トモスイ
1,540円(税込)
発売日:2011/01/31
- 書籍
- 電子書籍あり
夜の海で釣り上げた、貝のむき身みたいなもの。突起をそっと吸ってみると、とろりと甘い。
タイ訪問を機に執筆され、選考委員に絶賛された川端賞受賞作「トモスイ」ほか、アジア十カ国との交流から生まれた十篇を収める。台湾の小さな島から上海の路地裏へ、そしてモンゴルの荒野、インドネシアの密林まで。それぞれの土地に息づく瑞々しい匂いとやるせない思いを吸い込み、記憶の中の熱をはこぶ、アジアの物語たち。
目次
トモスイ
四時五分の天気図
天の穴
どしゃぶり麻玲
唐辛子姉妹
投
モンゴリアン飛行
ジャスミンホテル
ニーム
芳香(ハルム)日記
四時五分の天気図
天の穴
どしゃぶり麻玲
唐辛子姉妹
投
モンゴリアン飛行
ジャスミンホテル
ニーム
芳香(ハルム)日記
あとがき
書誌情報
読み仮名 | トモスイ |
---|---|
雑誌から生まれた本 | 新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-351608-8 |
C-CODE | 0093 |
ジャンル | 文芸作品、文学賞受賞作家 |
定価 | 1,540円 |
電子書籍 価格 | 1,232円 |
電子書籍 配信開始日 | 2011/07/15 |
書評
波 2011年2月号より 世界が、言葉に浸っていく
この本は不思議な短篇集だ。というと、ファンタジックなものを想像してしまいそうだが、そうではなく、本当に不思議が起こる本なのだ。安全な場所から眺める「不思議」ではない、読者の足元をぐにゃりと溶かしてしまうような感触。今までくっきりと世界を構築していたものたちが、どんどん水彩画のようにぼやけて、心地よい不思議が読者の住む世界に溶けていく。
この十篇の短篇は、「SIA=Soaked in Asia(アジアに浸る)」というプロジェクトの中で制作されたものだ。作者の高樹のぶ子氏は、五年にわたってアジアの国々をめぐり、文学者を訪ねて作品を日本に紹介し、作品周辺の情報を発信した。そして自らの五感でアジアを体感すると同時に、この十篇の短篇を書いた。プロジェクトの名称をちゃんと知ったのは読み終えたあとだったので、その中に「浸る」という言葉があったことに驚いた。私はこの短篇集を読みながら、まさにその感覚を得ていた。
たとえば、水。「四時五分の天気図」の、大きな命の渦に自分も巻き込まれていくような海の感触。「天の穴」で全身を濡らす、空からぶつかってくる激しい雨。この作品では、大きな自然の穴が、不思議な出来事へのトンネルでもある。主人公の豊子がある台風の日に出会った奇妙に大人びた口調の少年は、「台風の目」を探している。彼によると、その「目」からは何かが落ちてくるという。そして二人は、本当に目を見つけ、その中へ入っていく。
また、私は、空気にも浸った。「ニーム」という短篇ではインドの空気が本当に再生される。言葉によって空気がたちあがり、読み手の肌の周りを実際に空間にして覆いつくしてしまう。私はその中をさまよう。冒頭で書かれた、「旅のお土産で一番大きなもの」とはこのことだったのではないか、とすら思う。手には、「ニーム」という言葉をぎゅっと握っている。その言葉は何か特別な呪文のように思えて、「ニーム」という文字を見るたび、目玉がしんとした。「ニーム」は、最後、ぽん、っとインドに放られてしまう。あっと思うときには、それは世界に溶けている。世界がまた、少しだけ柔らかくねじれる。
何に浸ったのか、言葉では説明できないようなものもある。「トモスイ」で、私は確かに何かに全身で浸り、全身にそれらが染み込んでくるのを感じた。だがそれが何なのか、うまく説明することができない。主人公はユヒラさんという、どこか女性らしさが漂う男性と夜釣りに出る。そこで、「トモスイ」という、魚でも海藻でもない、赤ん坊ほどの大きさの、貝の剥き身のようなものを釣り上げる。
私とユヒラさんは、二人でその不思議なものを吸う。突起物と穴がある、柔らかい物体。まるで男でも女でもある存在のようなそれを、私も一緒になって吸っている。確かにさっきまで世界にあったはずの何かが、トモスイの食感と一緒に溶けていくのを感じながら。
