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奪還―日本人難民6万人を救った男―

城内康伸/著

2,090円(税込)

発売日:2024/06/17

  • 書籍
  • 電子書籍あり

“引き揚げの神様”松村義士男の集団脱出工作が、いま甦る。驚愕の発掘実話。

太平洋戦争の敗戦で朝鮮半島北部の邦人は難民に。飢餓や伝染病で斃れゆく老若男女の前に忽然と現れ、ソ連軍の監視をかいくぐり、母国へと導く男――彼はかつて国家から断罪されたアウトサイダーだった。時間も資金も情報もない中で、頭脳と度胸を駆使した決死の闘いが始まる。見返りを求めない「究極の利他」が胸を打つ実話。

目次
はじめに
第一章 棄民
その日、故郷は「外国」になった/平穏だった八・一五/老いも若きも赤旗を振り/総督府は責任を丸投げ/明暗分けた南と北/突然の空爆/応戦するすべを持たず/民間人を見捨てた要塞司令部/「大きなバッタの群れみたいだ」/炎暑の逃避行/山中で敗戦を知る/鏡に映った自分に泣く/ソ連兵によるすさまじい略奪/「マダム、ダワイ!」/朝鮮人の自警団による横暴も/家屋を奪われた在留邦人/北から押し寄せる避難民/そして在留邦人は放置された
第二章 異端の人、動く
対ソ連の最前線で終戦を迎える/捕虜収容所へ連行中に逃亡/“左翼運動の手伝い”で中学退学/労組再建を画策し逮捕される/共産党に「入党するの要なかるべし」/二度目の検挙/再び朝鮮へ/ソ連軍に“顔が利く”/避難民の惨状に苦悶/同志・磯谷との再会/二人三脚/「このままでは日本人は死に絶えてしまう」/日本人組織「大改編」の絵を描く/「一枚の看板」の効果/日本窒素の街にも避難民が殺到/みじめな弁当にみせた怒り
第三章 包囲網を突破せよ
終戦の年、八万人が南に/強制移住先での惨状/「飢餓の村、死滅の村なり」/山野を揺るがした慟哭/京城行きを決断/元警察幹部と協力を誓う/集団脱出構想の具体化/試験的南下/脱出専門組織の結成/「朝鮮人の信用博す」/白昼堂々、鉄道での大量輸送/興南でも集団移動/画期的な“病院列車”/松村が残した獣道/モスコーと呼ばれた若い女性/三八度線を飛び越えた/海路での試験的脱出/幻の“大集団渡航工作”/月明かりの船出/下船するとそこは……/まるで別世界のテント村
第四章 苦難そして苦難
突然の移動禁止令/米ソ間の攻防/“死の三八度線越え”を繰り返し試みたが/託された手紙/強い信頼と期待を背負って/動かぬ平壌/東大生、金日成に直談判/松村、平壌駐在を画策/幽閉された技術者たち/ニセ情報/磯谷との確執/膨らむ疑念
第五章 引き揚げの神様
「堤がふたたび破れた」/「日本人の命を保証することができるのか!」/たった一日で出航させた船団/活気あふれた城津工場/「引き揚げの神様」来る/アパトフ列車/ソ連軍、集団脱出を応諾/保安署に拘束されるもすぐに釈放/十三歳が見た「神様」/興南技術者の逃避行/闇船で技術者を送り出す/「転落の女性」が歌う古里の歌/不信と対立の構図/遅延に遅延を重ねた「正式な引き揚げ」/三八度線が生んだ巨星
おわりに
註記
主要参考文献

書誌情報

読み仮名 ダッカンニホンジンナンミンロクマンニンヲスクッタオトコ
装幀 (C)Andrea Giacomelli/写真、500px/写真、Getty Images/写真、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-313733-7
C-CODE 0021
ジャンル ノンフィクション
定価 2,090円
電子書籍 価格 2,090円
電子書籍 配信開始日 2024/06/17

