何様
1,760円(税込)
発売日:2016/08/31
- 書籍
生きていくことは、何者かになったつもりの自分に裏切られ続けることだ。
光を求めて進み、熱を感じて立ち止まる――今秋映画化される『何者』アナザーストーリー六篇を収録。光太郎が出版社に入りたかったのはなぜなのか。理香と隆良の出会いは? 瑞月の父に何があったのか。拓人を落とした面接官の今は……。「就活」の枠を超えた人生の現実。直木賞受賞から3年、発見と考察に満ちた、最新作品集。書下ろし作品も収録。
それでは二人組を作ってください rika&takayoshi
逆算 SAWATARI
きみだけの絶対 GINJI
むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった Mr.TANABE
何様
書誌情報
読み仮名 | ナニサマ |
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雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 320ページ |
ISBN | 978-4-10-333062-2 |
C-CODE | 0093 |
ジャンル | 文学賞受賞作家 |
定価 | 1,760円 |
書評
人間関係でリンクする豊かな群像劇
『何様』は、2012年11月に書き下ろし作品として上梓され、直木賞を受賞した朝井リョウの代表作『何者』のアナザーストーリー短編集である。『何者』は、ソーシャルメディア時代の自意識とコミュニケーションにまつわる深層を、就活という日本固有の儀礼を通して暴いた作品であるが、本書に収められた六つの短編は『何者』に登場した主要登場人物のそれ以前/以後の時間を、朝井ならではの巧みな趣向と構成によって描きだしている。
作中に小さな謎を配置し、謎同士を絡ませながらライトなミステリに仕立てあげるのが、朝井の作品世界の特徴である。『何者』で示された謎の一つが、出版社への就職にこだわった神谷光太郎の動機である。光太郎と英語が巧みなクラスメートの荻島夕子の決定的な出会いの情景を描いた「水曜日の南階段はきれい」は、明かされることのなかった謎の核心に迫る。高校三年生の光太郎と夕子の将来についての濃密な夢の交換の物語は、朝井の創作の原点が高校生小説であったことに改めて気づかせてくれる。本作にもいくつかの謎が存在する。その謎が解き明かされた時、わたしたちは光太郎の決意の深さの意味と行動の必然を了解するのである。
第二作「それでは二人組を作ってください」もまた『何者』に登場した同棲カップル、小早川理香と宮本隆良の出会いの物語だ。「小さなころから、女の子とじょうずに二人組になれなかった」理香は、大学生になった今も内に刻まれた消極性を引きずっている。将来を約束した恋人と一緒に暮らすために、一緒に住んでいた姉がアパートを出ることになる。姉の代わりにルームシェアをしてくれそうな大学の友人の気を惹くために、理香は人気テレビ番組のセットの調度品で部屋を飾ろうとする。
流行りの品々で友人を釣る目論みは外れ、理香は家具の購入先のインテリアショップで働く隆良と「二人組」を組む。外面を取り繕い中身が希薄な隆良を理香は見切っている。そんな理香もまた虚飾に満ちた自身を自覚している。同質的なお似合いカップルの共同生活は、かくして始まるのである。
『何様』を読み進めていくと、『何者』のメインの登場人物六名が各編の主人公に必ずしも据えられていないことに気がつく。たとえば第三作「逆算」の主人公で鉄道会社の総合職に就く松本有季は、初登場の人物である。高校時代の元恋人の悪意がこめられた言葉に傷つき、人生の時間を逆算する強迫観念に取り憑かれた有季を救うのが、『何者』ではサブの登場人物であったサワ先輩こと沢渡である。
サワ先輩は、『何者』の主人公二宮拓人の相談相手として、的確なアドバイスを与える穏やかな良識人であったが、本作においてもよき先輩ぶりは健在だ。自分を縛りつけるオブセッションから自由になる「特別なきっかけ」を求めていた有季を、沢渡の包容力とユーモアが救う。有季は沢渡のキャラクターの「映し手」として設定された主人公といえるだろう。沢渡の言葉は、差し迫った有季の状況を一挙に反転させる。本作もまた有季と沢渡の出会いの物語であり、二人の新たな展開を示唆する余韻を残しつつ物語は閉じられるのである。
