ホーム > 書籍詳細:十字軍物語1

十字軍物語1

塩野七生/著

2,750円(税込)

発売日:2010/09/17

  • 書籍

「神がそれを望んでおられる!」聖都(イェルサレム)を巡る第一次十字軍の壮絶な戦い!

十一世紀末、長くイスラム教徒の支配下にあった聖都イェルサレムを奪還すべく、カトリック教会は「十字軍」結成を呼びかけた。結集した七人のキリスト教国の領主たちは、それぞれの思惑を抱え、時に激しく対立し、時に協力しながら成長していく。異国の地を独力で切り拓いた男たちの戦いは、いかなる結末を見たのか――。

目次
第一章 「神がそれを望んでおられる」
「カノッサの屈辱」/聖戦への呼びかけ/十字軍誕生/隠者ピエール/「貧民十字軍」/諸侯たち/トゥールーズ伯レーモン・ド・サン・ジル/ロレーヌ公ゴドフロア・ド・ブイヨン/プーリア公ボエモンド・ディ・アルタヴィッラ
第二章 まずはコンスタンティノープルへ
「貧民十字軍」の運命/諸侯、次々と到着/皇帝アレクシオスの企み
第三章 アンティオキアへの長き道のり
「フランク人」/ニケーア攻略/ドリレウムの戦闘/タウルス山脈/エデッサ奪取/法王ウルバンの雪辱
第四章 アンティオキアの攻防
イスラム・シリアの領主たち/十字軍の到着と布陣/食の欠乏/エジプトからの使節/セルジューク・トルコ起つ/ボエモンドの深謀/アンティオキア陥落/トルコ軍の到着と包囲/「聖なる槍」/十字軍対トルコの戦闘/アンティオキアは誰の手に?/司教アデマールの死/人肉事件
第五章 イェルサレムへの道
シリアからパレスティーナへ/「火の試練」/十字軍、合流/当時のパレスティーナ
第六章 聖都イェルサレム
聖都をめぐる攻防/水の欠乏/攻城用の塔/「ギリシアの火」/イェルサレム解放/「キリストの墓所の守り人」/エジプト軍、接近/新法王代理、着任/ボエモンドとボードワン、聖地巡礼に/タンクレディの活躍/ゴドフロアの制覇行/イタリアの経済人たち/ゴドフロアの死/ボエモンド、捕わる
第七章 十字軍国家の成立
ボードワン、イェルサレム王に/十字軍の若き世代/ボエモンドの復帰/サン・ジルの健闘/ボエモンド、ヨーロッパへ/落とし穴/「奇妙な戦闘」/若き死/ボードワンの死/十字軍・第一世代の退場
図版出典一覧

書誌情報

読み仮名 ジュウジグンモノガタリ1
発行形態 書籍
判型 A5判変型
頁数 296ページ
ISBN 978-4-10-309633-7
C-CODE 0322
ジャンル 歴史・時代小説
定価 2,750円

書評

カエサルが十字軍の戦記を書いたら

成毛眞

 ヨーロッパを観光旅行したことはない。イギリスとフランスには仕事で数泊しただけだ。ドイツやスペインには足を踏み入れたこともない。家族旅行の行き先はモロッコ、エジプト、ネパール、ケニアなどだった。娘には変化しつづける新興国の今を見せておく必要があると思ったのだ。ヨーロッパの観光地は夫婦の老後の楽しみにとってある。変化しないことが確実だからだ。
 しかし、イタリアには毎年ふらふらと足を運んでしまう。とりわけ仕事が忙しい時期に、見てはいけない、読んではいけない、と思いながらもつい塩野七生の本を手にとってしまうからだ。フィレンツェもヴェネチアも本の追体験をするべく旅行した。
 もちろん、ボディブローで効いたのは『ローマ人の物語』だった。十五年間にわたって、毎年古代ローマを体験させられたのだ。いまや奈良や明日香よりもはるかに身近に感じるローマへは、帰省するがごときの旅行となる。
 それがゆえに、本書『十字軍物語1』を読むことには若干躊躇してしまった。旅をするには面倒そうなシリアやレバノンにまで足を運ばなければいけないのかと思ったからだ。第一次十字軍は陸路を通ったことだけは勉強しておいたのだ。ところが、本書はそのような誘惑を仕掛けてこない。
『ローマ人の物語』は標準ズームレンズ、『ローマ亡き後の地中海世界』が広角レンズで撮った作品だとすると、『十字軍物語1』は花や虫の接写を得意とするマクロレンズで撮った作品だ。そのマクロレンズの画面には中世のキリスト教徒とイスラム教徒の滑稽だが凄惨なドラマが写されている。著者の意図とは異なることを承知で表現すると、虫眼鏡を通して、赤や黄色に染まった複数のアリの集団が、入り乱れて戦っているごときを見ている錯覚に陥る。
 個々のアリは防衛しているのか、略奪しているのかが判然としない。はたして赤のライオン印を付けたアリと、黄色と青の格子のアリは協力関係にあるのだろうか。しかし、全体として十字印をつけたアリが勝っているというような印象なのだ。
 それゆえに、興味をそそられたのは土地よりも十字軍に参加した諸侯の紋章であり、武具であり、それこそはヨーロッパ各地で見ることができるものばかりである。これで堂々とヨーロッパ旅行に出かけることができるというものだ。
 ともあれ、本書の接写感はレンズの喩えだけでは表現しきれない。接写感といってまずいのであれば、現場感であろうか。その現場感をもっとも感じることができる戦記はカエサルの『ガリア戦記』だろう。簡潔だが細部をおろそかにしない記述、不用意な解釈を伴わない冷静な観察、翻訳がもう少しこなれてさえいれば、二千年以上前の指揮官本人が書いた本だと想像できるひとはいないであろう。
 じつは本書を読み進めるにつれ、その『ガリア戦記』と錯覚しはじめるのだ。もちろん主語はカエサルでない。しかし、戦いのなかから戦いのための教訓は得られるが、戦争やら人生やらのなにがしかを見つけたければ、それは読者の勝手だという立場は一致しているように見える。その意味で最良の戦記文というのは二千年ものあいだ、さほど進歩はできないものだと妙に感心した。逆にいうと、本書はカエサルが記述するとこうなるかもしれないという十字軍戦記なのかもしれない。二千年の時を超えた共作だ。

(なるけ・まこと 早稲田大学客員教授)
波 2010年10月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

塩野七生

シオノ・ナナミ

1937年7月7日、東京生れ。学習院大学文学部哲学科卒業後、イタリアに遊学。1968年に執筆活動を開始し、「ルネサンスの女たち」を「中央公論」誌に発表。初めての書下ろし長編『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』により1970年度毎日出版文化賞を受賞。この年からイタリアに住む。1982年、『海の都の物語』によりサントリー学芸賞。1983年、菊池寛賞。1992年より、ローマ帝国興亡の歴史を描く「ローマ人の物語」にとりくむ(2006 年に完結)。1993年、『ローマ人の物語I』により新潮学芸賞。1999年、司馬遼太郎賞。2002年、イタリア政府より国家功労勲章を授与される。2007年、文化功労者に選ばれる。2008ー2009年、『ローマ亡き後の地中海世界』(上・下)を刊行。2011年、「十字軍物語」シリーズ全4冊完結。2013年、『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』(上・下)を刊行。2017年、「ギリシア人の物語」シリーズ全3巻を完結させた。

関連書籍

判型違い(文庫)

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

塩野七生
登録
歴史・時代小説
登録

書籍の分類