水よ踊れ
2,420円(税込)
発売日:2021/06/17
- 書籍
- 電子書籍あり
自由を愛するすべての人へ。ある「日本人」の熱き想いと切なる祈りが、香港の地で炸裂する。
「返還」前夜の香港。和志は恋人の死の謎を追い、交換留学生として再びその地を訪れる。幽霊屋敷に間借りする活動家、ベトナムのボートピープル、「共産党員」と噂される大物建築家。次第に浮かび上がる香港の実相。やがて、和志は民主化運動の渦に呑まれてゆく。生と、自由の喜びを高らかに謳う、圧巻の社会派エンタメ。
書誌情報
読み仮名 | ミズヨオドレ |
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装幀 | 出口えり/装画、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 400ページ |
ISBN | 978-4-10-354131-8 |
C-CODE | 0093 |
ジャンル | ミステリー・サスペンス・ハードボイルド |
定価 | 2,420円 |
電子書籍 価格 | 2,420円 |
電子書籍 配信開始日 | 2021/06/17 |
書評
自由であることの、強さと心地よさ
ビルの屋上にはバラックが並び、それを天臺屋(ルーフトップ・スラム)と言うが、梨欣一家はそこに住んでいる。魔窟から引っ越しても、やはり魔窟なのだ。もっとも、梨欣の兄、
《四方を金網で囲まれた一畳ほどの寝床が、二段ベッドのように積み重ねられている。金網の箱は手前に二つ、奥に四つで計六つあった。うち三つに人が横たわっている》
籠屋(ケージ・ハウス)だ、と阿賢は言う。
「俺たちもいつ籠屋の世話になるかわからない。勤め先が潰れたり、ちょっとしたトラブルで職を失うかもしれない」
ようするに、普通の日本人はこんなところに来ない。梨欣のことは忘れろ、と阿賢は言うのだ。
これは十五歳のときの和志の回想だ。猥雑で奥深い香港の様子が、鮮やかに立ち上がってくるので強い印象を残している。物語は、それから五年後、交換留学生としてふたたび香港にやってくるところから始まっていく。梨欣のことは忘れろ、と言われたものの、忘れられずに和志は旺角を再訪する。梨欣があのビルの屋上から飛び下りてしまったからだ。なぜ梨欣は死んだのか。あのときはそのまま香港をあとにしてしまったが(家族が日本に帰るのでは仕方ない。幼い彼が一人で香港に残るわけにはいかない)、それがずっと気になっている。香港大学に留学を決めたのは建築を学びたかったからだが、梨欣の死の謎を解きたいという気持ちも強い。その謎を解かないと前に進めない、と和志は思っているのだ。
で、旺角のあのビルを訪れると、ベトナム人少女トゥイと出会う。とはいっても、ロマンチックな出会いではない。財布とパスポートを要求されるから、強盗に等しい。ここからさまざまな国籍の人間が登場して、さまざまな問題が語られていく。
ベトナムから流れてきたボート難民のトゥイ。保釣運動、つまり
岩井圭也は、『永遠についての証明』で、第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞してデビューした作家である。当時私はこの小説について、新刊評で次のように書いた。
「最後近くまで余裕を持って読み進んだことは告白しておく。いい小説だけど珍しくはないよな、と。ラスト一〇ページで、その余裕が吹っ飛ぶ。数学者とは何であるのか――先達の言葉はたしかに正しいのかもしれないが、どこかに納得し切れないものが残っていて、そのざらざらした気分が、このラストで綺麗に、瞬時に、気持ち良く、吹っ飛んでいく」
「しかも最後に登場する人物がいい。クマよ、君の人生はけっして無駄ではなかったのだ。そう言いたくなってくる。未来につながる希望が、本当に心地よい。これはそういう小説だ」
当時の新刊評を書き写していたら、『永遠についての証明』を再読したくなってきた。まったく素晴らしいデビュー作だ。その後も『文身』など、傑作を書き続けていることはここに書くまでもない。
実は今回もラストがいい。梨欣がなぜ死んだのか、その謎を解いたところで、何が変わるのか。そういう疑問がないではない。しかし二十数年後のエピローグを作者は最後につけるのである。2022年、和志はまた旺角を訪れるのだ。そこで具体的に何をするのかは書かないけれど、未来に向けて歩きだす強い意思が、ここにある。水は自由だ、というラストのひびきが、なによりも心地よい。
(きたがみ・じろう 文芸評論家)
波 2021年7月号より
単行本刊行時掲載
推薦の言葉
寄る辺なく脆弱そのものといった若者が、やがて途方もなく力強いメッセージを放つに至るさまは、読んでいて鳥肌ものだ。私は本書を読んで、日本人であるとはどういうことかを語ることに無為を抱かせられた世代の一人として衝撃を受けた。主人公の決断に、いよいよ日本人を覆うガラパゴスの膜が破れるときが来たと快哉を叫びたくなる。まさに現代の物語であった。
作中で採用された、ある闘争のためのフレーズは、まさに今後我々が古い世代の因習から解放され、新たな世界と対峙する上で不可欠な、痛快きわまりないメッセージだ。これからしばらく、私は折にふれて本書を読み返すだろう。そして歴史の推進力が我々をどこに運ぼうとも、抱くべき志(ウィル)をおのれのうちで確かめ続けることになるに違いない。
冲方丁さん(作家)
未来に向けて歩きだす強い意思が、ここにある。
北上次郎さん(文芸評論家)(「波」七月号より)
心を震わすアイデンティティの物語であり、込められたメッセージは社会に向けた拳でもある。今年のというより、この時代に刻まれるべき一冊だ!
