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キラキラの裏は、地味にスゴイ! あなたの気持ちを必ずアゲる、異色お仕事小説。

千のグラスを満たすには

遠藤彩見/著

1,620円(税込)

本の仕様

発売日:2018/11/22

読み仮名 センノグラスヲミタスニハ
装幀 梅林佳奈/装画、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 255ページ
ISBN 978-4-10-339682-6
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文芸作品
定価 1,620円

きらびやかに着飾った女性たち、たくさんのボトルと笑い声……キャバクラ・ジュビリーは、華やかな表舞台。でもその裏では、ドライバーやヘアメイク、黒服、店長、そしてキャストたちが、日夜奮闘しているんです。楽な仕事なんてどこにもない。だけど、楽しく働くことはできるから――。一編読めば、疲れた心によく効きます。

著者プロフィール

遠藤彩見 エンドウ・サエミ

東京都生れ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』などがある。

書評

カラの心を満たすもの

鈴木涼美

 世界中どこを見渡しても日本ほど色恋やセックスをお金で売り買いしている国はない。歓楽街だけではなくどんな街にもキャバクラや風俗が存在し、キャバクラ嬢をモデルにしたファッション誌が人気を博す。キャバ嬢やAV嬢のSNSを女性ファンがフォローし、人気のキャバ嬢ともなればタレント顔負けの頻度でメディアに登場する。お店を仕切る女性を母を意味するママなんていう名で親しみを込めて呼ぶ。
 そうやって作られた女性たちが自分自身を売る場所には当然、人間関係が生まれ、文化が生まれ、彼女たちを盛り上げるいくつかの仕事が生まれ、そして日常が生まれる。キャバクラが堕落していく先にあるものだった時代でも、十代の女の子たちの憧れの視線の先にある時代でも、それはあまり変わらない。彼女ら、彼らにとってそこは仕事の場であり、続いていく日常の舞台である。
 この作品は、そういった仕事場としてのキャバクラを、キャバクラ嬢だけではない、ドライバーやヘアメイク、店のスタッフなどの視点を交えながら描いた小説である。キャバクラを舞台にした作品は文芸や漫画、ドラマなどこれまでも少なからず作られてきたが、そういった多くの作品が映し出すのは色を売ってお金を稼ぐ女たちの悲哀やシビアな女社会でのマウンティングなど、色恋を扱う女の職場特有の側面であり、日常を生きる仕事人として、そんな職場のプレーヤーたちを捉えるものは少ない。
 夜の世界は昼の世界に比べてやや荒々しい。作中でも、企業小説には登場しないような事件はいくつか起こるし、使われる言語や仕事のルールも独特のものではある。それは世界を見渡せば稀な光景であっても、そこで働く者にとっては日常だ。自分が値付けされ、人気を保ち、その人気が落ち目を迎え、嫌な客に笑顔を向け、スタッフにお姫様扱いされ、車で自宅に送迎され、キャバ嬢同士の友人関係に気を使うことさえも、続いていく仕事と日常の一部にある。そしてお姫様扱いして仕事に燃えさせ、彼女たちの人気を管理し、機嫌をとるそちら側もまた、日常を生きている。
 極端に輝かしいイメージと極端に陰惨なイメージの両方を、これほど同じ量だけ合わせ持っている世界を日常として生きるとはどんな経験であったのか。作品を読み進むにつれて、そんな場所にいた過去の自分自身の日常も少し呼び起こされていく。色々と面倒で、客は鬱陶しくて、店長は調子の良いことばかりを言うし、先輩のキャバ嬢は無愛想で、嫌に明るいヘアメイクのお姉さんが時々鼻についていたような記憶もある。妙に楽しかったような気もするし、結構辛かったような気もする。何れにせよ、よそ者となった今の私がふらっと入っていったところで、非日常的なスリルはあっても、日常としての厚みは取り戻し得るものではないだろう。あの頃は自分の人生の舞台がそこにあった。
 事件や色恋の側面に頼らずに、他の仕事と同等の仕事場としてのキャバクラを描き切った本作は、結果としてそんな水の流れる商売の現場の特異性、他の仕事では起こり得ないことを浮かび上がらせることにも成功している。どんな売れっ子キャバ嬢にも「順番は必ず巡ってくる」と、かつてその順番を目の当たりにした元キャバ嬢が嘯く場面が好きだ。仕事の技術やキャリアがものを言う昼の世界にはない現実がそこに見える。「常に自分の価値を、数字で明確に突きつけられる」。
 人は自分の価値が経験や経歴、積み上げてきたものによって向上していくものだと信じたい。会社の年功序列システムや、学校での学年は、そんな価値の積み重ねを実感させてくれる機能としては有り難いものだ。ただ、人の価値はそんな風に建設的に決まるものではない。自分を切り売りする仕事に就いたことがあるものはそういった事実を知りやすいし、女を売る職場にいたものであれば、より残酷に突きつけられる。美や才能、そして若さがお金に変わる価値である限り、ナンバーワンとして多くの同僚やスタッフたちのグラスを満たしてきた者でも、いつまでもその日常にいられるわけではない。
 それは残酷で残念なことである。自分の価値が上がる日常を生きるのは救いがあるが、価値が下がる日常は時に耐え難い。でもだからこそ仕事場としての魅力が強く人を惹きつけるのだ。あからさまに値付けされ、自分の価値を知る、相対的に劣った箇所を付加価値によって補い、違う人間になっていく。残酷なのになぜか清々しいラストシーンに、性や愛を大量に売り買いするこの国が、買う高揚と同時に売る側の高揚によって支えられていると感じた。

(すずき・すずみ 作家)
波 2018年12月号より
単行本刊行時掲載

目次

プロローグ
ツアコン
ドライバー
ヘアセット
指名係
ナンバーワン

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