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水谷豊 自伝

水谷豊/著 、松田美智子/著

1,980円(税込)

発売日:2023/07/13

  • 書籍
  • 電子書籍あり

こんなに自分の過去を振り返ろうとしたことは一度もなかった――。

岸田今日子と蒲団の中でトランプをした子役時代、初めての挫折と衝動的な家出、『傷だらけの天使』の忘れられない共演者、『熱中時代』の本当のモデル、離婚と再婚、親友との永遠の別れ、切望した相棒と裏相棒、俳優としての美学と監督としての思い――出演作の秘話から実人生の起伏、多彩な交友録まであますところなく語り尽くした初の著作。

目次
まえがき 松田美智子
第一章 彷徨
おいたち/初恋のようなもの/芸能界デビュー/14歳で初主演/高校時代/初めての挫折/アルバイト気分の仕事/親友との出会い/『傷だらけの天使』の忘れられない共演者/海外ひとり旅/レポーターたちとのバトル
第二章 幾多の出会いと別れ
『青春の殺人者』/台本は持たない/『赤い激流』とピアノ/『熱中時代』/歌手デビュー/優勝はしたけれど/僕は晴男で雨男/最初の結婚/仕事をしろよ/二人の巨匠/心に残る名優/最も長いお付き合い/“蘭ちゃんさん”/親友との別れ
第三章 地味にいい仕事
娘の誕生/スケールの大きな作品/先祖供養/不思議体験/愛されて京都/刑事貴族/趣里との時間/地味にいい仕事に恵まれる/方向音痴/『相棒』へ向かう前哨戦
第四章 相棒 顰蹙を恐れない
ヒットの予感/主役の心構え/好調スタート/なんでもあり/ミスターサマー/右京は泣かない/長台詞/美和子スペシャル/『相棒』劇場版/主役をやれ/一人だけの特命係/岸惠子との再会/お言葉ですが/レギュラーの面々/シニカルとコミカル/官房長!/不仲説/ダブルスコアの相棒/水谷が切望した相棒/水谷豊の裏相棒/棺を蓋いて
第五章 変幻自在
還暦祝いの共演/監督という仕事/根も葉もない嘘/演技論/ネットの功罪/煙草をやめた日/我が交友録/拍手で充分/太陽が帰ってきた/老いについて/地獄の娯楽担当
あとがきにかえて 水谷豊
【主な参考文献】

書誌情報

読み仮名 ミズタニユタカジデン
装幀 三宅英文/撮影、高橋正史(オーティーエル)/スタイリング、山北真佐美(ウエストフリエ)/ヘアメイク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 304ページ
ISBN 978-4-10-306453-4
C-CODE 0095
ジャンル アート・エンターテインメント、画家・写真家・建築家
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2023/07/13

書評

正直な告白

浅田次郎

 私と水谷豊がわずか一学年のちがいと聞いて、やすやすと信じる方はいないだろう。
 小説家は老け顔のほうが説得力がある。俳優は若く見えたほうがよい。そうした職業上の理由を差し引いたとしても、少くとも外見は十歳ぐらいちがうと思える。
 しかし本書の冒頭にあっさりと書かれている通り、水谷は1952年の7月生まれ、私は1951年の12月生まれである。いや私たちの世代は生年を西暦で表記しなかったから、正しくは昭和27年と26年生まれと言うべきであろう。
 改めてそう確認すれば本書の記述に親近感を抱く。
 たとえば、縁の薄かった父親が東京で一旗上げ、北海道から妻子を呼び寄せるなどという話は、今の人にはまるで理解できまいが世情の不安定であった戦後期には珍しくもなかったであろう。ただし、水谷はそうした生い立ちを苦労話にはしない。高度経済成長の申し子と言える私たちの世代にとって、苦労は屈辱でこそあれけっして自慢すべきではないからである。同世代の読者の多くは、語られぬ苦労を察して首肯するにちがいない。
 みなが不幸であった時代の不幸と、みなが幸福である時代の不幸はちがう。それを克服するためには、太陽のごとくポジティブに生きなければならない。だから私は本書を読みながら、何という正直な告白だろうと思った。

 水谷豊との出会いは2015年、『王妃の館』の映画化に際してであった。
 第一印象は「よく笑う人」。どちらかと言えばシリアスな役柄が多いので、これは思いがけなかった。そして実は私も「よく笑う人」。まして二人とも「笑わせるのが好きな人」であった。つまり外見はかくも異なるが、私たちの世代には必ずクラスにひとりはいたムードメーカーである。
『王妃の館』は現代と十七世紀のパリをストーリーが往還するというとんでもないコメディで、こればかりはまかりまちがっても映画化はされまいと思っていた。それが長期にわたるパリ・ロケを敢行したうえ、ルーヴル美術館もヴェルサイユ宮殿も借り切った大作に生まれ変わった。ちなみに、「相棒」の「杉下右京」と『王妃の館』の「北白川右京」はまったく偶然の命名で、ロケ現場でそうと教えられるまで私は気付いてすらいなかった。
 その「相棒」について、本書は最も多くのページをさいている。なにしろ今年でシーズン21、つごう二十三年も続いている国民的テレビドラマであるから、ファンにとっては垂涎の裏話であろう。
 そもそもこのごろは、ドラマそのものが作りづらくなっている。時代劇はNHKの大河ドラマを除いて地上波から姿を消し、ほかのドラマもあらかたは、医療ものと刑事ものに集約されてしまった。内容も総じて小粒になった観は否めまい。そうした中にあって、やはり「相棒」は別格であると思う。ダイナミックなストーリーテリングを持ち、罪と罰の本質に迫るテーマ性を備え、いわゆるサスペンス・ドラマとは明らかに一線を画している。それこそが「相棒」の「相棒」たる所以であろうと思う。
 NHKによるテレビ放送の開始は1953年2月、高度経済成長の申し子である私たちは、同時にテレビの申し子でもあった。水谷のテレビドラマに対する愛着は、おそらくその事実と無関係ではあるまい。

 巻末に水谷は語る。
「僕は言葉を必要としない感情の表現を目指しているので、時々、台詞を邪魔だと思うことがありますね。言葉から解放された世界を目指すのは、言語がまだ確立していなかった時代に戻ろうとする本能なのかもしれません」
 言い方は異なるが、言葉に対する私の持論でもある。私たちがまだ猿であった時代、純潔であった「心」は言葉という伝達方法を獲得した分だけ、実は穢れてしまった。ゆえに言葉を操る私は、その穢れを知り、かつ言葉を疑い続けなければならない。水谷の言わんとするところは、同じであろうと思う。
 よく笑いかつ笑わせ、役者バカと小説バカ、家族は妻とひとり娘。ベストドレッサー賞と日本メガネベストドレッサー賞をいただいたついでに、肺と心臓を病んだ。ちがうのは見てくれだけ。
 これだけ揃うとどうも他人のような気がしないので、この書評を書くことにした。

(あさだ・じろう 作家)
波 2023年8月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

水谷豊

ミズタニ・ユタカ

松田美智子

マツダ・ミチコ

山口県生まれ。金子信雄主宰の劇団で松田優作と出会い結婚。一子をもうけて離婚。その後、シナリオライター、ノンフィクション作家、小説家として活躍。『天国のスープ』(文藝春秋)『女子高校生誘拐飼育事件』(幻冬舎)等の小説を執筆するとともに、『福田和子はなぜ男を魅了するのか』(幻冬舎)、『越境者松田優作』(新潮社)、『サムライ 評伝三船敏郎』(文藝春秋)等のノンフィクション作品を多数発表。

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