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長崎出島かれいどすこうぷ

永井紗耶子/著

2,200円(税込)

発売日:2026/09/30

  • 書籍
  • 電子書籍あり

幕府の許可なくば出入りのできない〈孤島〉に隠され続けた、禁忌と悲願とは。

光太は念願の内通詞となり、謎の言葉を遺し出島で逝った母の死の真相を探ろうと試みる。しかし奉公先の若旦那や内通詞の先輩はいい顔をせず、知り合った遊女やオランダ商館の使用人も何かを隠しているようで……。唯一無二の流儀を持つ土地から放たれる妖しい力が謎解きの愉しみを倍加する、傑作時代エンタテインメント!

目次

序
第一章 出島の香り
第二章 遊女の簪
第三章 夕焼けの祈り
第四章 ビオーの響き
第五章 無花果の坂
第六章 鸚鵡の翼
終

書誌情報

読み仮名 ナガサキデジマカレイドスコウプ
装幀 村田涼平/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-352024-5
C-CODE 0093
定価 2,200円
電子書籍 価格 2,200円
電子書籍 配信開始日 2026/09/30

書評

「はずれ者」への慈しみ

垣根涼介

 私が永井さんの小説を初めて手にしたのは、三年前のことだ。
 その当時の私の新刊と永井さんの小説が、さる文学賞の候補になったからだ。
 で、永井さんの本を読ませて頂いた。その『木挽町のあだ討ち』を三分の一ほど読み進んだところで、
「ヤバっ。これ、おもろ」
 とつい声が出てしまった。ミステリー要素のある構成の巧みさもさることながら、作者の筆の乗りが尋常ではない。特に「衣装方のほたる」が語る善悪の彼岸や、「狂言戯作の金治」が独白する、人が生きることへの本質的な無意味さや虚しさには、ただならぬグルーヴ感が漂っていた。
 私が何故に小説を読むかと言えば、このような「外れ値」の感覚を味わいたくて読む。それは小説という表現形式でこそ、最も強く表せるものだと感じる。理詰めで生き方を思索したいのであれば、哲学や思想書を読めばいい。この現代資本主義社会でより実利的に生きたければ、銭と投資の本質を説いた経済学の本を読めば、少なくとも実践知識としてはほぼ事足りる。
 けれど、それでも人は満たされない。正しい答えだけでは満足できない。ついて行けない。その満ち足りない心のために、小説という表現媒体の娯楽の本質はあると個人的には考える。
 本書『長崎出島かれいどすこうぷ』にも、この人の世の「外れ値」の宿命を持った人々が数多く登場する。それぞれに己の抱える「はぐれた」感覚に悩み、苦しみ、あるいは諦観の念を抱えながら生きている。
 舞台は江戸時代後期の、長崎の出島の話だ。
 主人公の光太は、異人相手の遊女の子として育った。ただし、実父は異人ではなく、奉行所の通詞であった。その父は光太がほんの子供の頃に行方不明になり、さらにはその後、母も誰かの手によって殺された。孤児になった光太の親代わりとなったのは、井福屋の勘助である。
 井福屋で育った光太は、両親の謎を探るために内通詞になった。内通詞とは(母が殺された)出島に出入りを許されている、商いのための蘭語の通訳のことである。この仕事を通じて、母の死と行方不明になった父の真相を知ろうとする。
 そして出島で仕事をするうちに知り合っていく者たちも、一癖二癖ある「はずれ者」ばかりだ。オランダ商館でいつも吞んだくれている中年の才次郎、オランダ人と日本人遊女の間に生まれ、自らも異人相手の遊女となった琴音(彼女もまた、両親をほぼ知らない)、そして商船の乗組員で、その実はオランダ人たちの奴隷であるバタビア(現在のインドネシア)人のリコ。彼らもまた、それぞれが心に傷を負っている。人には言えぬ秘密を抱えて生きている。そして彼らの持つ秘密が、話が進むにつれて光太の両親の謎に絡み始める。その意味では、柔らかい謎解きの要素を本作も持つ。
 だが、私はその話の間に漂っているそれぞれの登場人物の感覚のほうに、むしろ惹かれる。
 例えば才次郎は光太にこう言う。
「ここ(出島)は、間(あわい)ばい。内と外の間。異国との付き合いは、(その時々の)お上の都合で法も変わる。(中略)その一つ一つに振り回されていては、異国とお上の間で潰される。だからゆらりゆらりと身を躱すしかない。善と悪の間も曖昧さ……」
 オランダ人奴隷のリコもまた、こう考える。
(奴隷が)明日、来月、来年、いや十年先まで生き残るためには、切り捨てるには惜しいと思われなければならない。他の水夫たちの目を盗むように、字を学び、数を覚え、楽器を覚え、(中略)オランダ人の商人たちから重宝されるようになった。
 その上で光太に告げる。
「そうして、(自分の)今があるんだ」
 一見は清く正しく生きているように見える勘助でさえ、荒み切った琴音の母を阿片臭のする貧民窟で見つけた時、こう光太に語る。
「お前の目には、ここにおる連中が化け物んごと見えるかもしれん。ばってん、ここにおっとは同じ、人さ。金に、欲に、目が眩んだだけ……そしてこんな所に澱んで溜まるとさ」
 勘助は通りを行き交う入墨者や無宿者、安女郎を見ながら、さらに言葉を付け足す。
「間違えるな、光太。おいたちは正しいから咎めがないんやない。上手くやっとうだけたい」
 こうした言葉の意味合いも、光太の両親の謎の本質に深く関わってくる。
 そして本作にもまた、弱き者、生きづらき者への慈しみの心が随所に滲み出ていた。繰り返すが、人は正しさだけでは生きられない。そしてこの優しい視点こそが、永井さんの書く物語の魅力なのだろうと感じる。
 ちなみに三年前は永井さんも、そして私も、目出度く受賞の運びとなりました(笑)。

(かきね・りょうすけ 作家)

波 2026年10月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

永井紗耶子

ナガイ・サヤコ

1977年、神奈川県出身。慶應義塾大学文学部卒。新聞記者を経て、フリーランスライターとなり、新聞、雑誌などで幅広く活躍。2010年、『絡繰り心中』で小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。2020年に刊行した『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』は、細谷正充賞と、本屋が選ぶ時代小説大賞、2021年、新田次郎文学賞を受賞した。2023年、『木挽町のあだ討ち』で山本周五郎賞、直木賞を受賞。他の著書に『大奥づとめ よろずおつとめ申し候』『女人入眼』『きらん風月』『秘仏の扉』『青青といく』『めぐる糸 明治浪漫霊異譚』などがある。

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