ホーム > 書籍詳細:三島由紀夫事件 50年目の証言―警察と自衛隊は何を知っていたか―

三島由紀夫事件 50年目の証言―警察と自衛隊は何を知っていたか―

西法太郎/著

1,980円(税込)

発売日:2020/09/18

  • 書籍
  • 電子書籍あり

昭和45年11月25日――自衛隊市ヶ谷駐屯地で何が起こっていたのか?

公安は察知していたのか? 生き残った楯の会隊員たちは何を語ったのか? ノーベル文学賞有力候補の45歳の作家は、なぜ死ななければならなかったのか? 非公開だった裁判資料や膨大な証言資料の探索と、元自衛隊幹部や元警視庁警備課長・佐々淳行氏ら関係者への取材から、半世紀を経て今なお深い謎に迫る。

目次
「三島事件」に立ち会った私 徳岡孝夫
はじめに
第一章「楯の会」に籠められたもの
三島由紀夫と昭和の時代
天皇臨席の真偽/楯の会結成、自死への道
祖国防衛隊としての楯の会
集団こそは“同苦”の概念/つねにStand byの軍隊/入会・訓練/組織・規約・三原則/楯の会隊員手帳/楯の会は天皇の御楯/楯の会の資金/楯の会に入った同志を除名処分した民族派/間接侵略を強く危惧/学生諸君と共に、毎日駈け回り、歩き、息を切らし、あるいは落伍した
警察と自衛隊
治安出動への緊迫した事態/自衛隊を「国土防衛軍」と「国連警察予備軍」に分離/治安出動はクーデターになりうる/敵は本能寺にあり/僕はいまだに憲法改正論者/晩年遷移した憲法論/天皇は「一般意志」の象徴
自衛隊との接点
「影の軍隊」の機関長――平城弘通/山本舜勝/三島との出会い/七〇年安保のときの自衛隊は治安出動する準備をものすごくやっていた/警察が全滅するような状況になったら、そのときは我々の屍を乗り越えて治安出動していただきたいという覚悟である
警察との唯一の絆――佐々淳行(一)
沈黙を破る/おなじ東京山の手育ち/姉・紀平悌子と三島の交際/私、美津子の“代用品”かしら/『豊饒の海』に協力/香港での三島との密会/民兵問題 彼もふみ切る/安田講堂事件の修羅場/一〇・二一国際反戦デーで潰えたスキーム/楯の会の一味、徒党と見ていた/楯の会の隊員で国会を占拠し、憲法を改正したらどうか/経過ならびに事前の行動/決起の具体化/ある批評家の慧眼
第二章「市ヶ谷」に果てたもの
惨劇の刻
一陣の木枯し/死ぬることが三島の窮極の目的だった/『わが同志観』――非情の連帯/自衛隊市ヶ谷駐屯地一号館二階/「要求書」/総監室での攻防/一気に騒然となった世情/バルコニーからの演説/三島由紀夫と森田必勝の最期/三島の最期の言葉/解剖所見・傷害状況
カメラは見ていた――佐々淳行(二)
ただちに現場に急行/血を吸いこんだ赤絨毯/蒼白の益田総監/秘められた最後の写真/三島展と三島書誌の不思議
“変言自在”の人――中曾根康弘
警察出動を指示/三島との濃密な交流/三島と中曾根の暗闘/真相を知る唯一の生存者も逝った/「檄」の謎/自衛隊蔑視論である
益田兼利東部方面総監の法廷証言
韜晦の裏の苦衷/マニヤックな裁判長/帝国陸軍と自衛隊/自衛隊の統帥権/戦前の軍法会議/上官の命令/古賀浩靖と総監の論戦
“憂国三銃士”の上申書
三人の自筆の上申書/小川正洋(日本の改革を願うなら、まず自ら行動することである)/小賀正義(当然あるべき自衛力さえも否定している現行憲法が存在することこそ「悪」)/古賀浩靖(一連の欺瞞・虚偽のうえに、戦後の社会は上積みされてきた)
森田必勝の夢
先生のためには、自分はいつでも命を捨てます/民族運動の起爆剤を志向
第三章「三島事件」に秘められたもの
謎の人――NHK記者伊達宗克
三島さん一流の華麗なる遊び/不可解な行動/疑惑の目が向けられ記者活動を中断/楯の会のシンパサイザーだった/NHK会長が明かした隠密行動/切腹を窺知/川端康成“幻の長編小説”発見/三島夫人へのインタビューに割り込む/無頼な記者/“院殿”と“大居士”が入った戒名
益田総監の死
恩を仇で返す行動だ/自衛隊への痛憤/総監辞任の真相/総監の悲壮/総監死の真相/親族に訊くしかない/保田與重郎の厳しい見方
監視の網のなかで――佐々淳行(三)
虎がネズミに襲われて猫を呼んだようなもの/楯の会はマークしていた/警察の人事異動への疑念/CIAの執拗な接触/三島家への微行/見せられた三島の妻あて遺書/後に残された者
秘かに蠢いた国家意思
なぜあの状況で古式通りの切腹ができたのか/第一報が一一〇番通報への疑問/固定電話の連絡ルート/疑念を解明するカギ/権力による“不作為の罪”/警察はつかんでいた!/当日事件発生前から刑事に監視されていた作家/三島ともあろう者がバカなことをすることはないだろう/なぜ寸止めしたのか/何とも気持の悪い事件/老獪の人――後藤田正晴/想定はすべて外れた
second languageとしての肉体
死への固執/自死への宣言書『太陽と鉄』/意識の絶対値と肉体の絶対値とがぴったりとつながり合う接合点/相拮抗する矛盾と衝突を自分のうちに用意すること、それこそ私の「文武両道」なのであった/拳の一閃、竹刀の一打の彼方にひそんでいるものが、言語表現とは対極にある
身滅びて魂存する者あり
吉田松陰論に狂わされた/天地の悠久に比せば松柏も一時蠅なり/日本の歴史を病気というか!/空な討ち方だった
[参考資料一]
自衛隊市ヶ谷駐屯地バルコニーからの演説
[参考資料二]
「三島事件」判決主文と理由(全文)
跋にかえて

