王子失踪す
2,200円(税込)
発売日:2021/12/20
- 書籍
- 電子書籍あり
小説でしか描けない過激さ! ギャグ漫画のレジェンドがたどり着いたブラックユーモアの極致。
「あんたは子供の顔をした淫婦だわ」――。8歳の娘とミカちゃん人形の間に恋愛バトルが勃発。はたして父親は家庭の安寧を守れるか。王子をめぐる争いがフツーの一家を惨劇に陥れる表題作ほか、予想のつかない展開と飛び切りシニカルな笑いに悶絶必至! 退屈な毎日に倦んだ紳士淑女に贈る、タブーとエロス満載の艶笑滑稽譚。
キャロル叔母さん
その蛇は絞めるといっただろう
ジアスターゼ新婚記
フラワー・ドラム・ソング
書誌情報
読み仮名 | オウジシッソウス |
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装幀 | 河井いづみ/装画、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 272ページ |
ISBN | 978-4-10-354351-0 |
C-CODE | 0093 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 2,200円 |
電子書籍 価格 | 2,200円 |
電子書籍 配信開始日 | 2021/12/20 |
書評
「なんなんだ、山上たつひこって」
山上たつひこを最初に読んだのは月刊誌「COM」だったと思う。難しい話だと思った。
次の出会いが「週刊少年マガジン」の『光る風』である。これは恐ろしい話だった(1970年4月26日号~11月15日号掲載)。
国家の権力こそが正義。この正義の暗部をえぐったSFである。ディストピアはSFの定番の設定だった。ジョージ・オーウェルの『1984年』やオルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』、どれもショックだったが『光る風』は生々しいインパクトがあった。舞台は日本、親世代が体験した戦争の記憶が引き継がれていて、1960年代の学生運動の熱気も加わり、暴力が、服従が、涙が汗がツバキが温かい内臓が、絡み合ってべったりと押し寄せてくる生々しさである。怖かった。しかし、時々笑えるのである。超エリートのお高い六高寺光高(名前からして高い)にお調子者の森安(名前からして安い)が「慢性便秘に腸捻転をおこしたみたいな顔しやがって!」と突っ込むと笑えるのである。この言葉で慢性便秘の大腸のビジュアルが医学的に想起され、そこに腸捻転という回転を加えると、ハンサムな六高寺光高がシリアスに説教するたび、(この顔は慢性便秘に腸捻転をおこした顔なのか)と、そのギャップにワナワナと頬が震えるのである。なんなんだ、山上たつひこって!
少しの間、山上たつひこを見失った。どこにいる?と思う矢先に情報が来た。「『週刊少年サンデー』に山上たつひこの『心』が載っているぞ」(1971年1月17日号掲載)、友人は興奮してセリフと人物を身振り手振りで説明する。「言わないで。私、今から買って来て読むから」と止めても喋る。「あのね、これまでと全然違うんだ、俺は『光る風』を期待したのに違うんだよ、きっとあなたはショックを受けるだろうから、お勧めしないよ」。おい、そこまで凄いと言って読むなというのか。
すぐ「心」を読んだ。これが! そこにはワナワナと頬が震えたあの感覚が破天荒に満載されていた。ギャグである。コメディである。不条理である。名付けようがない。半裸の男たちの狂乱のページを見つつ、「しかし山上たつひこって品がいいなあ」とつくづくと思う私は変なのか?
ほどなく「週刊少年チャンピオン」に『がきデカ』の連載が始まる。私も私のスタッフたちも(皆、乙女である)毎号夢中で読んだ。1巻目の単行本が発売されて本屋に買いに行くと売り切れだった。私が発売日に初版を買いに行って「売り切れです」と言われたのは『がきデカ』と『ちびまる子ちゃん』だけである。あとで秋田書店の編集者から「あんなに売れるとは思わなかった」と驚きの声を聞いた。ええっ、そんなに読めないものか。「週刊少年チャンピオン」の、読者のお便り欄にはあんなに小学生からの熱いエールが届いていたのに。「こまわりくん(がきデカのこと)が僕のクラスにいればいいのに」と、よく手紙が来たと、編集者が言っていた。私は「全国の小学校に一人ずつこまわりくんを配置したら、学校が楽しくなるだろうな」と想像した。「死刑!」と暴走する小学生警官は、現実にいたら困り者だろうけれど、体制を破壊するものは常に期待される。規律に理不尽さや暴力が加わると忍耐と苦痛が生じ、強い子はいじめに走り弱い子は自殺する(こともある)。学校生活を我慢している小学生にとってこまわりくんは救い主なのだ。やがて遅まきながら、単行本の『喜劇新思想大系』『半田溶助女狩り』などを読む。ギャグとエロの大波小波に乗りつつ弄ばれつつ、やはり「山上たつひこは品がいいなあ」と思う私は変態なのか?
