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殺す。殺す殺す。ころしてやる――。
新選組の闇に切り込む禁断の異聞!

ヒトごろし

京極夏彦/著

2,916円(税込)

本の仕様

発売日:2018/01/31

読み仮名 ヒトゴロシ
装幀 池上遼一/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 週刊新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 1,087ページ
ISBN 978-4-10-339612-3
C-CODE 0093
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 2,916円

人々に鬼と恐れられた新選組の副長・土方歳三。幼き日、目にしたある光景がその後の運命を大きく狂わせる。胸に蠢く黒い衝動に駆られ、人でなしとして生きる道の先に待つのは――? 激動の幕末で暗躍し、血に塗れた最凶の男が今蘇る。京極夏彦史上、衝撃度No.1! 大ボリュームで贈る、圧巻の本格歴史小説の誕生。

著者プロフィール

京極夏彦 キョウゴク・ナツヒコ

1963年北海道生まれ。1994年『姑獲鳥の夏』でデビュー。1996年『魍魎の匣』で第49回日本推理作家協会賞長篇部門を受賞。1997年『嗤う伊右衛門』で第25回泉鏡花文学賞を受賞。2000年第8回桑沢賞を受賞。2003年『覘き小平次』で第16回山本周五郎賞を受賞。2004年『後巷説百物語』で第130回直木三十五賞を受賞。2011年『西巷説百物語』で第24回柴田錬三郎賞を受賞。2016年遠野文化賞を受賞。

大極宮 (外部リンク)

書評

情性欠如者の逆説

春日武彦

 情性欠如者という言葉がある。ハイデルベルグ派の精神病理学者クルト・シュナイダーが1949年に出版した『精神病質人格・第九版』では、「同情、羞恥心、名誉感情、後悔、良心というものをもたない人々である」と直截に記していて、似たような概念には過去において「背徳症」とか「道徳精神病」「人倫的色盲」「道徳白痴」「非倫理的症候群」等のネーミングが存在したと述べている。さらに、「……情性欠如型の人のすべてがすべて犯罪に陥るというのではない。社会的により高い階級の人では、特に、そのようなことがない。犯罪的でない情性欠如型の人は、あらゆる種類の地位においてしばしば驚くべきことを遂行することがある。これは『屍を越えて進む』鋼鉄のごとき堅い人達であるが、彼らの目的はまったく主我的のものであるとは限らず、理想に適うものでもありうるのである」と。つまり進む道さえ誤らなければ、彼らは「文藝春秋」や「プレジデント」のグラビアを飾る可能性もあるというわけだ。
 個人的には、情性欠如者なる名称は何だかニヒルでひんやりした感触が伝わってきて好ましい。眠狂四郎を思い出す。ただし昨今ではこの名称は使われていない。反社会性パーソナリティー障害の一部がそれに該当し、最近ではサイコパス(医学用語ではない)がもっとも人口に膾炙している。
 土方歳三はまぎれもなく情性欠如者でありサイコパスである。なぜそのような人物がときおり生ずるのか。遺伝とか生育史等で簡単に説明はつかない。発生途上における一種のアクシデントか。いずれにせよ、いつの時代にも一定の割合で出現する人達と思っておいたほうが良さそうだ。おまけに上手くいけば様々な意味で世界の改革者になり得る。
 サイコパスは、つまらぬ常識や先入観、いじましいプライドやけちな損得勘定を超越する。ただしそういったものが世間一般では重視されていることを承知しているから、そのような価値体系や固執を利用して他人を操ることも可能である。内省や躊躇がない。常に最短距離を選べる。能率という観点からは、彼らは理想的な人間とも言えよう。だが、しがらみやセコさを人間らしさの源と考えるならば、おそらくサイコパスは昆虫や爬虫類に近い。
 本書では、主要人物に限っても、少なくとも4人のサイコパス(物語の中では人外にんがいと呼ばれる)が登場する。歳三は言うまでもなく、長兄で盲目の石翠、沖田宗治郎、監察の山崎。こんなにサイコパスだらけの小説は初めてだ。しかもそれぞれが明確に描き分けられている。当方としては石翠にもっとも親近感を抱くのだが、そのような楽しみ方が出来るのも筆力がもたらした成果だろう。
 注目すべきは、人外の者であった歳三の徹底的に非情で理詰めの思考がいつしか賢者や哲学者に近似してしまうことである。「志も大望もねえよ。俺は人を殺すために、それだけのために近藤を担いで新選組を作ったんだ」と嘯いているにもかかわらず、彼の言い分がいちばんまともに聞こえてきてしまうプロセスは興味深い。
 歳三の心の中にはとんでもなく大きな空虚感がある。それゆえに、世界はモノクロにしか見えないだろう。おそらくサイコパスにとって世界の色彩は、非情を反映した無彩色か、歯止めを失ったゆえに蛍光の極彩色が渦巻くか、そのいずれかなのではないか。世界が寒々としたモノクロに映る人外は、鮮烈な赤を求めて人を殺す。極彩色に映る人外は、それに合わせるべく、鮮烈な赤を求めて人を殺す。
 幼い頃に歳三は血に魅せられた。魅せられるための準備状態は既に整い、空虚感を抱えた彼の心は血との邂逅を待ち受けていたのである。