第四作「きみだけの絶対」では、劇団を主宰する烏丸ギンジの甥で高校二年生の亮博が、第五作「むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」では田名部瑞月の父親と親しくなるマナー講師の桑原正美が主人公に置かれる。日常の中で亮博や正美にふとした「気づき」をもたらす「触媒」のような存在として、ギンジや瑞月は登場する。
恋人の花奈と一緒にギンジの芝居を観に行った亮博は、人は自分にとって必要な情報にしか関心を向けないことに気がつく。「花奈が拾い上げるものと、俺が拾い上げるものは、違う」ことに気づく。ギンジという触媒を介して、興味や価値観の違いこそがコミュニケーションの原動力であることを知った亮博は、「他者への想像力」へと誘われる。「きみだけの絶対」は、主人公の精神的な成長を描いた教養小説的な短編としても読むことができる。
「むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」は、これまでの人生でむしゃくしゃする状況を与えられなかった正美が、同じような境遇の男と出会い、「ちゃんとむしゃくしゃして、ちゃんと間違ったこと」をする話である。男と一緒にむしゃくしゃの解消を図ろうとするその一瞬、瑞月のイメージが正美の頭を掠める。瑞月は正美の罪悪感の投影として現れる表象である。
ギンジや瑞月の扱いからも理解できるように、『何様』は単なる『何者』のアナザーストーリー集でも、前日譚・後日譚でも、スピンオフ作品でもない。『何者』を起点に始まった物語は、続編たる本書において「人間関係でリンクする群像劇」の広がりを見せている。『何者』を引き継いだ『何様』は、二十一世紀初頭の日本社会を人間の関係性によって定点観測する野心的な試みに満ちている。
本書を締めくくる表題作の主人公は、IT企業に勤務する男性新人社員。彼は入社一年目であるにもかかわらず、人事部に配属される。少し前まで選考される学生の側にいた彼が、面接官の仕事を担当する状況設定によって、『何者』の世界が逆視点でとらえ直される。彼は『何者』のあるシーンで、拓人と接点をもつ人物でもある。『何者』の主人公であった拓人は、『何様』では直接間接的に登場しない。「何様」の主人公の彼と過去に交錯した事実を、分かる人には分かる形で匂わせる記述は意図的なものだろう。二宮拓人のその後を知りたいと思う読者の期待の地平を躊躇なく裏切ってみせるやり方に、朝井ならではの物語美学が見え隠れする。裏切ることで応える小説家であることを、朝井は自らに課している。
大きな決断が必要な、ある個人的なできごとをきっかけに、彼は「切実な、誠実な動機を抱えているかもしれない学生たちを選別する立場」に疑問を感じ始める。特に動機をもたず偶然のように入社できてしまった会社で、命じられるまま未経験の面接官の仕事をする自分の立ち位置に不誠実さを感じる。「当事者としての言葉」こそが尊重されるべきと思い悩む彼に、それまで距離感を感じていた女性上司の言葉が差しだされる。ラスト近くの彼と上司の「誠実さ」をめぐる対話は、小説的思考が生みだした、まさに思考=至高の賜だと思う。
収録短編のどれもが、人と人の出会いを描き、出会いによって変化する人間の心の内側に密着する。なぜそのような状況が繰りかえし描かれるのか。たとえ出会いが負の要素を含んだものであっても、変化が切実な局面をもたらすことになっても、現代において「出会い」と「変化」は個人に与えられた最後の希望であり、最大の可能性であるからだ。朝井の小説は、絶え間なき自己変革の運動に満ちている。自己変革をもたらすのは他者との出会いであり、出会いによる変化だ。出会いと変化は、人と人のコミュニケーションによってのみもたらされる。朝井の全小説がコミュニケーションの可能性と不可能性を主題としているのは、以上のような理由からである。
『何様』に収録された六編は、すべてオープンエンディングの結末で、短編内に自己完結することなく物語の外へと開かれていく。光太郎と夕子の再会はあるのか、理香と隆良のその後は。ギンジと亮博の関係の変化や、瑞月の家庭の状況も気になる。それらは「未だ書かれざる物語」としてわたしたちの内にある。今後も「何」シリーズが書き継がれていくのであれば、それは朝井にとってのライフワークになるだろう。『何者』と『何様』は、そのような重みと意味合いを含んだ連作である。
