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約束の果て―黒と紫の国―

高丘哲次/著

1,760円(税込)

発売日:2020/03/25

書誌情報

読み仮名 ヤクソクノハテクロトムラサキノクニ
装幀 九島優/装画、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 302ページ
ISBN 978-4-10-353211-8
C-CODE 0093
定価 1,760円

「悲劇」を超克する鍵は二冊の書物(フィクション)――。溢れる詩情と弩級の想像力で綴られた、圧巻のデビュー作。

父が託した二つの遺物。偽史と小説、大国・伍州(ごしゅう)で長らく虚構とされた二書には伝説の国、壙(こう)とジ南を巡る、ある悲劇が記されていた。書に導かれるがまま、約束の地を訪れた「私」が見た光景とは。そして二つの虚構が交わる時、世界の果てに絢爛たる真実が顕れる。5000と70年の時を繋ぐ、空前絶後のボーイ・ミーツ・ガール。

  • 受賞
    第3回 日本ファンタジーノベル大賞 2019
目次
第一章 旅立ちの諸相
第二章 壙国の都
第三章 伍州の境界
第四章 目前
最終章 黒と紫

書評

前代未聞の偽史ファンタジー

大森望

 1989年にスタートした日本ファンタジーノベル大賞の第一回受賞作は、酒見賢一の名作『後宮小説』。それから三十年余の歳月を経て、ふたたび中国風の架空歴史を題材にした、独創的なデビュー長編が登場した。「日本ファンタジーノベル大賞2019」を受賞した高丘哲次『約束の果て―黒と紫の国―』(応募時タイトル「黒よりも濃い紫の国」)である。
 小説の背景は、伍州と呼ばれる(中国っぽい)架空の大国が存在する世界。その伍州の南端に位置する三石県で、矢を象った青銅の装身具が発掘されたことから物語が動きはじめる。その装身具には、「こう国のバ九なる人物が、ジ南国の瑤花にこの矢を贈りたい」という意味の銘文が刻まれていた。だが、伍州の史書には、どちらの国もまったく出てこない。もしやこれは、歴史的な大発見ではないか? そう勢い込んだ伍州科学院考古学研究所の所長から調査を命じられた考古学研究者の梁斉河りょうせいかは、研究所の付属図書館に二カ月籠もり、ついに壙とジ南の二国が出てくる二つの文献を発見する。すなわち、通俗的な読本として流通した(一種の小説とも言うべき)『南朱列国演義』と、偽史もしくは奇書と見なされている『歴世神王拾記』。交互に引用されるこの二つの(架空の)文献の中身が『約束の果て―黒と紫の国―』の大部分を占める。
 外枠にあたる現代パートの語り手である田辺尚文は、梁斉河の息子から、青銅の矢と二つの文献を託された田辺幸宏の息子。父親の死後、それらを受け継いだ尚文は、父の遺言を果たすため、伍州に渡ることになる。
 小説の冒頭には、“長い旅だった。/距離のことではない。/私たちが歩んだ道のりは、わずか五メートルを埋めるためだった。たったそれだけのために、五千と七十年の月日が過ぎ去った”と記されている。尚文のこの独白はいったい何を意味するのか――という謎をフックにしつつ、二つの文献からの抜粋が記される。
『南朱列国演義』は、伍州を統べる壙王・バ帝の第四三二〇一王子・真气しんきが、祭祀をおこなうため、はるか南のジ南国に赴くところから始まる。大きな冕冠べんかんをかぶり、目を隠した王子を迎えたのは、ジ南国の第一王女と名乗る天衣無縫な童女・瑤花。こちらのパートは、この二人の交流が中心になる。
『歴世神王拾記』のほうでは、伍州全土を征服した王の中の王・バ帝の来歴が、痩身矮躯の少年・バ九と、不思議な童女・瑤花の出会いから語り起こされる。
 この二組のボーイ・ミーツ・ガールがどこでどう合流するかが焦点だが、物語としての読みどころは、想像力の限りをつくした壙国の成立事情と、さらにそれを上回るスケールで語られる壙国とジ南国の決戦にある。クライマックスでは、SF的なアイデアとファンタジー的な奇想が炸裂。さらに本格ミステリ的な仕掛けまで鮮やかに決まり、唖然茫然、開いた口がふさがらない。まさか、アレがそういう伏線だったとは! 前代未聞大胆不敵驚天動地、こんな歴史ファンタジー、いまだかつて読んだことがない。
 選考委員の恩田陸は、選評で、“偽史と小説の、堂々たる、それでいて飄々としたおかしみのある語りっぷりは大したものである。その語りが寓話性、神話性を帯びているところも魅力的だ”と書いているが、まさにそのとおり。いかにもありそうな中国風の歴史物語と偽史の体裁をとりながら、少しずつ奇妙な(ありえない)要素を増やし、大陸的な大らかさですべてを包み込んで、ゆっくりと全体像を浮かび上がらせてゆく語り口は抜群にうまい。
 それと反対に、枠物語の効果と現代パートの語りについては、三人の選考委員(あとの二人は、萩尾望都森見登美彦)がそろって厳しく注文をつけているが、小説新潮に掲載された応募原稿バージョンとくらべてみると、問題の外枠部分については単行本化に際して全面的に改稿されたらしく、間然するところのない仕上がりになっている。
 語りたいことはいろいろあるが、これ以上はなにを書いてもネタバレになりそうなので、ぜひ実物を読んで仰天してほしい。綺羅星のごとき日本ファンタジーノベル大賞受賞作群の中でも、きわめつきに新鮮かつユニークな読書体験を保証する。