内田剛さん(ブックジャーナリスト)
全国の書店員さんから寄せられた絶賛の声
事前にゲラを読んでいただいた書店員さんから多数の応援コメントをいただきました。その一部をご紹介します。
濁流のようなうねりが、自由を求める叫びと共に胸に迫ってくる。間違いなく現在につながっている物語であると心が震えた。最近読ませていただいたなかでダントツです。書店員として、本当に読んでもらいたい作品だと思いました。
ジュンク堂書店 旭川店 松村智子さん
都市にあるべき理想とは、自由とは。未来を見つめるそれぞれの強い心に、胸が熱くなりました。圧倒的な読み応えですばらしい本でした!
紀伊國屋書店 京橋店 坂上麻季さん
混沌とする香港から、この物語から抜け出せなくなった。ありとあらゆる衝撃が、のほほんと生きてきた主人公を通して私の脇腹にもパンチを食わす。圧倒的な筆力。私の胸を熱くさせた!!
未来屋書店大日店 石坂華月さん
香港のその景色、匂いが苦しみ、輝きをかかえ、社会の重み、あきらめ、抵抗、その葛藤を色濃く映し、目と身体に染みついてきた。著者の切なる思いがあふれ迫ってくる、ものすごい気迫の圧倒的傑作。
ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理さん
ほどかれていく真実に息ができなくなる。日本に生まれ日本に育ち日本の歴史さえ正しく知ろうとせずにいる自分の愚かな頬を思いきり殴られた気がする。ページをめくる指先から感じた熱が消えないうちに、誰かに手渡さなければ。
精文館書店中島新町店 久田かおりさん
ページを追いながら、本の中に熱く世界が動く。タイトルの意味が生き生きと躍動感で胸に流れ込んでくる。小説で光をあてた香港への想いは、限りなく自由が尊い。とんでもなく凄かった!!
うさぎや矢板店 山田恵理子さん
すごいものを読んだ。そして、わたしが何も知らないことをとても恥ずかしく思った。衣食住に困らないこと、人間として生きられることがどれだけ幸せなのか。この本は他の人に伝えたい。今読むべき本です。
水嶋書房くずは駅店 枡田愛さん
ずっと激しい流れに身を任せ行き着いた先は、熱くむせかえる混沌とした人間の真摯な想いだった。文字通り著者の身を削るようなこの物語、多くの方の手に取って欲しい。
大盛堂書店 山本亮さん
香港という土地と、時代と、人々から放たれるむせかえるほどのエネルギーが圧倒的。大きなうねりの中で、迷いながらも前に進もうとする彼らの熱い想いが胸に迫り、自分自身までからめ取られてしまいそうな錯覚に陥りました。
鹿島ブックセンター 八巻明日香さん
この世界で生きるすべての人への永遠の課題がこの作品には詰まっている。
岩瀬書店富久山店 吉田彩乃さん
読後の余韻が身体を包み、体温が上昇したのは私だけではないでしょう。おそらく「アイデンティティ」とは何か、という鋭い刃を向けてきているからです。今後10年、いや20年と読み継がれる物語がここに誕生しました。
さわや書店本店 栗澤順一さん
著者プロフィール
岩井圭也
イワイ・ケイヤ
1987年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年『永遠についての証明』で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。著書に『夏の陰』(KADOKAWA)、『プリズン・ドクター』(幻冬舎文庫)、『文身』(祥伝社)がある。