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正しい世界の壊しかた─最果ての果ての殺人─

彩藤アザミ/著

2,035円(税込)

発売日:2025/07/16

  • 書籍
  • 電子書籍あり

優しい世界が壊れ始め、世界は何度も、ひっくり返る──衝撃のミステリ。

いばらに囲まれた小さな村で幸福に暮らす未明。だが「いばらの外に出てはならない」という村の決まりを破り、瀕死の少年を介抱したことから全ては崩れ始める。村の優しき指導者が何者かに殺害され、人々の疑心暗鬼が頂点に達したとき、さらなる悲劇が──。犯人は誰なのか。大どんでん返しが待ち受ける、衝撃のミステリ。 

目次

いばら dorno
少年 knabo
収穫祭 rikoltfesto
夢 songo
奇妙 strango
聖職者たち klerikoj
歪み distordo
堕落 malvirtigo
悪意 malico
向こうがわ transo
教育 eduko
フィクション fikcio
人の子 homido
真相 verajo
未明 matenigo
最後の夢 lasta songo

書誌情報

読み仮名 タダシイセカイノコワシカタサイハテノハテノサツジン
装幀 ミュシャ「スラヴ叙事詩」より/装画、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-338014-6
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 2,035円
電子書籍 価格 2,035円
電子書籍 配信開始日 2025/07/16

書評

幻想ミステリの新たな傑作

朝宮運河

 この小説の扱う謎は世界そのものである。
 主人公の少女・未明が暮らすのは、いばらの迷路に囲まれた小さな村ドルノ。神に選ばれたその土地では、善き人々が自給自足生活をし、平和な日々を送っている。未知なる世界に惹かれる未明は、図書館の禁書をこっそりと持ち出し、遠い世界の物語に胸を躍らせる。やがて海を見てみたいという思いに突き動かされ、いばらの向こうに足を踏み出した未明は、行き倒れている少年を発見、村に連れ帰る。
 それまで外部との交渉がほとんどなかった村に、突如現れた異邦人。キフカというその少年の出現をきっかけに、穏やかだった村の雰囲気が少しずつざわつき始める。未明にとっても、キフカとの出会いは大きな意味を持つものだった。彼が語る外の様子は、未明の暮らす楽園とはまったく違っている。暴力や身分差があり、飢えや貧困がある。誰も私有財産を持たず、村全体で子育てをするドルノ村とは大違いだ。
 そんなある日、村を導く預言者の“一世さま”が何者かに絞殺されるという大事件が起こる。長年村を見守ってきた彼女が、新たな後継者を指名すると発表した矢先の出来事だった。しかし事件のあった夜、村人はすべて神の御業によって眠りに就き、夢を見ていたはずだ。では預言者を殺すことができたのは誰なのか。
 閉ざされた小世界を舞台にしたファンタジーと思って読んでいると、不可解で、それだけに魅力的な謎が立ち現れて、王道の本格ミステリであることに気づかされる。勤勉で、争いもなく、すべての人が平等に暮らしていた村での事件。誰が、何のために、どうやって預言者を殺したのかという疑問が、読者の関心を惹かずにはおかない。一見善良そうな村人たちが、心の奥にさまざまな思惑を隠していることは、よそ者であるキフカが疑惑を向けられ、覆面をかぶった男たちに暴行されるというシーンから明らかだ。一見非の打ち所のないユートピア。しかしそれは偽りの楽園ではないかという疑念が、徐々に兆してくる。
 やがてぎりぎりの均衡を保っていた世界が、完全に崩れ去る瞬間が訪れる。楽園が隠し持ってきた秘密が白日のもとにさらされ、未明は驚愕の事実を知る。ミステリには世界観それ自体が、全体の仕掛けと絡み合っている作品があるが、本書もまさにそのタイプに属するものだ。具体的な作例をあげるわけにはいかないが、たとえば綾辻行人や服部まゆみ、皆川博子らが好んで描いてきた、主人公を取り巻く世界そのものがひとつの謎であるような物語。おそらくはそういう系統の、私好みの幻想ミステリだと確信してページを捲っていたが、まさかここまでの大仕掛けとは。いくつもの伏線が鮮やかに繫がり、世界の真の姿を浮き彫りにする、その瞬間の残酷なまでの衝撃。
 それにしても真実を知るとは、悲しい行為であると思う。キフカにある事実を告げられることがなかったら、未明は優しい世界でいつまでも生きていられた。しかし一度世界の実像に触れてしまった彼女は、もとの生活には戻れない。「真実ってのはな、知る前には戻れないんだよ」とキフカが語るように。この小説を読んで浮かんできたのは「幼年期の終わり」という言葉である。アーサー・C・クラークの長編のタイトルだが、原題はChildhood’s End。まさに無垢で幸福な子供時代は終わりを告げ、未明は苦い大人時代に足を踏み入れる。
 なお本書はこの先にも、さらに大きな展開が待ち受けている。二重三重のサプライズに圧倒されるが(猛烈に語りたいがここで語るわけにはいかない)、真実から目を背けず、知ることを諦めない未明の姿が印象的だ。「私は、このまま真実も現実もなにもなかったことになるなんて、いやだよ」という未明の言葉は、自分にとって都合のいい“事実”に飛びつき、偽りの安楽を選び取ってしまうことの多い現代人の耳を鋭く打つ。
 2015年のデビュー作『サナキの森』以来、幻想と現実の拮抗をさまざまな形で描いてきた彩藤アザミは、本書において大きく幻想の領域にジャンプし、素晴らしい成果を持ち帰った。美しく、悲痛で、凜々しくもある『正しい世界の壊しかた─最果ての果ての殺人─』は、この先しばらく彩藤アザミの代表作に数え上げられるだろう。日本の幻想ミステリの系譜に、新たな傑作が加わったことを喜びたい。

(あさみや・うんが 書評家)

波 2025年9月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

彩藤アザミ

サイドウ・アザミ

1989(平成元)年岩手県生れ。2014年『サナキの森』で新潮ミステリー大賞を受賞しデビュー。他の著書に『樹液少女』「昭和少女探偵團」シリーズ『謎が解けたら、ごきげんよう』『あわこさま─不村家奇譚─』「幽霊作家と古物商」シリーズなどがある。

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