(えのもと・まさき 文芸評論家)
波 2016年9月号より(増補版)
単行本刊行時掲載
インタビュー/対談/エッセイ
小説の光が照らしだすもの
朝井 佐藤さんの『明るい夜に出かけて』と僕の『何様』が新潮社から同時期に刊行されたので、こういうトークイベントを開催できることになりました。佐藤さんとお会いするのは、五年ほど前、『チア男子!!』が出た時に対談させて頂いて以来ですね。
佐藤 朝井さんはまだ大学生でしたね。
朝井 そうです。十代の頃から、『一瞬の風になれ』を始めとする佐藤さんの作品を愛読してきましたから、初めてお会いできた時は光栄でしたし、緊張もしました。佐藤さんがミッキーマウスのTシャツを着ていらしたことを覚えています。
佐藤 朝井さんは当時デビュー一年くらいの新人さんでしたが、あれからいきなりすごい人になってしまって。今日、私は一体どういうスタンスで話したらいいのか困っています。
朝井 めっちゃ先輩として話して下さいよ!(会場笑) まずは僕から質問していいですか? 『明るい夜に出かけて』の主人公は深夜ラジオのハガキ職人ですね。僕はラジオが大好きで、その結果「オールナイトニッポン0」で一年間パーソナリティをさせていただいたこともありますが、佐藤さんもラジオ好きだとは意外でした。それも、作品中で重要な役割を果たすのが「アルコ&ピース(平子祐希と酒井健太のコンビ)のANN」です。あんなお笑い指数の高い番組にどうやって辿りついたのですか?
佐藤 朝井さんよりずいぶん年上なので、話はかなり遡りますよ(会場笑)。中学二年の時に、谷村新司さんの「セイ!ヤング」を聴き始めたのがラジオを聴くようになったキッカケです。私は女子四人のグループで仲良くしていたのですが、そのうち二人がファンで「すっごい、ヤらしいのよ……聴いてみて」(会場笑)。
朝井 実際、どうでしたか?
佐藤 カマトトぶるわけじゃないけど、下ネタの意味が分からなかった。いやらしさが具体的に分からない(会場笑)。それからラジオが好きになって。いまのお笑いの人たちの番組を聴くようになったのは、もう十年以上前かな、くりぃむしちゅーの上田晋也さんの「知ってる?24時。」が好きで、それから「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」を聴き始めたんです。
作者が心から好きなものを
朝井 先ほど申し上げたように、小説の中でアルコ&ピースの番組が大きな役割を担うのですが、あまり番組の説明をされていませんよね。それは作家として勇気がいることではないかと思うのですが。
佐藤 確かにあまり説明せずに、登場人物が聴いているままの感じで書きましたね。最初は、ラジオがあんなに大事な役割を果たすとは思っていなかったんです。ラジオはあくまで登場人物が出会うきっかけ、くらいに考えていました。で、どんな番組で出会うようにしようかと考えていた時、初めてアルコ&ピースのANNに出会って、はまってしまいました。
朝井 他の番組にはない、アルピーならではの魅力は何だったでしょう?
佐藤 バカバカしさに始まって、バカバカしさに終わるところ(会場笑)。何かモノを作っている人なら分かると思いますが、オチをつける方が案外易しいですよね。イギリスあたりが本場の「ナンセンス」という文学のジャンルがあります。ナンセンスを書くのは本当に難しい。バカバカしさ以外、余計なものを入れずに成立するフィクションを構築するって、大変ですよ。深夜ラジオはそれに似ていて、無意味なまでのやりっぱなしが許される媒体だと思うのですが、中でもアルピーの番組はその最たるものでした。
朝井 僕もあの番組が大好きです。二時間の生放送の冒頭でアルピーがテーマを決めて、リスナーからメールを受け付けるのだけど、リスナーの投稿がどんどん過激になっていく。というか、意味がわからなくなっていく(笑)。
佐藤 作中にも書きましたが、パーソナリティであるアルピーがもう舵を取れなくなって、「もうイヤだあ」「助けてくれえ」と悲鳴を上げれば上げるほど、〈神回〉と称えられる(会場笑)。
朝井 あの収拾のつかなさが聴いていて心地良かったですね。でも、ああいう無軌道で無意味な(会場笑)番組を小説に盛り込むことに躊躇しませんでしたか?