(かすが・たけひこ 精神科医)
波 2018年2月号より
単行本刊行時掲載

史上最もダークな土方歳三が問いかけるもの

末國善己

 新選組が斬殺した勤王の志士の仲間が新政府を作った明治時代は、新選組が非情な暗殺集団として語られていた。
 こうした歴史観の見直しが始まるのは、子母沢寛『新選組始末記』が刊行された1928年以降である。それからは剣の達人が揃っていた新選組らしい剣豪小説はもちろん、効率的に人を斬る組織論に着目した企業小説、若き隊士たちの成長を描く青春小説などとして新選組を描く作家も出てきた。
 名作が多い新選組ものに京極夏彦が切り込んだ本書は、土方歳三が人を殺すために新選組を作ったとしており、新選組ものの原点に回帰したかのような陰惨な物語となっている。
 薬の製造販売も行う豪農の家に生まれた歳三は、7歳の時、若い中間と密通して逐電した武家の妻が、追っ手に切り殺され血しぶきをあげる場面を目撃する。それから歳三は、刀を使って人を殺すことに「欲動」を抱くようになる。
 しかし、不義者への成敗にしても、仇討ちや主君の命を受けての暗殺にしても、殺人が許されるのは武士だけで、農民の歳三には自分を魅了した刀の所有も許されなかった。
 密かに人殺しを続けていた歳三だが、刀が持てず、捕まれば処罰されることが不満だった。そんな歳三に、勤王派と佐幕派が争う幕末の混乱が好機をもたらす。上洛する将軍を警護する浪士組に入り上京した歳三は、天然理心流剣術の道場・試衛館の近藤勇、沖田総司らを適材適所に配置し、確実に人を殺し、罪にも問われない組織=新選組を作り上げる。
 著者は、歳三だけでなく、人の上に立ちたいとの欲望が強い近藤、一種の快楽殺人者だが、歳三と違って相手をいたぶることも好む沖田、法の枠内で自分の思い通りにものごとを動かすことが好きな山崎丞など、新選組の隊士を常識や倫理から逸脱したいずれ劣らぬ「人外にんがい」のモノとしているのだ。
 歳三の「欲動」が、新選組が起こした事件の原動力になったとして歴史を読み替えているので、結果を知っている歴史好きや新選組ファンも驚きの展開を見ることになるはずだ。
 的確に布石を打ち、新選組隊士を自在に操る歳三が、芹沢鴨の粛清、池田屋襲撃、分派して御陵衛士を結成した伊東甲子太郎一派の謀殺などを確実に成功させるため、着実に計画を進めていくところは、最初に事件を描く倒叙ミステリのような面白さがある。特に、御陵衛士を皆殺しにするための陰謀は、見廻組の佐々木只三郎を動かしたり、坂本龍馬の暗殺がからんだりするだけに壮大で、身震いするほど恐ろしい。
 倒叙ミステリの殺人は、探偵役に誤謬を指摘されて失敗する。だが人を合法的に殺す立場を手に入れた歳三は、それが露見したとしても誰にも咎められない。まさに完全犯罪である。人殺しは、古くから世界中のどの地域においても、法的にも倫理的にも“悪”とされてきた。その一方で、犯罪者の処刑、戦争で敵を殺す、かつては殺された親族の復讐など、罪に問われない例外もあった。著者は、この矛盾を示し、それを克服する方法を発見し人殺しを続ける歳三を通して、なぜ人を殺してはいけないのか、さらに“悪”とは何かを突き詰めており、読者は自分の良心と向き合うことになるだろう。
 物語の終盤になると歳三は、銃と大砲を備えた新政府軍と戦うことになる。刀による人殺しにこだわる歳三は、大砲の一撃で何十人があっという間に死ぬ戦争は「穢い」と考えるが、戦争が大量の死をもたらす時代の到来には抗えない。
 歳三は「人外」な故に、最初から戦争を嫌い、国と国との戦争になれば、すべての国民が「人外」になると気付く。長い太平から目覚めた武士が、外国の脅威と愛国心ゆえに過激な行動に走った幕末は現代と似ているだけに、人殺しと戦争をめぐる歳三の深い思索は、重く受け止める必要がある。

(すえくに・よしみ 文芸評論家)
波 2018年2月号より
単行本刊行時掲載

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