
この平坦な道を僕はまっすぐ歩けない
1,430円(税込)
発売日:2024/07/31
- 書籍
- 電子書籍あり
とうとう僕の人生に事件が!? 30代・独身・一人暮らしの日常が向かう先は。
外食、旅行、趣味を謳歌しまくり、仕事の失敗や思いつきの行動に少し反省、たまに幼い頃の思い出にほろ苦い気持ちになる、誰もが経験しうる毎日。しかし、そんな平々凡々とした生活に、終止符が打たれるときがついに来た!? たわいないこの世界に思いもよらない角度から殴り込みをかける、待望の最新エッセイ集。
「許す」をテーマに生活してみたら
ナタデココだけは絶対に持っていく
初めてのサイン会に行ってみた
高校生の僕と加藤と“もえたん”
墓場から侵入する蟻との闘い
歯医者をハシゴする
行きつけの美容室で違和感を積み重ねる
自転車をめぐる僕の冒険
異常なゲームにハマり続けている
マンションの隣人は選べない
遅刻時の完璧な過ごしかた
いまのところ続いている趣味について
欲望に素直過ぎる同期に振り回される
ハードな鍼治療からの生還
『オペラ座の怪人』の怪人にあきれてしまう
プラネタリウムで味わう特別な感覚
旅行前夜の悲劇に打ち勝つ
思いつきで函館に行こうとしたら、失敗した
脳がクラッシュする、謎のパーティに呼ばれた
あの時見た三島へ、ついに足を踏み入れる
憧れの監督の最新映画を観て考察したこと
ドライヘッドスパの存在意義に触れる
20年前に友達に借りたゲームソフトで遊びたい
書誌情報
読み仮名 | コノヘイタンナミチヲボクハマッスグアルケナイ |
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装幀 | 青木登(新潮社写真部)/写真、あらかわ遊園/撮影協力、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-352883-8 |
C-CODE | 0095 |
ジャンル | 文学・評論、ノンフィクション |
定価 | 1,430円 |
電子書籍 価格 | 1,430円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/07/31 |
書評
再現性と希望がある
『僕の人生には事件が起きない』は岩井さんファンの妻が持っていましたが、僕は読んでませんでした。会社を辞めてふらふらと生き方を模索していた時期、ニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』が腑に落ちて、もう人生に本はいらない、と陶酔し、読む習慣はほぼなくなっていたんです。エッセイって役に立ちそうなイメージがないから特に避けていたのですが、『この平坦な道を僕はまっすぐ歩けない』は、久しぶりでも読みやすかったです。
書評を担うにあたり、ひとまず全編を貫く強いコンセプト的なものを探ろうとしたところ、うまくいきませんでした。酷い人生を前向きに描こうとか、俗物たちの中にも確かに存在する愛を掘り起こそうとか、そういうわかりやすく一貫したものはなく、「日常で気になったこと」といったふわっとした縛りのもと一篇一篇ちがったテイストで書かれているように感じ、感想を大掴みにするのは難しかったです。もしや「岩井さんってこうだよね」と大掴みにされるのを嫌ってフェイントをかけているのでは、という印象すら持ちました。だとしたら狙いは見事に達成されています。途中で何度もまかれたような気持ちになりました。ともかく、全編面白く読めたのは、まず伝えたいです。
一番笑ったのはドライヘッドスパの話。出来事の面白さと岩井さんの表現の面白さ、どちらも際立っている。特に三点リーダ(……)を連発するのがめっちゃ好きで。店員が「……」で話し続ける雰囲気が、なんで可笑しいのかわからないけれど、とても好みでした。「……」の面白さはプラネタリウムの話にもあって、プラネタリウムを観たあとのふわふわした気分を引きずりながら辛辣なことを言っているところとか、細かい部分で笑いにこだわって書かれていることも、すごく伝わってきました。
僕は学生の頃、趣味と言えるくらいお笑いに触れていました。芸人さんには憧れたけど自分には適性がないと感じ、その道に進むのは早々とあきらめ、目だけ肥えました。そういう人間にありがちな、笑いへのやたら厳しい目をもってしても、このエッセイにはちゃんと笑わせられました。ぱっと見ありふれた文体なのもあり、「まあ、岩井さんのファン向けに、お笑いとは別サイドの岩井勇気も見せていこう的な?」と、なめてかかったのもあったかもしれません。でも、油断しちゃいけなかった。まあ、笑ったらいいんですけど。
ドライヘッドスパの話は妻にも読んでもらいましたが、やっぱり笑っていて、そのあと、「あなたのエッセイを読んでいるみたい」と言われました。実は、岩井さんにとっては全然嬉しくないことと承知で言いますが、似ているのでは、と自分でも思うところがあって。身内以外の他人をかなりドライな筆致で描写するところとか。熱を入れて書き込むところとあっさり流すところのギャップとか。
それで、ちょっと唐突なんですが、僕も何か書きたいなと強烈に感じました。実はゲラをいただいたとき、岩井さんのエッセイが目の前にあるのが、なんだかすごく嬉しかったんです。単なるミーハー的な嬉しさもありつつ、それとは別の高揚感もあって。これまで岩井さんのメディア露出をちょいちょい見聞きしてきたことで、本の中身を読むまでもなくなんとなく共鳴する予感があったからだと思うのですが、岩井さんのエッセイの存在感から、未来かパラレルワールドの僕が書いたエッセイを連想して興奮しちゃったんです。僕もこういうの書いてそうじゃん、と。おおげさに言えば、希望を感じたんだと思います。
ほかの人の文章で、こんなふうに希望を感じたことはありません。どれだけ面白くても、あくまでその人の特殊な経験でしかない気がして。岩井さんのエッセイは、タイトルからも察せられるように、出来事自体はわりと誰にでも起こりそうなことだらけです。だから、自分の中での再現性を感じたのかもしれません。僕に限らず、センセーショナルではない日常を生きる多くの人にとって、ある種の手本になり得るんじゃないですかね。そうか、歯医者のあの感じって、こうやって面白がればいいのか、みたいな。
とはいえ、エッセイ風なことを思うこととエッセイを書くこととの間には大きな隔たりがあります。それだけ「書く」って偉大なことです。ありふれた出来事は、そのままリプレイしてもつまらないけれど、適切な書き手が適切な解像度で切り抜けば読み物として輝く。たぶん岩井さんの人生に事件が起きないのは、岩井さんに事件は必要ないからじゃないか、良い書き手の人生に事件は要らないんだ、とつくづく思う。書くことのひとつの達成の中に、大事件のない平穏な日常があるのは本当に希望です。
余談ですが、三島という土地が二回も出てくるのが個人的に嬉しかったです。会社員の頃に三年ほど住んでいたことがあったので。一回目は美化されていて大丈夫かなと思いましたが、二回目で落とされていて安心しました(笑)。
(れんたるなんもしないひと)
波 2024年8月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
岩井勇気
イワイ・ユウキ
1986年埼玉県生まれ。幼稚園からの幼馴染だった澤部佑と「ハライチ」を結成、2006年にデビュー。すぐに注目を浴びる。ボケ担当でネタも作っている。アニメと猫が大好き。特技はピアノ。ベストセラーになったエッセイ集『僕の人生には事件が起きない』、『どうやら僕の日常生活はまちがっている』に続き、『この平坦な道を僕はまっすぐ歩けない』は3冊目の著書になる。