ホーム > 書籍詳細:CIAスパイ養成官―キヨ・ヤマダの対日工作―

世界最強の諜報機関に実在した、日本人女性教官の数奇な人生――。

CIAスパイ養成官―キヨ・ヤマダの対日工作―

山田敏弘/著

1,595円(税込)

本の仕様

発売日:2019/08/21

読み仮名 シーアイエースパイヨウセイカンキヨヤマダノタイニチコウサク
装幀 著者提供/カバー写真、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 223ページ
ISBN 978-4-10-334772-9
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 1,595円
電子書籍 価格 1,595円
電子書籍 配信開始日 2019/08/23

米国・アーリントン国立墓地で、静かに眠る日本人女性――その名前はキヨ・ヤマダ。彼女はCIAで工作員に日本語を教え、多くのスパイを祖国へ送り込んだインストラクターだった。教え子たちは数々の対日工作に関わり、キヨ自らも秘匿任務に従事していた……歴史に埋もれた彼女の数奇な人生と、知られざる日米諜報秘史。

著者プロフィール

山田敏弘 ヤマダ・トシヒロ

国際ジャーナリスト、米マサチューセッツ工科大学(MIT)元フェロー。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などに勤務後、MITを経てフリー。著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など。数多くの雑誌・ウェブメディアなどで執筆し、テレビ・ラジオでも活躍中。

書評

なぜ、打ち明けたのか?

真野勝成

―キヨ・ヤマダの対日工作―

 脚本家として事件モノを多く担当していると、単なる殺人事件を描くだけでは物足りなくなる。で、諜報員が絡むようなネタを提案すると、どうも製作陣の反応が悪い。
「ちょっと荒唐無稽というか、日本が舞台だとリアリティがなくて、視聴者もついてこない」ということらしい。
「バカなこと言ってんじゃないよ、現実では日本は諜報活動でチンチンにやられてるよ」
 と主張しても、ピンときていない面々の顔が、この原稿を書いていても思い浮かぶ。
 諜報員=スパイのイメージはド派手なハリウッド映画によって刷り込まれているし、敵は以前なら共産国、今ならテロリストが主だ。日本人は敵として描かれないし、ほとんど出てこない。
 だが当然、日本はCIAにとって諜報活動の対象だ。1995年の日米自動車交渉に際し、CIAは交渉の場であるジュネーブのインターコンチネンタルホテルに盗聴器を仕掛けた。橋本龍太郎通産相(当時)と自動車メーカー経営陣の会話は筒抜けで、アメリカは優位に交渉を進めた。これは当時のニューヨークタイムズで一面記事になり、日本でも報道された事実である。日本は特にクレームも入れず、泣き寝入りしたようだ。総理が大統領をもてなし「友好ムード」「対等な関係」を繰り返し演出しても、本当の日米関係とはそういうものなのだろう。アメリカにとって日本はかつての敵国、戦後は属国なのだ。
 アメリカ側に立って考えると、この盗聴事件において日本側の会話を解読できる現場の人間が必要だったはずだ。本書『CIAスパイ養成官―キヨ・ヤマダの対日工作―』ではCIAの言語習得に対する過剰なまでの姿勢が描かれている。そこには世界の覇者たらんという明確な意思が存在する。そしてその戦略の一端である対日工作の重要パートを担ったのが、日本語インストラクターの「キヨ・ヤマダ」という日本人女性だった……というのが本書の主題である。
 キヨはすでに他界しているが、生前「私はCIAで働いていた」と知人にだけ漏らしていたという。読者として冒頭から引っ掛かるのは、諜報活動に従事していた人間が重要な秘密をなぜ、打ち明けたのか?という事だ。
 その謎を追う著者・山田敏弘氏のスタイルは「ここまでは聞けた」「これ以上は分からない」という部分が明確で、面白くするために情報を誇張しないし、自分の思い込みを書くこともない。ノンフィクションの読者としては本当のことだけを知りたいので、この面白すぎないスタイルが信用できるし逆に面白いのだ。結果として残った情報の行間から、読者自身が想像を膨らませることができる。
 浮かび上がるキヨという女性像はあまりにも興味深い。日本名・山田清。戦前の裕福な家庭に生まれたが、父や兄から冷たく扱われ、男性からの抑圧を感じていたようだ。戦後、キヨはアメリカに留学し、自立した女性を志す。ちなみに彼女が利用したのがフルブライト奨学金プログラムだが、その前身は「占領地域救済政府資金」という名称だったという。名称からだけでも日米関係の本質がうかがえるし、こういう細かい知識を得られるのもノンフィクションの楽しみだ。
 キヨは日本を脱出し渡米するが、米軍人の熱烈なアプローチを受け、結婚する。安直な恋愛モノ脚本なら、この夫が日本男子と正反対の優しい男性でハッピーエンドになるのだが……夫は占領下の東京で他の日本女性と関係を持っていたり、差別主義者だったりする。都合の良い筋書きがないのもノンフィクションの面白さだ。アメリカで主婦になり自立する目標を失ったキヨだったが、46歳でCIAの日本語インストラクターとして採用され、運命は展開する。
 冷戦時は日本も反共諜報戦の舞台であり、冷戦後は成長した日本経済自体がCIAのターゲットとなった。その舞台裏でキヨは語学だけでなく「日本ではアメリカ人が日本語を普通に話すだけで信用してくれる」といった日本人の特性を教えていたという。アメリカの、そしてキヨの本気度が伝わる、地味だが背筋が凍る挿話だと思う。
 教え子たちは先の日米自動車交渉でも暗躍し、キヨの功績は退官時にメダルを貰うほど評価された。戦前生まれの女性としては破格のキャリアを生きたと言えるだろう。日本で男性に抑圧された女性がアメリカで自立した軌跡が、日本の衰退の遠因になった……とまで言うのは、物語性を求めがちな脚本家の悪癖かもしれない。だが、墓場まで持っていくはずの秘密を人生の最後にキヨはなぜ、打ち明けたのか? 写真に残された美しい姿と相まって妄想は膨らむばかりだ。

