に所属したことだった。私はここで松田優作と出会い、2年後には退団したのだが、1973年1月に「仁義なき戦い」が封切られたとき、金子の芝居を観るために映画館に足を運んだ。それまで文太のことは高倉健の任侠映画に脇役で出演していた俳優くらいの認識だった。だが、同作で主役の広能昌三を演じた文太の存在感は鮮烈で、深く印象に残った。
 次は少し時間が飛ぶ。1978年暮れ、新宿の紀伊國屋書店で工芸村・オークヴィレッジの展示会が開催された。私はその最終日に出かけ、木製の筆箱などの文具製品を購入した。同日、文太と文子夫妻が終了間際の時間に訪れ、売れ残った家具類を買い求めている。2、3時間の差で夫妻とすれ違っていたことは後で知った。
 3番目は深作欣二監督と文太が最後に組んだ「青春の門」(1981年)だ。実は優作主演の作品が用意されていたが、本人が断ったため、急遽「青春の門」が浮上したのだ。出演した文太から「仁義なき戦い」のときのギラギラ感は消えて、無骨だが男気のある炭鉱夫を演じていた。この先、どう変化するのか、また彼の出演作を観てみたいと思った。
 4番目は2001年の悲劇的な出来事だった。当時私は小田急線の東北沢に住んでおり、買い物はいつも下北沢まで出かけていた。駅へ向かう途中で渡る踏切で列車事故があり、死亡したのは文太の長男の菅原加織だと知った。一人息子を失った文太が「もう俳優をやめたい」と話していることが伝わってきたときには、気持ちが騒めいた。「青春の門」から20年、文太の変化を観たいと思ったはずなのに、映画館から足が遠のいていた。
 同時に思い出したことがある。舞台の大道具の仕事をしている男性から聞いた話だ。彼は昔、東映京都撮影所で働いていたが、薬物の使用が理由で解雇された。撮影所を去る日、世話になった人に挨拶をして回ったところ、高倉健には完全に無視されたが、菅原文太は「妻子がいるんだろ? 身体は大事にしろよ」と声を掛けてくれたという。
 この頃からだ。私が積極的に文太の出演作を観るようになったのは。ほとんどはDVDに収録されているもので、「仁義なき戦い」シリーズはもちろんのこと、「木枯し紋次郎 関わりござんせん」「人斬り与太 狂犬三兄弟」「山口組外伝 九州進攻作戦」「県警対組織暴力」「映画女優」など繰り返し観たものも多い。
 また、間接的な縁だが、私の著作が原作になった映画「完全なる飼育」シリーズの中に深作健太監督作品がある。父の深作欣二監督の臨終の場には文太が立ち合っており、そのときの情景を健太監督から聞くことができた。
 そして2014年11月28日、文太81歳で逝去。逝去の1カ月前、私は目白の「椿山荘」で、文太が営む農園から送られてきたという有機無農薬野菜のサラダを食べたばかりだった。俳優を引退し、本当に農業従事者になったのだな、と感慨深くプチトマトを口に運んだ記憶がある。
 偶然の連なりを列挙したが、なにより決定的な動機となったのは、一世を風靡した俳優にもかかわらず、死後3年が過ぎても文太の評伝が書かれていなかったことである。それならば「私が書きたい」と強く思った。
 また、私はこれまで『サムライ 評伝三船敏郎』、『越境者 松田優作』と2作の評伝を発表してきた。三船は1920年生まれ、優作は1949年生まれで、30年近くの世代差がある。その間を埋める俳優を描くことを想定したとき、1933年生まれの文太しか考えられなかった。
 評伝は俳優・菅原文太に焦点を絞った。彼は晩年になって政治的な発言をするときも「仁義なき戦い」の名台詞「弾はまだ残っている」を口にした。自分をスターに押し上げた台詞が人生訓になっていたのだ。長男が生きていれば、バックアップするために最後まで俳優でいただろう。
 今、評伝を書き終えて思うのは、文太が映像化を希望した『老人と海』を観たかったということだ。彼が演じる白髪の漁師は、滋味深い男の哀歓を感じさせたに違いない。

(まつだ・みちこ ノンフィクション作家・小説家)
波 2021年7月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

松田美智子

マツダ・ミチコ

山口県生まれ。金子信雄主宰の劇団で松田優作と出会い結婚。一子をもうけて離婚。その後、シナリオライター、ノンフィクション作家、小説家として活躍。『天国のスープ』(文藝春秋)『女子高校生誘拐飼育事件』(幻冬舎)等の小説を執筆するとともに、『福田和子はなぜ男を魅了するのか』(幻冬舎)、『越境者松田優作』(新潮社)、『サムライ 評伝三船敏郎』(文藝春秋)等のノンフィクション作品を多数発表。

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