ところで、山上たつひこはあるときからエッセイや小説を書き出した。文章を読むと「言葉」が洗練されていて品のない話もやはり品がいい。今回の「王子失踪す」を初め、この短編作品はどれもホラーである。実は私は、ホラーが苦手なのである。特に恐ろしいシーンはないのに、切り立った崖のギリギリを歩くような緊張感がずーっと続いていて、いつ落ちるか今落ちるかと読みながらドキドキするのだ。今殺す、今死ぬ。しかしそうはならない。
「王子失踪す」で娘は通過儀礼のように人形たちを殺してしまうけれど、その分人間は危うく生き延びる。
「フラワー・ドラム・ソング」でも交通事故死があるものの、踏みとどまって満開の桜の中にいる。暴力的な大根から逃れる「ジアスターゼ新婚記」、平和的な大蛇と共存する「その蛇は絞めるといっただろう」。これらの物語は不条理な世の中でいかにして生き延びるかを模索しているように思える。その模索には解答はない。「これでよかったのか?」という思念の匂いがいつも残る。残香が哲学的だ。
一番怖かったのは「キャロル叔母さん」。「赤ずきんちゃん」がエンドレスのスプラッタになるなんて! 怖いよ。
でもいいのだ。人間はこういう怖い物語を追体験しながら、どうにかこうにか生き延びていくのだ。そう、山上たつひこはあまりにも過剰であまりにも繊細で、切り立った崖の縁を歩いて生き延びた、そういう人だ。官能とユーモアと反骨精神に満ち、そしてやっぱり品がいいのだ。
(はぎお・もと 漫画家)
波 2022年1月号より
単行本刊行時掲載
担当編集者のひとこと
「死刑!」
この一言で、一瞬にして童心に返る読者諸氏が大勢いらっしゃると思います。
警察官の制帽をかぶり下半身を丸出しにした少年・こまわり君が大暴れするギャグ漫画『がきデカ』で一世を風靡し、社会現象を巻き起こしたギャグ漫画界の帝王――山上たつひこ氏。
『がきデカ』が大ヒットする前から、『光る風』『喜劇新思想大系』『半田溶助女狩り』などディストピアSFからエロティック・コメディまで幅広い作風で漫画ファンを魅了し、萩尾望都、秋本治、高橋留美子など、同業作家たちにも多大な影響を与えた山上氏が、漫画の筆をおき、小説の執筆に専念しようと思ったのは、1988年『がきデカ』完結編の執筆時だったそうです。
5篇を収めた『王子失踪す』は、8歳の娘とミカちゃん人形との恋愛バトルに巻き込まれた父親の悲劇を描いた表題作をはじめ、予想のつかない展開と飛び切りシニカルな笑いがクセになる傑作短編集。
「自分の絵が下手すぎてマンガ表現に限界を感じた」という鬼才が、小説でこそ描きたかった物語とは……。ぜひタブーとエロス満載の艶笑滑稽譚を手にとってみてください。(出版部・F)
2022/02/28
著者プロフィール
山上たつひこ
ヤマガミ・タツヒコ
1947年徳島県生まれ。大阪、光伸書房の編集者を経て漫画家に。1970年『光る風』で注目され、1972年『喜劇新思想大系』でリアルな画風のギャグを確立。1974年連載開始の『がきデカ』が社会的ブームとなる。1988年から小説を書き始める。2014年、原作を担当した『羊の木』(いがらしみきお画)で、2014年文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞した。小説作品に『兄弟!尻が重い』『蝉花』『火床より出でて』など、自伝エッセイとして『大阪弁の犬』がある。