(まの・かつなり 脚本家)
波 2019年9月号より
単行本刊行時掲載

目次

プロローグ 墓碑銘がない日本人CIA局員
第一章 「私はCIAで、ガラスの天井を突き破ったのよ」
突然の告白/「ラングレー」の局員/身近にいた日本人CIA局員/日本では理解され難い組織/日本語教官を超えた任務
第二章 語学インストラクターと特殊工作
日本国内におけるCIAの活動/教え子の述懐/対象が「困っていること」を探れ/沖縄返還問題での裏工作/ロッキード事件とCIAの闇/特殊工作への関わり
第三章 生い立ちとコンプレックス
東京の下町に生まれて/姉妹間のコンプレックス/家族へ抱いた嫌悪感/海外留学への夢/英語教師として教壇に
第四章 日本脱出
人生の転機となる出会い/米国への逃避行/異国での再会/移住を決断/アメリカに届いた母の訃報/日本人妻としての苦悩
第五章 CIA入局
センセイの思い出/言語を重視したCIA/アメリカ人に言語を徹底させる理由/CIA女性長官の経歴/採用試験の高い壁/日本語教官としての軋轢/競争させられる職場
第六章 インストラクター・キヨ
実践的な授業/教え子は、自分の子ども/日本での極秘教育拠点/優秀な教官として/同僚との軋轢/米ソ冷戦時代のCIA/バブル経済と日本/スパイのリクルーターとして/冷戦集結とリタイア
第七章 最後の生徒
日本で開かれた引退パーティ/晩年の生活/夫の発病/死後に分かった夫の秘密/悲しみの追い打ち/「病院では死にたくないわね」/モルモン教とCIA/最後のクリスマス
エピローグ 奇妙な「偲ぶ会」
主要参考資料

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