佐藤 「やってみて、だめだったら仕方ない」という五分五分の状態で書き始めたんです。本当は書く前にアルコ&ピースのお二人にご挨拶に行くべきなのですが、でも、変なものになるかもしれないし、完成しないかもしれない。だから、結局お二人には出来上がってからお見せしました。残念なことに、本が出るちょっと前に番組が終わったのですが……(2016年3月末に番組終了)。
朝井 作者が心から好きなものを、あらゆる理性を超えて書いた小説には特有の光が宿る気がしているのですが、『明るい夜に出かけて』はその光を感じました。
佐藤 そう言って頂けると嬉しいのですが、実際は、好きが嵩じて勇み足になったかどうかのギリギリのところだったと思っています。
小説表現のアップデート
朝井 『明るい夜に出かけて』の中で、アルピーの番組があわや最終回になる、というシーンで、Twitter上にリスナーによるたくさんの
佐藤 ありがとうございます。あそこは実際に起きていたことを書いただけなのですが……。
朝井 Twitter以外にも、アメーバピグなど、新しいものをどんどん取り入れておられるのが印象的でした。十代の子の言葉遣いなどもそうですが、そういう現実の新しいツールを取り入れることは、この作品では積極的にやってやろうと?
佐藤 若い子の言葉遣いについては、2014年春から一年間の物語とはっきり限定されていますから、今回は古びたりするのをあまり恐れなくてもいいかなと思ったんです。アメーバピグの書き方は難しくて、一回全部なくしてみたりもしました。さっきのラジオ番組の説明にしてもそうですが、説明をあんまり入れるとわざとらしくなってしまいますしね。#ひとつ取っても、小説の中の説明って非常に難しい。朝井さんは『何者』で#をたくさん入れていますが、ひと言の説明も書いていなかったでしょう?
朝井 あそこはもう、「ついてこいよ」と思っていて(会場笑)。
佐藤 あれはかっこよかったですよ。
朝井 しかし、『明るい夜に出かけて』の富山もそうですが、佐藤さんの小説の主人公はどうしてこんなに読者が愛さずにはいられない人物になるのでしょう。それに、佐藤さんは女性でありながら、どうしてこんなに地に足のついた男子を一人称で書くことができるのでしょうか?
佐藤 それを言うなら、朝井さんはどうしてこんなに女性のイヤな感じが書けるのか、どこでどう女性と接しているとあんなふうに書けるのか(会場笑)。
朝井 全部妄想で書いています(会場笑)。
佐藤 女性には「男に生まれたかった」という憧れの気持ちがあるから、私が異性を書く時、男同士のつながりをきれいに書けているのかもしれません。でも、『黄色い目の魚』などについて、「高校生くらいの男子はモヤモヤしていて、そういう方面しか考えていないよ」とか「こんなに内省的ではないんじゃないの?」とか言われたこともありますよ。愛される登場人物かどうかは分かりませんが、私は何も決めずに、とにかく主人公になりきって書きます。どこに行き着くかは、主人公と一緒に進まないと見えてこない。どうなるか分からないから、怖くて連載ができない(会場笑)。
朝井 僕はそういう感覚になったことがないんですよ。僕自身が登場人物にシンクロしていないせいか、彼らに意地悪なことを書いてしまいがちです。
佐藤 朝井さんは、構成などをいろいろ決めてから書きますか?