書誌情報

読み仮名 ミシマユキオジケンゴジュウネンメノショウゲンケイサツトジエイタイハナニヲシッテイタカ
装幀 新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 304ページ
ISBN 978-4-10-353581-2
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2020/09/18

書評

「三島事件」を見る生活者の視線

佐藤秀明

 もう五十年前のことになるので、簡単に事実を復習さらっておこう。1970年(昭和45年)11月25日の白昼に、三島由紀夫は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で、憲法改正を呼びかける演説をし、その後割腹自殺を遂げた。同行した四人の楯の会隊員のうち、早稲田大学の学生森田必勝も続いて切腹した。
 日本文学のトップランナーだった三島由紀夫がどうしてこのような行動に出たのかは、大きな謎であり、その謎は十分に解明されたとは言えない。問題の根源は、三島の政治思想と美学にあると見られた。この事件は「三島事件」と呼ばれるようになる。
 しかし、当然のことながら、この事件には多くの人が関わっていた。人質にされた益田兼利東部方面総監、三島と森田をサポートした楯の会の小賀正義、小川正洋、古賀浩靖、総監を救出しようとバリケードを押しのけて部屋に入り、三島たちから日本刀や小刀で斬りつけられた自衛官たちである。駆けつけた機動隊と警察官、三島に取材を依頼されて来ていた毎日新聞社の徳岡孝夫とNHKの伊達宗克もいた。
 西法太郎が『三島由紀夫事件 50年目の証言―警察と自衛隊は何を知っていたか―』で扱っているのは、この人たちである。この本では、いくつもの問いが発せられているが、最も大きな問いは、三島が首尾よく自決を果たすことができた不思議についてである。なぜ自衛隊の基地内の一室で、古式に則った手間暇のかかる自決が、森田とともにできたのかということである。
 具体的には、なぜ基地内での銃の使用が許可されている警務隊ではなく、警察が事に当たったのか、なぜ警察へのホットラインが使われずに一一〇番通報がなされたのか、なぜ百人以上の機動隊と私服警官がすぐに出動できたのか、なぜ警察は総監室に突入せず、写真を撮るだけで見守っていたのか、事件発生直後に道路は混雑していたのに、なぜNHKは中継車を自衛隊内に入れ中継ができたのか、といった疑問を著者は持っている。
 著者は面倒な手続きを経て膨大な裁判記録を読み、関係者にインタビューを重ね、すでに活字になっている回想の片言隻句に意味を見つけ出し、それらを結びつけ矛盾点を洗い出し、推理しては資料を読み、人に話を聞いている。このあたりのことをいくらか知っている者から見ると、誰も掘らなかった場所に鉱脈を見つけたのが分かる。この本は、三島由紀夫を後景に置き、後景にいた人たちを前景に引き出して調査したものである。
 そこに浮かび上がるのは、自衛隊と警察との微妙な関係であり、そこに絡む政治家の存在であり、自衛隊の日陰者意識であり、役人体質とプライドであって、要するに憲法や自衛隊や天皇といった三島の高邁な議論とは別の、きわめて実質的で人間臭い、働く人の意識なのである。この本は、働く人、つまり生活者の目で見た三島事件外伝である。
 椅子に縛られ猿ぐつわをはめられた総監は、激しい恥辱を受けたはずだと著者は思う。こういうまともな視線がこの本では生きている。総監は、救出に失敗した自衛官を昇進させて自衛隊を辞め、三年後に五十九歳の若さで亡くなる。詰め腹を切らせたのは、中曾根康弘防衛庁長官だった。総監室に突入した自衛官には、大怪我を負った人もいる。しかしそれ以上深追いをしなかったのは、自衛隊が高名な作家を傷つければ、国民からの反発を食らいかねないからだと著者は見る。警察も同様だったと考える。指示を得ずに一一〇番通報したのは、警察に通じていた自衛官がいたからだと推理している。警察は、楯の会の動きをあらかじめキャッチしており、三島と楯の会が何事かを起こすのは分かっていたことが明らかにされる。それを警察は放置して、犯罪に至らしめたと著者は考える。「不作為の罪」である。厄介な集団である楯の会の自滅も視野に入れていたようだ。NHKが中継車を駐屯地内に入れられたのも、何事かが起こると前日に分かっていたからだった。
 結局皆、三島由紀夫ほどの人が「バカなこと」はしないだろうと高を括っていたのである。三島を、異能な芸術家であるとともに良識ある市民と見ていたのだ。しかしそれは、西法太郎が言うように、自衛隊や警察が自らの組織や体面を守るために、「非情」な判断を下したからだとも見なせる。
「三島事件」を異なる角度から見直すと、思想や美学とは別の生活者の視線が組み入れられることになる。それは、思想的事件を読み解くための成熟した態度にほかならない。

(さとう・ひであき 近畿大学教授)
波 2020年10月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

西法太郎

ニシ・ホウタロウ

昭和31(1956)年長野県生まれ。東大法学部卒。総合商社勤務を経て文筆業に入る。著書『死の貌 三島由紀夫の真実』論創社、2017.12、『三島由紀夫は一〇代をどう生きたか あの結末をもたらしたものへ』文学通信、2018.11。

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

西法太郎
登録

書籍の分類