書評

平時に威張っていた者ほど、非常時には役に立たない

池上彰

 1945年8月、日ソ中立条約を破ったソ連は、旧満州やサハリン、千島列島で日本に対して戦端を開いた。怒濤の如く進撃するソ連軍は、朝鮮半島北部まで進軍。これに慌てたアメリカは、北緯三八度線で朝鮮半島を分割支配することをソ連に提案。ソ連はこれを受け入れ、朝鮮半島は南北に分割されることになった。これが、朝鮮半島が分断されることにつながった。
 大学の現代史の講義で朝鮮戦争について取り上げる際、戦争の前段として、私は右記のような解説をしています。
 それまで朝鮮半島を統治していた日本は、敗北を機に朝鮮半島から引き揚げた。
 こういう説明もしてきました。しかし、この二行で済まされてしまう説明の実態は、いかなるものだったのか。『奪還―日本人難民6万人を救った男―』は、ここに焦点を当て、綿密な取材によって、悲惨な、それでいて英雄的な物語を発掘しています。
 当時朝鮮半島に住んでいた日本人のうち、三八度線で分断され、ソ連軍の支配下に入った北朝鮮に取り残された人々は約二五万人と推定されています。さらに満州にいた約七万人の避難民が北朝鮮に逃げてきます。この人たちを、三八度線を越えて南側に送り届けることに尽力した男がいたのです。
 いったん南側に逃げれば、米軍によって日本に送還されたからです。日本に帰るには三八度線を越えるしか手がありませんでした。
 日本人を北朝鮮から奪還した男。その名は松村義士男。戦争に敗れて機能を失った朝鮮総督府の日本人官僚たちは、なすすべもなく茫然とするばかり。本来、日本人を本土に送り返すために努力しなければならない役目の役人たちや日本軍の兵士たちは、さっさと逃げ出し、行き場を失った“難民”たちは途方に暮れます。
 そこに襲いかかるソ連軍の兵士たち。日本人からあらゆるものを奪い、女性たちを凌辱する。この兵士たちの手の甲には数字が書かれていたという証言もあります。囚人たちが前線に送り出されていたのです。
 これは、まさにいまウクライナで展開されていることと同様ではありませんか。刑務所でリクルートされたロシアの囚人たちはウクライナで略奪を繰り返し、女性たちを襲っています。ソ連がロシアになっても、戦争になると歴史は繰り返すのです。
 そんな“敵地”に取り残された日本人たち。食料は不足し、故郷に帰れる見通しも立たないまま寒い冬がやってくる。栄養失調で免疫力を失った人たちは、腸チフスやコレラなどにかかって次々に失命する。まさに地獄絵図が繰り広げられていたのです。
 太平洋戦争後の歴史では、焼け野原になった本土各地の様子や闇市、戦災孤児の話が多く語られてきましたが、朝鮮半島に関しては、あまりに悲惨な体験であったがゆえに、本土に帰ってきてからも口を閉ざす人が多く、とりわけ朝鮮半島北部の様子はあまり語られてきませんでした。元中日新聞記者でソウル支局長も経験した著者の城内康伸氏は、知られざる歴史を丹念に解きほぐします。
 邦人救出に尽力した松村は、かつて本土で日本共産党のシンパとして労働組合運動に取り組み、逮捕されたこともありました。朝鮮半島に渡ってからも危険人物として警察にマークされていたのですが、終戦になると立場が逆転。朝鮮共産党との間に人脈を築き、秘密裏に交渉を重ねて日本人を三八度線以南に送り出す工作をしたのです。
 当時の三八度線は、朝鮮戦争より以前ですから軍事境界線ではありませんでしたが、鉄道は断絶され、主要道路はソ連軍兵士によって厳重に監視されていましたから、山中の獣道や海路を通っての逃避行となります。
 平時に威張っていた者ほど、非常時には役に立たない。平時には監視対象だった“変わり者”が活躍する。そんな人間模様が展開されたのです。
 松村のことを熟知した人物は、手記の中でこう記しています。
「義人にして北朝鮮引き揚げの英雄、黙々として多くを語らず、温情は全身に溢れて、日本民族救出のためには鬼神を泣かしめる離れ業を敢行した。北緯三十八度線が生んだ日本民族の巨星である」
 松村義士男の存在は、もっと知られるべきなのです。

(いけがみ・あきら ジャーナリスト)

波 2024年7月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

城内康伸

シロウチ・ヤスノブ

1962年、京都市生まれ。中日新聞社入社後、ソウル支局長、北京特派員などを歴任し、海外勤務は14年に及ぶ。論説委員を最後に2023年末に退社し、フリーに。著書に『シルミド「実尾島事件」の真実』『猛牛(ファンソ)と呼ばれた男 「東声会」町井久之の戦後史』『昭和二十五年 最後の戦死者』(第20回小学館ノンフィクション大賞優秀賞)『金正恩の機密ファイル』など。

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