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真夜中の手紙

宮本輝/著

1,540円(税込)

発売日:2011/12/21

書誌情報

読み仮名 マヨナカノテガミ
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 207ページ
ISBN 978-4-10-332516-1
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆、文学賞受賞作家
定価 1,540円
電子書籍 価格 1,232円
電子書籍 配信開始日 2012/06/15

一日の仕事を終えた午前2時、宮本輝から、手紙が届く――。

今年の三月から十月まで、著者公式サイトの登録メンバーに宛てて綴られた話を一挙公開! ビル・エヴァンスや志ん生の名演から、阪神大震災の日々、自作について、スズメバチとの奇跡的バトル、そして井上靖のウィスキー秘話、水上勉とイヌを探し廻った夏の話など先輩文士との交流譚まで、とっておきの話題が満載の一冊。

書評

波 2012年1月号より 真夜中に、寄り添う言葉

角田光代

私が大学生だったとき、それは一九八五年からの四年間なのだが、宮本輝さんの小説をじつに多くの学生が読んでいた。私も読んだ。ものすごくたくさん、読んだ。だから宮本輝さん、その人に実際にお会いすることになったときはたいへんに緊張していた。
二〇〇九年、日本作家訪中団の一員として中国にいくことになった。その団長が、宮本輝さんだった。そのときの団員は恩田陸さんと重松清さん、それに私。顔合わせ、ということで集まった。
その会食のあいだ、どれだけ飲んでも私はずっと緊張していたのだが、宮本輝さんが思った人とまったく違ったので、驚いた。宮本輝さんは関西弁で冗談とも本気ともつかないことを言いまくってはみんなを笑わせ、かと思うと急に辛辣なことを言い、それでも笑わせていた。そしてじつに心に残る深い話も、さりげなく披露してくれた。強面で冗談のひとつも飛ばすことのない、厳しい人かと思っていたので、私は驚きつつ安堵もしていた。これなら旅はきっとたのしいだろう。
中国の旅は、やっぱりずっと緊張していたけれど、でも、たのしかった。そうして日に日に輝さんは子どもっぽくなっていった。博物館や美術館など、先方がぎっちりスケジュールを組んでくれていたのだが、もちろん、こちらの希望ではなく、興味のない観光コースも含まれている。正直、三日、四日もすると博物館、記念館などは見たくなくなって、ただ町をふつうに歩きたくなる。でも、招いてくれた人たちにそうも言えない。と、そこで「記念館とかなんとか館とか、もう見たくない」と言い出したのが輝さんだった。「もうぼくなんにも見たくない」と通訳の人に訴えている。よく言ってくださった、と思いつつ、つい、笑ってしまった。だって団長なのに、その正直さ。そうして輝さんが意外に短気なことも、この旅行ではじめて知った。
もちろん、最初に顔合わせでお会いしたときから、旅行中まで、子どもっぽいとか短気とか、そんな意外なことばかりではなくて、私の思う通りの「作家宮本輝」もたくさん見たし、聞いたし、感動もした。ああ、この人こそ学生時代にむさぼり読んだあの作家だ、と幾度も思った。
けれどあの意外な面、お茶目で、ユーモラスで、子どもっぽくて、短気で、キュートな宮本輝さんを、小説やエッセイでは見ることはできないのだなと私はなんとなく思っていた。だからこの本を読みはじめたとき、わくわくした。あの輝さんがここにいる、と思った。また会えた、と。
「宮本輝公式サイト」および「The Teru's Club」の存在を私は知らなかった。だから、「Bar Teru's Club」も知らず、毎日書かれる糖質制限の献立も、それに続くこの日記の存在も知らなかった。
この一冊にまとめられた日記は、三月十一日に起きたあの大地震の翌日からはじまっている。
阪神大震災を体験している著者は、被災地に思いを馳せつつも、徹底して日常を描く。聴いている音楽、落語の演目。小説のこと、ゴルフのこと、かつてのシルクロードの旅のこと。ときに日本人の精神性の低さを真剣に怒り、民度の低さを嘆き、この国の将来を憂う。ときに故人を思い出し、彼らとのエピソードを惜しげもなく披露してくれる。ときに小説を書くことの、その厳しさとのっぴきならなさを垣間見せてくれる。けれど基本的には、お茶目でユーモラスだ。
もし私がこのウェブサイトの存在を知っていたら、このページを毎日むさぼるように読んだのではないか。
あの日からしばらくのあいだ、私たちはたいへんに混乱した。それは今も続いているかもしれない。私は東京に住んでいて、とくべつ大きな被害も受けていないが、それでもやっぱり混乱した。周囲も混乱していた。自分がただしいと思うことを声高に言い、違う意見を言う人をたやすく否定した。正義は攻撃になって飛び交っていた。福島の原発事故の収束のめどはまったく見えず、引っ越す友人とそれを非難する友人がいた。情報は錯綜し、何を信じていいのかまったくわからなくなった。そんなとき、もし、このおだやかな、一本筋の通った、自分に語りかけてくれるような、毎日毎日更新されるページがあれば、私はすがるように読んでいただろう。何もかもが失われ、変わってしまったわけではないと自身に言い聞かせるために。
この日記には、小説やエッセイでは知ることのない「お茶目で、ユーモラスで、子どもっぽくて、短気で、キュート」な著者の姿があると先に書いた。けれどそれだけではない。この著者のすべての作品に漂う気品、高潔、もっとかんたんにいえばまっとうさが、この日記にもきちんと存在している。しかつめらしいことではない。たとえば本文に、給湯システム工事の業者の話がある。こういう、生活のなかにある、私たちにひどく近しいまっとうさだ。それが、揺るがず、この日々の日記に一貫している。三月十二日以降、私はこういうものに触れたかった。揺らぐことのない確固としたまっとうなもの、そして人としての体温があるもの、近くに寄り添ってくれるもの。
この著者が今書く小説を、四十歳を過ぎてから読み、学生時代の私たちがなぜあんなにも夢中で宮本輝作品を読んだのか、理解したような気がしている。この著者の小説には、まっとうに、高潔に生きるためのヒントがちりばめられているような気がするのだ。そして私たちは、まっとうな、高潔な大人になりたかったのだと思う。
私は宮本輝という人が、気品にあふれて高潔でまっとうだと言いたいのでは決してない(もちろん、そうではないという意味でもない)。この作家が、そのような場所を目指して言葉を紡いでいるのである。私たちはこの作家の言葉をたぐって、そのような場所に向かうことができるのだ。
私も十何年後かに、こんな魅力的な交友録が書けるよう、訪中団のときに輝団長の部屋をのぞきにいけばよかったと、今、本気で悔やんでいる。

(かくた・みつよ 作家)

著者プロフィール

宮本輝

ミヤモト・テル

1947(昭和22)年、兵庫県神戸市生れ。追手門学院大学文学部卒業。広告代理店勤務等を経て、1977年「泥の河」で太宰治賞を、翌年「螢川」で芥川賞を受賞。その後、結核のため2年ほどの療養生活を送るが、回復後、旺盛な執筆活動をすすめる。『道頓堀川』『錦繍』『青が散る』『流転の海』『優駿』(吉川英治文学賞)『約束の冬』(芸術選奨文部科学大臣賞)『にぎやかな天地』『骸骨ビルの庭』(司馬遼太郎賞)『水のかたち』『田園発 港行き自転車』等著書多数。2010 (平成22)年、紫綬褒章受章。2018年、37年の時を経て「流転の海」シリーズ全九部(毎日芸術賞)を完結させた。

The Teru's Club / 宮本輝公式サイト (外部リンク)

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