(おおもり・のぞみ 書評家)
波 2020年4月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

留守番電話

高丘哲次

 妻が癌であるという診断を受けたのは、2018年9月24日のことだった。
 不妊治療のためレディースクリニックで検査を受けた際、腹部に大きな腫瘍が見つかったのだ。同席していた私は、医師の口から出たあまりに予想外な言葉に、質問ひとつ返すことも出来なかった。
 医師は簡潔に説明を済ませると、その場で自宅近くの総合病院に連絡を入れてくれ、精密検査の日取りが決まった。
 診察室を出た直後に妻が、
「私もがん保険にはいってたかな?」と小声で訊いてきたことを覚えている。
 精密検査の日、妻はひとりで病院へと向かった。
 私は、いつものように出勤した。翌日に出る検査結果を聞くため休暇を申請し、予定されていた打ち合わせを先延ばしにした。さも忙しそうにスケジュール帳をめくる同僚の手付きが目について、むしょうに腹がたった。
 夕方、携帯電話に妻からのメッセージが届いた。
「会計が混んでいてしばらくかかりそうだから、お弁当を買って帰るね」
 私は、何と返信して良いか分からず、
「早めに帰るよ」とだけ伝えた。
 その日の夜、寝床につくと常夜灯にぼんやりと照らされた平板な天井が、やけに近く感じた。手を伸ばせば、指先で簡単に突き破れそうなほどに。何も無い空間を探っていると、いつの間にか朝になっていた。
 頭に鈍い痛みを抱え、妻と二人で病院へと向かった。
 診察室に入ると、若い医師がじっとモニターを見つめていた。私達の方へ視線を移すなり、前置きもなくさらりと言った。
「癌ではないようですね」
 腫瘍は大きいが悪性ではないため、手術はせずに経過を観察してゆけば良いとのことだった。ほっとしたのと同時に、強烈な眠気が襲ってきた。
 だが、認められていた休暇は午前中だけだったので、会計を待つ妻を残して病院を後にした。
 そして、下り電車を待つ駅のホームでのこと。
 携帯電話が鳴った。
 上着のポケットから取り出すと、画面に表示されていたのは見知らぬ番号だった。直感的に、病院からだと思った。妻と一緒だったので、その場では本当の診断結果を伝えることが出来なかったのだと。
 私はコールが止まるまで携帯電話を握りしめ、心が落ち着くのを待ってから、留守番電話を再生した。
 録音されていたのは、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補に残ったことを知らせる内容だった。
 このような実体験を紹介したのは、事実は小説よりも奇なり、という常套句を導きたいからではない。実際、この年は最終候補止まりだった。小話としてなら、もう少し強いオチが欲しいところである。
 ただ、この経験がなければ、私は小説家になることが出来なかったと思っている。妻が癌と診断されてからの数日間で、現実は異なった姿を見せるようになり、ひいては創作への取り組み方も変わった。
 人生とは、もとより奇妙なものなのだろう。誰しもが、理不尽とも思える消息盈虚しょうそくえいきょに翻弄され、それでも日々を積み重ねている。私たちが辿る道には、好むと好まざるとに関わらず、驚きが満ちている。
 ならば、旅の友である小説はどうあるべきか。
 少しくらい風変わりな物語では、きっと無聊をなぐさめる役にも立ちはしない。自分だけの特別な物語を胸に秘めながら、当たり前の日常を生きる人たちの心を動かすためには、いかなる小説を届ければ良いのか。
 結局のところ正解など無いのだと思いますが、そのことを自分なりに考え抜いた末に書き上げたのが、日本ファンタジーノベル大賞2019受賞作の『約束の果て―黒と紫の国―』という小説です。ぜひ、書店でお手にとっていただければ幸いです。

(たかおか・てつじ 作家)
波 2020年4月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

高丘哲次

タカオカ・テツジ

北海道函館市生まれ。国際基督教大学教養学部人文科学科卒業。同大学院博士前期課程比較文化研究科修了。2019年10月、「約束の果て 黒と紫の国」で日本ファンタジーノベル大賞2019を受賞。

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