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忘れられないひと、杉村春子

川良浩和/著

1,980円(税込)

発売日:2017/06/30

  • 書籍
  • 電子書籍あり

舞台の上で誰より輝いた。でも、手紙を書く独りの時間が好きだった――。

あどけない少女から粋な芸者、狂女まで自在に演じ、90歳でなお艶やかだった天性の役者。観る者の記憶に鮮烈な像を刻みつけ、なお消えない不世出の女優を敬愛する人は、森光子、吉永小百合など数えきれない。没後20年、遺された1500通の手紙をたどり、知られざる素顔を発見、日本演劇史を変えたカリスマが再び光を放つ!

目次
序 消えない幻影
ヒロシマの夏/杉村春子の番組を作ろう/春の訃報
第一部 大女優への道
戦前――ヒロシマから東京へ
里子に出された女の子/築地小劇場へ/文学座創立/早熟の天才・森本薫/「女の一生」誕生
戦後――大輪の華
「女」を演じる楽しさ/田村秋子との再会/二度目の結婚/映画女厦、杉村春子
成瀬巳喜男「流れる」/小津安二郎「晩春」「東京物語」/黒澤明「赤ひげ」
山田洋次、杉村春子を語る/クローズアップのある舞台/文学座、ふたつの事件/「女の一生」主役交代の時
第二部 「杉村春子」を語る
齢とともに、なお美しく
芸術座「晩菊」/「女にはかなわないよ」――島田正吾/「杉村はますます可愛くなってきた」――八木柊一郎
相手役を一番多くつとめた男――北村和夫
「欲望という名の電車」のブランチ/素晴らしい生き物
美意識が引き合う――人形作家ホリ・ヒロシ
宅配便で届いた大振袖/後ろ姿――「ふるあめりかに袖はぬらさじ」/女形の色気「おさい権三」
時分の花、老木の花
最後の公演「華々しき一族」/杉村の科白と演じ方/老木の花――新藤兼人「午後の遺言状」
第三部 杉村春子の素顔――居間に遺された手紙をたずねて
若い女性の見た杉村の素顔
人生相談をした女子大生/辺境への旅の道連れ
黒柳徹子の七枚の葉書
年のはなれた友だち/文学座入りをはばんだのは誰?/命について/文野朋子さんのこと/靴屋さんを紹介します
ある女優――萩生田千津子の場合
新進女優の挫折/方言指導/大晦日の最後の電話
二人の大女優――杉村春子と森光子
夢の競演「木瓜の花」/苦しみを分かち合える唯一人のひと
もうひとつの「女の一生」――呉服屋の女将、小川ヤエ
丙午生まれの女/観客とともに歳をとる
あとがき
協力/NHK関連番組
参考文献/文学座上演台本

書誌情報

読み仮名 ワスレラレナイヒトスギムラハルコ
装幀 春内順一/写真、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 240ページ
ISBN 978-4-10-351031-4
C-CODE 0095
ジャンル 演劇・舞台、タレント本
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,584円
電子書籍 配信開始日 2017/12/01

インタビュー/対談/エッセイ

女優・杉村春子について話そう

大笹吉雄川良浩和

――私が杉村春子のドキュメンタリーを作りたい、と考え始めた年に大笹さんの『女優 杉村春子』(1995年、集英社)が刊行されました。2年足らずで杉村さんは世を去り、大笹さんの本は彼女のなまの言葉の集大成として、以来私の座右の書です。取材はかなり時間がかかったでしょうね。

「だいぶやりましたよ、起こした原稿で1000枚超えてそこから300枚削った。杉村さんはよく付き合ってくれた。あらたまって緊張もなかったです。とにかく率直になんでも話してくれて。なにしろ、最初から“わたしは私生児なんです”でしょう。あれにはびっくりしたね」

――私は杉村さんに緊張しっぱなしで、打ち解けた頃に偶然スッピンを見てしまい、恐縮しました。話を聞く前と後で、大笹さんの杉村さん像に変化は?

「まあ、さばさばした女優だとわかってましたから。『下手と一緒に芝居するのは嫌』とか言葉はキツいけど、嫌味はぜんぜんなかった。役者としてのプロ意識が見事だった。舞台とは、お客さまが足を運んでくれて初めて成立するものです。とにかくお客さまを大事に、という気持ちが徹底していたのでしょう。地方巡業や公演が決まると手紙をね、ファンの1人1人に書いてたんですよ」

――そうした人々から届いた手紙も大事にとっていました。今また演劇がブームですけど、昔はハコの大きさが違いましたよね。

「そうです。昭和30年以降しばらくは1000人を超す劇場を満杯にできる役者が居たよね、杉村さんしかり花柳章太郎しかり。劇場の隅々まで科白と演技を行きわたらせるんだから、“芝居”が違う」