朝井 僕はガチガチに決め込んで書きます。それがうまくいったときの快感が癖になって、その快感を味わうために書いているくらいです。ただ、先輩作家の方々に、「そのやり方だと自分の想像を超える作品は書けないよ」と助言をいただくこともあり、最近悩んでおります……。
佐藤健がカッコよくなかったわけ
佐藤 朝井さんと対談するという役得で、映画「何者」を公開前に見せて頂きました。非常に原作をリスペクトした映像化でしたね。
朝井 ありがたいことです。
佐藤 これからご覧になる方のために詳細は言いませんが、それでも三浦大輔監督の味が入って、驚きもありますね。
朝井 そうなんです。『明るい夜に出かけて』で、富山と知合う女子高生の佐古田が「伝染する」という言葉で表現していますが、創作物は連鎖で広がっていくことがありますよね。誰かが作ったものから、まさに伝染して、他の誰かが何かを作る。その時、何か変化が生じると思うのです。この映画でも、演劇をもともとやっていた監督によって変化が生まれています。原作者の僕に分からなかったものが見えてくるというのが、映画としてとても正しいことのように思いました。
佐藤 また映像になるとインパクトがすごいですよね。
朝井 『何者』では、最後にとある女性が大立ち回りをする場面があるのですが、そのシーンを映像で見ると、原作者なのにとても怖かったです(会場笑)。
佐藤 ところで、拓人を演じる主演の佐藤健さんって、カッコイイ俳優さんですよね。それがこの映画ではあまりカッコよくない。そこがよかったんです。俳優さんってすごいなあと感嘆しました。
朝井 なぜ佐藤健さんが今回はカッコよくなかったか、ご存じですか?
佐藤 いいえ、なぜです?
朝井 それは佐藤さんが僕をモデルに役作りしたからです(会場笑)。演じるにあたって、佐藤健と二宮拓人の間に、朝井リョウを挟んだと仰るんですよ。俳優の世界ではわりとスタンダードな役作りの方法だそうです。その結果、彼は僕が通っている美容院に髪を切りにまで行ったんです。日本中に「佐藤健みたいにして下さい」と美容師さんに頼む若者はいるでしょうが、まさか佐藤健が「朝井リョウにして下さい」と頼むとは(会場笑)。
佐藤 でも、なんで朝井さんにわざわざ寄せたのかなあ。
朝井 佐藤さんは「拓人は原作者が投影されている人物」と思われたようで、朝井リョウに似せれば、自然と主人公に近くなれるだろうと考えたらしいんです。さらに僕が着ているブランドの洋服を映画の中で彼が着ているのですが、またそれがちょうどよくダサく見えて(笑)。
佐藤 なるほど……あれ? 普通に話し続けていましたが、もしかして私、とても失礼なこと言っていますか?
朝井 いいえ、全然……ちょっと気づくのが遅いですね(会場爆笑)。
SNSでそぎ落とされるもの
佐藤 偉そうな先輩的言い方をしてしまいますが、朝井さんはすごくうまくなられましたね。私は朝井さんの作品では『少女は卒業しない』が一番好きで、短篇の切れ味と魅力にいつも圧倒されています。その次作の『何者』は長篇で、長篇小説は、構成、ストーリーが重要になると思いますが、ホップからステップなしでいきなりジャンプした、とでも言いたくなるような、すごい作品でした。
朝井 すみません――有難うございます、と言うべきでしょうが、恐縮すぎて。
佐藤 今度の『何様』は、就活生たちが主人公だった『何者』のアナザーストーリー集です。そもそも「就活」という題材が朝井さんに合っていたのでしょうか。
朝井 僕にとっては、就活そのものより、「就活している人たち」のインパクトが大きかったんです。一方で、僕はSNS世代であり、コミュニケーションが非常に変わったという実感があります。大学の時にmixiが盛んになり、すぐにFacebookやTwitterが取って代わり、今はInstagramが主流。その変化の中で、使われる言葉はどんどん短くなってきています。省かれる言葉がどんどん増えていっているのに、その部分を想像する機会がないことがとても気になっていました。
佐藤 そぎ落とされた思いや考えがそのまま消えてしまう感じ?