気がつくと、五感をフルに活用して没頭していた。「天の穴」ではマンゴーの匂いを必死に嗅ぎ、「どしゃぶり麻玲」では、麻玲の濡れた髪や睫毛を必死に見つめた。「トモスイ」では、その不思議な食感を、舌で追い求めた。この短篇集の中に散らばっている不思議は、物語の中に閉じ込められてなどいないのだ。こんなことを起こしているのは「言葉」なのだ。気がつくと私の五感は現実を離れ、短篇を紡ぐ言葉たちのものになっていた。その言葉が特別な魔力を持ったものだと気付いたときには、もう、世界はその力で優しくねじれている。そして、私は正しい柔らかさを取り戻した世界の中にいる。圧倒的な力を持っているのに、この短篇集の魔法は心地よくて、そのことを忘れてしまいそうになる。本当に恐ろしいのは、この柔らかいねじれの正しさをずっと私に忘れさせていた現実世界のほうではないかと思いながら、この言葉に浸り、いつまでも漂っている。
この十篇の短篇は、「SIA=Soaked in Asia(アジアに浸る)」というプロジェクトの中で制作されたものだ。作者の高樹のぶ子氏は、五年にわたってアジアの国々をめぐり、文学者を訪ねて作品を日本に紹介し、作品周辺の情報を発信した。そして自らの五感でアジアを体感すると同時に、この十篇の短篇を書いた。プロジェクトの名称をちゃんと知ったのは読み終えたあとだったので、その中に「浸る」という言葉があったことに驚いた。私はこの短篇集を読みながら、まさにその感覚を得ていた。
たとえば、水。「四時五分の天気図」の、大きな命の渦に自分も巻き込まれていくような海の感触。「天の穴」で全身を濡らす、空からぶつかってくる激しい雨。この作品では、大きな自然の穴が、不思議な出来事へのトンネルでもある。主人公の豊子がある台風の日に出会った奇妙に大人びた口調の少年は、「台風の目」を探している。彼によると、その「目」からは何かが落ちてくるという。そして二人は、本当に目を見つけ、その中へ入っていく。
また、私は、空気にも浸った。「ニーム」という短篇ではインドの空気が本当に再生される。言葉によって空気がたちあがり、読み手の肌の周りを実際に空間にして覆いつくしてしまう。私はその中をさまよう。冒頭で書かれた、「旅のお土産で一番大きなもの」とはこのことだったのではないか、とすら思う。手には、「ニーム」という言葉をぎゅっと握っている。その言葉は何か特別な呪文のように思えて、「ニーム」という文字を見るたび、目玉がしんとした。「ニーム」は、最後、ぽん、っとインドに放られてしまう。あっと思うときには、それは世界に溶けている。世界がまた、少しだけ柔らかくねじれる。
何に浸ったのか、言葉では説明できないようなものもある。「トモスイ」で、私は確かに何かに全身で浸り、全身にそれらが染み込んでくるのを感じた。だがそれが何なのか、うまく説明することができない。主人公はユヒラさんという、どこか女性らしさが漂う男性と夜釣りに出る。そこで、「トモスイ」という、魚でも海藻でもない、赤ん坊ほどの大きさの、貝の剥き身のようなものを釣り上げる。
私とユヒラさんは、二人でその不思議なものを吸う。突起物と穴がある、柔らかい物体。まるで男でも女でもある存在のようなそれを、私も一緒になって吸っている。確かにさっきまで世界にあったはずの何かが、トモスイの食感と一緒に溶けていくのを感じながら。
気がつくと、五感をフルに活用して没頭していた。「天の穴」ではマンゴーの匂いを必死に嗅ぎ、「どしゃぶり麻玲」では、麻玲の濡れた髪や睫毛を必死に見つめた。「トモスイ」では、その不思議な食感を、舌で追い求めた。この短篇集の中に散らばっている不思議は、物語の中に閉じ込められてなどいないのだ。こんなことを起こしているのは「言葉」なのだ。気がつくと私の五感は現実を離れ、短篇を紡ぐ言葉たちのものになっていた。その言葉が特別な魔力を持ったものだと気付いたときには、もう、世界はその力で優しくねじれている。そして、私は正しい柔らかさを取り戻した世界の中にいる。圧倒的な力を持っているのに、この短篇集の魔法は心地よくて、そのことを忘れてしまいそうになる。本当に恐ろしいのは、この柔らかいねじれの正しさをずっと私に忘れさせていた現実世界のほうではないかと思いながら、この言葉に浸り、いつまでも漂っている。
(むらた・さやか 作家)
著者プロフィール
高樹のぶ子
タカギ・ノブコ
1946(昭和21)年、山口県生れ。東京女子大学短大卒。1984年「光抱く友よ」で芥川賞、1995(平成7)年『水脈』で女流文学賞、1999年『透光の樹』で谷崎潤一郎賞、2006年『HOKKAI』で芸術選奨文部科学大臣賞、2010年「トモスイ」で川端康成文学賞、2017年日本芸術院賞、2020(令和2)年『小説伊勢物語 業平』で泉鏡花文学賞、2021年同作で毎日芸術賞を受賞。2009年紫綬褒章、2017年旭日小綬章を受章。2018年文化功労者に。他に『百年の預言』『fantasia』『マルセル』『ほとほと 歳時記ものがたり』など著書多数。
判型違い(文庫)
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