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深淵のカナリア

寺嶌曜/著

2,475円(税込)

発売日:2026/03/25

  • 書籍
  • 電子書籍あり

解決したはずの事件に潜む不穏な影。真相を覗こうとする瞳が映したのは──。

警官の尾崎は三年前の光景を映す右眼を持っているが、捜査に不正の疑いありと告発され、監察から出頭を命じられる。窮地に陥る尾崎の前に、かつて地下鉄内で起きた無差別殺人の再捜査に協力すれば、告発を見逃すと持ち掛ける男が現れ……。証拠能力のない特殊設定を地道な検証で圧倒する、比類なき警察小説、待望の第二弾!

目次

第一章 生かされし者
第二章 虎の尾を踏む
第三章 深淵を覗く者
第四章 もう一人の怪物
第五章 天国と地獄
第六章 罠にかかった獲物
第七章 怪物の影
第八章 怪物の正体
第九章 深淵のカナリア

書誌情報

読み仮名 シンエンノカナリア
装幀 Getty Images/写真、寺嶌曜/装幀、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 352ページ
ISBN 978-4-10-354972-7
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 2,475円
電子書籍 価格 2,475円
電子書籍 配信開始日 2026/03/25

書評

続篇は前作以上の“怪物だった!

村上貴史

 寺嶌曜は、第九回新潮ミステリー大賞受賞作である『キツネ狩り』で2023年3月にデビューした。『キツネ狩り』は、N県最大の都市である登坂市を舞台に、未解決の一家四人惨殺事件の解明を目指す警察小説である。きっちりと組織と人と捜査を描いたこの警察小説には、一つの大きな特徴があった。尾崎冴子巡査部長の特殊能力である。
 尾崎は三年前、婚約者のバイクに同乗していて事故に遭った。婚約者は死亡。尾崎は左足骨折と右眼失明。悲痛な記憶が残るその事故現場を尾崎は三年ぶりに再訪し、その時から右眼が“三年前の光景を見る”ようになった……。
 著者は、この特殊能力を警察小説に組み込むに当たり、リアリティを損なわぬよう細心の注意を払ってデザインした。右眼は三年前の光景をただ見るだけ。それも、通常の視覚機能の範囲で、だ。つまり、その場で見られる光景しか見られないし、当然ながら音は聞こえない。右眼を使い過ぎると、脳は意識障害を起こす。また、右眼で得た情報は証拠として使えない。この設定により、尾崎の右眼は無敵の飛び道具ではなく、地に足の付いた個性となって警察小説に溶け込んだのである。結果として読者は、この制約のなかで能力を活かす工夫を愉しめるし、それによって生じる斬新なサスペンスも堪能できる。まったくもって巧みに仕立て上げたものだと、刊行当時、深く感心させられた。
 いささか前置きが長くなったが、本書『深淵のカナリア』は、『キツネ狩り』の続篇である。前作同様、尾崎とその上司である弓削拓海警部補、そして登坂署署長であり、二人が所属する継続捜査支援室の室長を兼任する深澤航軌警視正の三人を軸に物語は進んでいく。
 弓削は三年前、情報提供者に会おうとして半グレ三人組にナイフで右手を切られた。半グレたちは逮捕されたが、彼等を現場まで運んだ運転手は現在まで素性がわからず、襲撃の意図も不明だった。その事件から約三年が経過した。尾崎の右眼を使えるタイミングが来たのである……。
 継続捜査支援室が発足して約十ヶ月。この小さな新組織は、尾崎の能力を活かして、一家四人惨殺事件をはじめとして大小いくつもの事件を解決に導いてきた。そんな彼等が今回手掛けるのは、弓削という身内に関する事件だ。既に実行犯が逮捕済の事件の空白部分を埋めようとする再捜査だったが、それは、尾崎たち三人を過去の重大事件へと導いていく──地下鉄内で起きた大量殺人事件へと。
 小さな発端から大事件へというのは王道の展開ではあるのだが、それが再捜査となると、ひときわ新鮮であり刺激的だ。弓削襲撃事件から犯人が自殺した地下鉄大量殺人事件へと線がつながるなかで(そしてその先で)、読者に提示されるピースがカチリカチリとはまっていく様は、実に美しく、実に冷たく、戦慄を禁じ得ない。前作にも増して、著者の怖ろしさを感じさせる物語となっている。
 進化はそれだけに止まらない。特殊能力の活かし方という点では、詳述は避けるが、尾崎が直面する危機の要素の一つとして、新しいかたちで特殊能力が使われていた。もちろん、物語の生々しい緊迫感を破綻させずにだ。こちらも読者にとっては嬉しい驚きだ。また、本書で事件に関わってくる二つの組織も、前作にはなかった要素だ。一方は公的な組織であって一方はそうではない。いずれも組織としての描写も的確で、尾崎たちを危機に陥れる役割を十二分に果たしているし、その組織のなかの代表的な個人もまた、しっかりと造形されている。本作が二作目──なんならプロ作家としての初めての小説──であることを考えると、この作家の成長の著しさに驚かされる。驚かされつつ思うのだが、著者が1958年生まれであることを考えると、まだまだ読者に開示していないカードを手の内に秘めており、それを適宜切っているだけなのかもしれない。いずれにせよ有能で有望な書き手であることは間違いない。
 これらの進化を支える土台は安定している。年齢もキャリアもバラバラな尾崎たち三人のトリオとしての活躍は前作同様に魅力的だし、尾崎の能力が捜査を進めていく流れも相変わらず滑らかだ。前作の長所を活かしたまま進化した第二作である点は強調しておきたい。要するに、前作以上の“怪物”だったということだ。
 さて、本書は意外な舞台で、余韻を残して幕を下ろす。次作への期待を抱かせる余韻である。第二作までは約三年を要したが、第三作はいつ刊行されるのか。すぐに読みたいという気持ちは募るが、じっくり待つとしよう。ちなみに第一作の『キツネ狩り』は本年2月に文庫化されたばかりだ。本書は前作の内容に触れているため、未読の方は、まずそちらを読むことをお薦めする。

(むらかみ・たかし 書評家)

波 2026年4月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

寺嶌曜

テラシマ・ヨウ

1958年大分県生まれ。グラフィックデザイナー。福岡県在住。『キツネ狩り』で第9回新潮ミステリー大賞を受賞してデビュー。『深淵のカナリア』が二作目となる。

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