朝井 はい。わずかな言葉で、あるいはほんの少しの情報で人がごっそり束ねられるような、余白のない様子が怖かったんです。その怖さがまさに目に見える状態になったのが、僕にとっては就活の場だったのかもしれません。例えば就活では〈内定のない=ダメ人間〉〈内定のある=すごい人間〉みたいなことにすぐなってしまう。面接にしても、たった三〇分で合格、不合格が決まりますし。
佐藤 朝井さんがもともと抱いていた思いが、就活という題材を得て、爆発した小説だったのですね。
朝井 ただ、就活という舞台が持つゲーム性には、小説を書く上で助けられました。ESが通るかどうか、内定を取れるのかどうか、それだけで読者をハラハラさせられますから。
佐藤 今度の『何様』には『何者』より先に書かれた短篇も収録されていますね。
朝井 ええ、『何様』は五年くらいかけて書いた六つの短篇から出来ています。実は、冒頭の「水曜日の南階段はきれい」に登場する光太郎が魅力的な人物だなと作者ながらに思って、『何者』を書く時、借りてきたんですよ。
佐藤 ちょっと『何者』とはテイストが違う感じを受ける短篇ですね。
朝井 当時は著者の朝井くんがまだピュアだったんですよ(会場笑)。それが二篇目の「それでは二人組を作ってください」(『何者』で同棲している理香と隆良が一緒に暮し始めるまでを描いた物語)になると、執筆当時の僕がものすごく苛立っていることがわかりますね。
佐藤 何にイライラしていたの?
朝井 生きていること自体というか、日々MAXイライラしてて、「信号赤かよ、チッ」みたいな、余裕のない時代でした。
佐藤 朝井さんの作品は、厳しいけれどどこかで〈踏み台〉を置いてくれるところがあるじゃないですか。でも「それでは二人組を作ってください」は……。
朝井 自分でもゲラで読み直して、「ここまで書かなくていいじゃん」と(会場笑)。逆に言うと、あのイライラしていた時にしか書けなかっただろうから、結局は書いてよかったと思っているんですが。
佐藤 エンディングがすごいですよね。率直な質問ですが、理香さんみたいな女性は嫌いなのですか。
朝井 それがね、僕、理香さんのこと大好きなんですよ。愛憎半ばが行き過ぎて、抱きしめながら、背中をグサグサ刺している感じで書いています(会場笑)。この短篇の終わり方は、派手にピアノを鳴らして終わる曲みたいですよね。ああいうのは、本篇である『何者』という受け皿があって、その前日譚だから書けた話です。瑞月の父親の不倫を描いた五篇目の「むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」もそうです。救いのないような話を書いても、本篇で補完されるだろうという安心感がありましたね。
佐藤 その感覚は分かりますが、独立した短篇集としても十分面白かったです。次はどんな作品を書かれる予定ですか? 私が編集者なら、朝井さんにオーダーしたい作品はスポーツものなのですが……。
朝井 次はまさにバレーボール選手を題材に書きたいと思って、『一瞬の風になれ』を持ち歩いて読み返しているところです。
佐藤 バレーボールにははっきりポジションがありますね。
朝井 そこで役割や性格を反映できるのですが、一方で、バレーは同時に全員が別々の動きをするのでどう描くのか。
佐藤 どのくらいの年齢の話を書かれるおつもりですか?
朝井 天才スポーツアスリートが少しずつ〈自分のやっていること、やろうとしていること〉を表現できる言葉を獲得していく過程を書きたいと思っているのです。そのためには長いスパンが必要なので、小学四年生くらいから大人になるまでを書きたいと思っています。全盛期の華やかな時代も、アスリートは三〇歳で引退というような残酷な面も書きたい。
佐藤 引退まで書くとなると、大長篇になりますね。楽しみにしています。
朝井 僕は佐藤さんの書く物語なら何でも読みたいのですが、少年目線の小説はぜひ定期的に書いて頂きたいです!
2016年10月5日 神楽坂la kaguにて
(さとう・たかこ 作家)
(あさい・りょう 作家)
波 2016年11月号より
単行本刊行時掲載
『何者』から『何様』へ――「近況報告……こんな日々です」
直木賞受賞から三年半、『何者』映画化に合わせて、アナザーストーリー作品集『何様』を刊行。日常と近況をお聞きしました。
Q 『何者』での直木賞受賞から三年半経ちました。当時のことで一番記憶に残っているのは?
