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シネマと書店とスタジアム

沢木耕太郎/著

1,650円(税込)

発売日:2002/11/22

書誌情報

読み仮名 シネマトショテントスタジアム
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 300ページ
ISBN 978-4-10-327511-4
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆、ビジネス・経済
定価 1,650円

これさえあれば、他に何もいらない。コラムの名手が語る、人生を彩る三つの愉しみ。

素晴らしき映画、驚きと発見に満ちた書物、そして血沸くスポーツ観戦。あまたの悦びの中でも、この三つは群を抜いて素晴らしい。沢木耕太郎が厳選して誘う、映画や本のもたらす果てしなき愉悦。朝日新聞に好評連載中の映画評「銀の森へ」、2002年日韓ワールドカップ観戦記など、独自の視点で紡ぎ続けた99のコラム。

書評

波 2002年12月号より 面白がる精神  沢木耕太郎『シネマと書店とスタジアム』

杉山隆男

つくづく、沢木さんは、罪な人だと思う。
浪速の女の人なら、いけず、とでも呼ぶのだろうが、同性の作家に向けてそんな洒落た言い方はないので、あえて無礼と誤解を承知で、罪な人、などと言ってしまう。
こういうことである。沢木さんの手にかかると、なにげなく見過ごしてしまうものでも、彩りを添えてあざやかに見えてくる。心の端にさえ引っかからなかったものでも、さりげなく心の裾を捉えて、感情の震えを呼び起こす。本のワンフレーズであれ、映画のワンカットであれ、サッカーのワンシーンであれ、そして、旅であっても、感動のなかったところに感動が生まれ、光のあたらなかったところに光があたり、輝きを放ってくる。モノトーンの映像が一瞬にして色彩豊かな世界に変わるように風景が違って見えてくるのだ。
だから、自分でも似たような感動の共震をつくりだせると思いこみ、第二の「沢木耕太郎」をめざして無謀な試みに乗り出す若者があらわれていく。『敗れざる者たち』を読んで、カシアス内藤のような新人ボクサーに密着し、どんなハードボイルドよりハードボイルドな、渇いた男のドラマを描きあげ、『深夜特急』を読み、バックパッカーとなって、シルクロードを歩き、ボスポラス海峡を渡り、行く先々で必ずあるに違いない偶然との出会いをもとに、いずれは新しい旅のバイブルをものにしようなどと考える。
しかし、かつてそのような無謀なことを思いついた若者のひとりだった私が言うのだから、間違いない、そこにただ出かけて行っても、何もないのである。犯罪現場に立てば、犯人を突きとめる有力な証拠が散らばっているというわけではないように……。
スタジアムに行っても、ファンを一喜一憂させてくれるということではいつもと変わりないゲームが目の前で繰り広げられているだけだし、香港は、ただの猥雑で不衛生で喧騒としたブランド品格安のマーケットでしかない。啓徳空港に降り立って、搭乗待合室の床という床に、しゃがみこむのではなく、へたりこんで、花見客のように弁当をひろげたり菓子をつまんだりしている人という人のすさまじい多さに眼を剥かれて、思わず彼らの間をすり抜けたくなるような人間には、身の丈にあった旅しか用意されていないし、つまりは逆立ちしても旅の偶然には出会えないということなのだろう。むろん、たまさかその偶然にあたったとしても、そこから感情の共震を呼び起こすには、まったく別の何かが必要であることは言うまでもない。
偉大な書き手であると同時に偉大な読み手でもあった開高健を、沢木さんは、「面白がる精神」という卓抜な比喩で表現したことがある。しかし、沢木さんもまた、偉大な「面白がる精神」の持ち主なのである。その精神にはぐくまれた柔らかでみずみずしい視線こそが、ピッチの上や旅の一見なにげない風景の連続の中にドラマを見いだし、それが彼の清潔感あふれる絵筆を通すと、あざやかな色彩の中に物語として映しこまれる。つまりは、「面白がる精神」こそが、「沢木耕太郎」を「沢木耕太郎」たらしめている源泉とも言えるのだ。
この『シネマと書店とスタジアム』でも、沢木さんの「面白がる精神」は存分に発揮されている。ページやスクリーンやピッチの上を自在にたゆたう彼の視線は、そこに登場する人たちに別の魅力を見いだして、さらなる面白さを抽出させている。ここにとりあげられた本の少なくとも一冊以上を、読者は書店で手にとるだけでなく、すぐにもページをひらいて読み出したいと思うだろうし、「銀の森へ」に登場する映画のどれかひとつは、まだかかっている小屋はないか探そうとするに違いない。それほど、沢木さんの「面白がる精神」は感染力が強い。
ただ、読者は、沢木さんの視線がひどく冷ややかとなる一瞬があることに気づくだろう。日本代表監督だったフィリップ・トルシエをみつめるときである。批判や批評という言葉からもっとも遠いところにいる沢木さんにしては珍しいことだが、トルシエを描く彼の筆は驚くほど容赦がない。
大人でも少年でもなく、「単に抑制のきかない」「未成熟」な「子供」に、たしかに「面白さ」は通じない。

(すぎやま・たかお 作家)

▼沢木耕太郎『シネマと書店とスタジアム』は、発売中

著者プロフィール

沢木耕太郎

サワキ・コウタロウ

1947年東京生れ。横浜国立大学経済学部卒業。ほどなくルポライターとして出発し、鮮烈な感性と斬新な文体で注目を集める。1979年『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、1982年に『一瞬の夏』で新田次郎文学賞。その後も『深夜特急』や『檀』など今も読み継がれる名作を次々に発表し、2006年『凍』で講談社ノンフィクション賞を、2014年に『キャパの十字架』で司馬遼太郎賞を受賞している。近年は長編小説『波の音が消えるまで』『春に散る』を刊行。その他にも『旅する力』『あなたがいる場所』『流星ひとつ』「沢木耕太郎ノンフィクション」シリーズ(全九巻)などがある。2018年『銀河を渡る 全エッセイ』『作家との遭遇 全作家論』、2020年初めての国内旅エッセイ集『旅のつばくろ』、全四巻となる「沢木耕太郎セッションズ〈訊いて、聴く〉」を刊行。最新刊は2022年6月、『飛び立つ季節―旅のつばくろ―』。

判型違い(文庫)

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