――杉村春子の科白は今でも耳に残って消えません、素晴らしかったです。

「彼女は、90にして自分の歯だったんですよね。だから科白の歯切れがよかった。どんなに口跡が見事な役者でも、歯がいけなくなるとだめなんです」

――今年4月、文学座80周年祝賀会での、大笹さんのスピーチが印象的でした。本にも書かせていただきましたが、2つのことが心に残ったんです。ひとつは、舞台とは役者が主体なのだ、ということ。

「映画は監督のもので俳優は道具、でも舞台は役者のものです。それはどうしたってそうなんです。文学座は3人の高名な作家の肝煎りで生まれた劇団だけど、役者あっての舞台だと、そのことを若い役者たちには自覚してほしくて」

――もうひとつ、三島由紀夫の「喜びの琴事件」(1963年)で、杉村春子がした、あの作品を上演しない決断、それがなければ文学座はいまないとおっしゃった。

「そうです。あれに先立つ分裂騒ぎで、福田恆存とか芥川比呂志とか力の拮抗する劇作家、演出家が去った。文学座はいつも複数の作家が並び立つトロイカ体制ですよね。でも分裂後は三島が存在感を増して『トスカ』をやり、翌正月公演に『喜びの琴』で強いリーダーシップを確立するはずだった。文学座は戌井市郎はじめ闘争的ではないし、あのまま三島に従ったなら巻き込まれて、『楯の会』のように必ず滅亡したと思う。文学座が続いたのは、あのとき杉村さんが直感的に決断したからだ。本当にそう思いますよ」

――杉村春子の舞台で、一番なのは。

「『女の一生』ですね、やっぱり。森本薫は、戦争中すごい統制のなかでなお、あれを書いた。ほんとうに天才だったと思う。また、布引けいが“いやな女”でしょう」

――ええ? そうですか。思いがけないな。

「夫が嫌うのも当然の、しゃしゃり出る女。いや、もちろん男が駄目なんだけど。でも、若い頃のけいは初心で可愛いのもたしかなんです。いやな女に成っていった、成らされたんだとわかる。ヒロインのけいは、“日本の近代”のメタファなんですね。近代日本がこうならざるを得なかったということを見せていく、そこを観客は感じ取るから、あれほどに共感を得ていったんじゃないですかね。もちろん、杉村春子の自分のものにする力あっての舞台です」

――文学座にとって特別の作品だから、研究生は発表会でみんな役を割り振られてあれを演るし、いまも上演されます。でも、杉村春子じゃないと別物。

「何かスカスカすき間だらけになっちゃう、そのすき間を埋める力がないんだ」

――「牡丹燈籠」はいかがですか。

「いいよね、とくに北村和夫さんが」

――北村さんは、「あんたの『牡丹燈籠』だけはいいわ」と杉村さんに褒められた。

「そうでしょう、北村和夫にあれだけの芝居をさせたんだから」

――この本で、私は森光子さんにもお話を伺っています。

「杉村さんとの共演、嬉しかったでしょうね。ただ、大女優の競演というとき、ふしぎと脚本が良くない。残念なことに。森光子と山田五十鈴、森光子と杉村春子も、ホンが良くなかった。むしろ『華岡青洲の妻』なんかのほうが、いい舞台になるよね。劇作家が緊張してしまうのかなあ」

――舞台で幕が上がってそこに立っているだけでドキドキした、ああいう女優はもういない。杉村春子という女優はどうやって出来上がったのでしょうね。

「新劇の始まりは若い世代が中心だから主役は年齢なりの役を当てられて演じる。でも杉村さんは主役になったのは遅いんです。若い頃は脇役で老け役。築地小劇場でも築地座でも、田村秋子なんかの母親役。だから“演じる”“扮する”ということをやり続けたんだね。歌舞伎の女形のような究極の演技。杉村春子という女優は、その役者稼業のはじめから、おのずと伝統芸能に通じる経験と思考を積んでいった。それは巡りあわせでもあるし、運とも言えるんじゃないでしょうか」

(おおざさ・よしお 演劇評論家)
(かわら・ひろかず 聞き手・著者)
波 2017年7月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

川良浩和

カワラ・ヒロカズ

1947年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学第一文学部卒。「NHKスペシャル」など二百本に及ぶ報道ドキュメンタリーを制作。新聞協会賞、文化庁芸術祭賞、放送文化基金賞など受賞番組多数。2017年6月現在、ノンフィクション作家、プロデューサー、ドキュメンタリー塾川良組監督。日本エッセイスト・クラブ会員。著書に『千年のうたかた』、『闘うドキュメンタリー』、『我々はどこへ行くのか』ほか。

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