A 受賞会見の次の日の朝、出勤したら当時の勤め先の社長から高いお酒をいただいたこと……と言いたいのですが、そのくらいたくさんの人に祝っていただいた中、その日突然ランチに誘ってきた同期が直木賞のことなんて全く知らなかったこと。てっきりその同期に祝われると思っていたので、祝われ慣れしている自分の衿を正そうと思いました。
Q 平均睡眠時間は?
A 6~7時間は寝るようにしています。
Q 朝起きて、最初にすることは?
A 白湯を飲むこと。そうすると腸が動き出して、快便ライフが始まります。
Q 朝食は食べますか?
A 納豆ご飯を食べることが多いです。きちんと食べておくとやっぱり一日快調な気がします。
Q 小さい頃好きだったたべものは?
A 鮎の甘露煮。今でも好きですが東京だとなかなか食べる機会がありません。
Q 家にいつもある食料は?
A 納豆、キムチ、きな粉、牛乳、グレープフルーツジュース。このあたりは欠かしません。
Q 何時頃から執筆を開始していますか。
A 昨年会社を辞めて専業になりましたが、会社勤めをしていたころと同じようにしたいので、会社員時代の10時始業に合わせて、10時にはパソコンに向かっているよう心がけています。
Q 運動を心がけたりしていますか?
A バレーボールと水泳をするようにしています。前者はただただ好きだから、後者は「人間は肩から動かなくなっていく」という話を聞いたため。
Q 一週間のなかで、曜日で決めて動いていることはありますか?
A 日曜日のバレーボール。練習に行けるようにいろいろ調整することで生活によい影響があると思います。
Q ピアノを弾かれるのですよね、よく弾くのはどんな曲ですか?
A 最近手に入れた電子ピアノではベートーヴェンの遺作と言われている「さらばピアノよ」(メロディがあまりにも好き&あんまり難しくないので陶酔して弾ける)、テオドール・エステンの「アルプスの鐘」(曲調がコロコロ変わるので弾いていて飽きない)。上手な人の動きや顔の感じで弾きますが下手です。
Q この春からは、新聞の書評委員の仕事をしていらっしゃいますが、本はいつどこでどんなふうに読みますか?
A お風呂の中、電車の中で読むことが多いです。ただ、どちらも読みながらメモを取ったりしにくいので、書評用の本を読むときはわりと環境が整った場所で集中して読みます。
Q 最近読んだ本で、誰かに伝えたい本がありますか。
A
Q 最近一番うれしかったことは?
A 『何者』が単行本文庫累計50万部を突破したこと。世界で一番好きな言葉が重版&増刷。
Q 深夜ラジオのヘビーリスナーとのことですが、ご自身も、昨年春から今年の3月まで深夜番組のパーソナリティーを一年間担当されました。ラジオはその後も聴いていますか。
A 聴いています。今はオールナイトニッポンだと岡村隆史さん、オードリー。オールナイトニッポン0だとニューヨーク、三四郎、あとはおぎやはぎのメガネびいき、バナナマンのバナナムーンGOLDあたりを聴いています。
Q 最近誰かをお祝いしたことは?
A 作家の柚木麻子さんの誕生日をお祝いしました。とんでもないパーティでした。
Q 人工知能に関心があるとか。どんなロボットが欲しいですか。
A エンタメ性の高いストーリーを考えてくれるロボット。その部分に関してはAIには勝てないと思います。ストーリーを繋ぐ文章はまだ人間のほうが上手だと思うのですが。
Q 最近自分が変わった、と思うところがありますか。
A エンタメ性の高いストーリーものを書くモチベーションがものすごく低くなってしまったところ。デビューしてすぐのころはもっと純粋にストーリーものを楽しめていたのですがその気持ちがなくなってきており、エンタメ作家としてマズイと思うので、今リハビリ中です。
Q これから書きたいことは。
A 最近は「メッセージ伝えたるでえ!」「価値観揺さぶったるでえ!」みたいな話を書かなければというモードだったので、単純に、読んでいて楽しい、読み終わってしまうのが悲しい、みたいなストーリーものを書けるような精神状態を取り戻したいです。
Q 今年は作品がドラマ化、アニメ化、映画化、と他メディアで創られて話題になっています。期待と不安と、そして現実……いかがでしたか。
A 何かひとつのきっかけで大きく変化する、なんてことはないということを思い知りました。地道に新しい作品を生み続けなければ、と痛感しています。
Q このところ、よく発言している「老害」ということの、何が嫌で不安なのでしょうか。
A 新しいもの、自分が知らないものを受け入れられない人に出会うとすごくイライラするんです。でも自分はアナログな人間なので、精神的には老害に近いです。
Q いつか必ずやりたいことは?
A 文庫で何巻にも亘るような、外伝やスピンオフもあるようなスポーツものを満足いく形で完結させること。何回か出場しているのですが、いくら出場しても勝ち進めないビーチバレー大会でいいところまで勝ち進むこと――優勝は100%無理ですが。
Q これからの五年、目標はありますか。
A デビュー十周年までに本屋大賞をとりたい。憧れの「エッセイ三部作」を完成させたい(さくらももこさんのエッセイ三部作が大好き)。スポーツ長編を書いてリベンジしたい。
Q 結婚生活や父親になることについてイメージできますか。
A まだわかりません。
Q 映画「何者」を観客として観たご感想は?
A 内容がかなり原作に沿っているため観客という距離感では観られないのですが、クライマックスの映像ならではの表現方法に驚きました。三浦大輔監督だからこそできた代替のきかないシーンを観られて嬉しかったです。
Q 新刊『何様』の読者へひとこと、どうぞ。
A 『何者』の中で少し浮いている謎を解決しつつ、6篇目を読み終わるころにはアナザーストーリーではない新しい物語を読んだと思っていただける作品になっています。よろしくお願いいたします。
(あさい・りょう 作家)
(質問者=編集部)
波 2016年9月号より
単行本刊行時掲載
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[『何様』刊行記念特集]直木賞受賞作『何者』 映画化2016年秋公開
まだ「何者」でもない若者たちへ
いまも「何者」でもない大人たちへ
――観る者に突き刺さる青春映画完成!
共感する感覚を伝えたい――
朝井さんという作家の、物事を理屈づけしていく観察眼は、自分の理系の感覚とも共通していて、よくわかるんです。
新刊の『何様』に収録されている作品を読んで、理詰めでセックスまで突き進んでいく描写がすごくエロティックで……そういうところは共有していると思います。
映画では、原作にある拓人への瑞月の言葉を、自分の解釈に引きつけて、ラストで増幅させています。これを伝えたいと強く思ったので――。
この作品はSNSによるコミュニケーションの変容が大切なテーマで、自分も使っていていろいろなことを感じます。こういうツールを使い慣れた人たちの意識はさらに変化していると思いますから、彼らがこの映画を観て、どう感じるかを知りたいです。
監督・脚本 三浦大輔
退屈なシーンがひとつもない映画
この作品が映画化されるということは知っていましたが、自分がやるとは思いませんでした。この主人公を演じるのは大変だろうな、と。
原作を読んで感じたのは、原作者はなんて性格が悪いのだろう、そしてそれに共感している自分も、性格が悪いな、ということでした(笑)。
拓人になるための、演じる手がかりとして、原作者の朝井リョウさんをイメージして、同じ髪型にしてみたりもしました。もちろん拓人は、朝井さんではないのですが、そういうことから始めて、自分じゃないものになろうとしたんです。
撮影してすぐは、その作品について客観的になりにくいものですが、出演者の誰もが素晴らしくて、とにかく見逃せないシーンの連続で、退屈な時間がまったく無い映画になっています。
主演・拓人役 佐藤 健
波 2016年9月号より
イベント/書店情報
著者プロフィール
朝井リョウ
アサイ・リョウ
岐阜県生まれ。小説家。『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。『何者』で第148回直木賞、『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞、『正欲』で第34回柴田錬三郎賞を受賞。ほかの著書に『どうしても生きてる』『死にがいを求めて生きているの』『スター』などがある。