ホーム > 書籍詳細:自由の丘に、小屋をつくる

自由の丘に、小屋をつくる

川内有緒/著

2,420円(税込)

発売日:2023/10/18

  • 書籍
  • 電子書籍あり

「生きる力ってなんだろう?」セルフビルドしながら問い続けた6年間の軌跡。

40代で母親になって考えた。「この子に残せるのは、“何かを自分で作り出せる実感”だけかも」。そこから不器用ナンバーワンの著者による小屋作りが始まる。コスパ・タイパはフル度外視。規格外の仲間たちと手を動かすほどに「世界」はみるみるその姿を変えていき……。暮らしと思索が響き合う、軽快ものづくりエッセイ。

目次
第1章 それはずっと一緒にいられない娘のために
第2章 世界でたったひとつの机が生まれた
第3章 ハイジの小屋と新しい風景
第4章 実家リノベーションは修練の場
第5章 未来予想図 ここに決めた!
第6章 人力で土地をならすと古墳が生まれた
第7章 西部開拓史が生んだ工法で進め
第8章 こどもの日は自家製コンクリートを作ろう
第9章 壁は一夜にしてならず
第10章 平面から立体に――闇を切り裂く叫び声
第11章 なんのための小屋なんだ
第12章 タコを捕まえる女と裸足の男、そして体力の限界
第13章 全ては窓辺の景色のために
第14章 ときには雨もいいものだ
第15章 終わらない台風との戦い
第16章 快適なトイレへの道
第17章 トイレなんか、青いバケツで十分だ
第18章 最初で最後の全員集合!――いつかまた小屋で会おう
第19章 さよならだけが人生なのか
第20章 壁を塗りながら本当の自由について考えた
第21章 パリへのオマージュを魚の骨柄にたくして
第22章 みんなの思い出、井戸掘りサマー
第23章 BON VOYAGE!
謝辞 あとがきにかえて

書誌情報

読み仮名 ジユウノオカニコヤヲツクル
装幀 得地直美/装画、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 352ページ
ISBN 978-4-10-355251-2
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆、ノンフィクション
定価 2,420円
電子書籍 価格 2,420円
電子書籍 配信開始日 2023/10/18

書評

子どもたちに伝えたいこと

島田潤一郎

 ひところ、子どもたちをよく児童館へ連れていった。今日は近所の児童館、翌週は線路の向こうの児童館、翌々週は自転車で三〇分の距離にある児童館、というふうに。
 そのなかのひとつに、工作室が充実した児童館があり、子どもたちはその場所をとても気に入っていた。小学校二年生の息子も、幼稚園の年長の娘も、木の匂いでいっぱいのその部屋で、夢中になって金槌で釘を打ち、木片と木片を一所懸命つなぎ合わせた。
 できあがったものを見せられても、なにがなんだかわからなかった。息子は「武器」だといい、娘も真似をして「武器」だといった。彼らはその「武器」を大切にし、いまも机の上に飾っている。
 父はその「武器」を見ると、苦々しい気持ちになる。なぜか? 父は通知表の技術の成績が「一」であったくらいに、工作が苦手だからだ。その出鱈目な「武器」を見ると、子どもらしくてかわいいな、と思うのと同時に、彼らはぼくの遺伝ゆえにこんなにも工作が下手くそなのではないか? と思ってしまうからだ。
『自由の丘に、小屋をつくる』の川内有緒さんも、中学校の家庭科が「一」であったと書いている。
 ほんとう? と本書を読み終わったいまでも思う。
 でもどうやら、ほんとうらしい。
 そんな人がゼロから小屋をつくったらしい。
 というか、『自由の丘に、小屋をつくる』はその小屋をつくるまでの詳らかな記録だ。

 川内さんは四一歳で初めて妊娠し、生まれてきた娘を見てこんなふうに思う。
「ナナには田舎がないんだよ。自然の風景も田舎の生活も知らないで育つなんて、ちょっとかわいそうじゃない?」
 そして、「ふと思い出すだけで濃い自然の香りとそよ風を感じて、気分が良くなるような心の風景」を与えたいと考え、小屋づくりを思い立つ。
 もちろん、中学校の家庭科が「一」だから、きっかけがないと、そんなふうには思わない。
 はじめは、娘にプレゼントする机だった。「娘の柔らかな手」にふさわしい机をインターネットでさがし、ふと、「自分でつくってみるのはどうだろう?」と思いついて、実際に工房に通って机をつくる。
 その勢いで、実家の床のリノベーションを手掛け、ボロボロのソファの張り替えまでやってしまう。
 読者であるぼくは、このあたりからドキドキしてくる。
「ほらほら、あなたもきっとできるよ、技術の成績が『一』なんて関係ないよ」と終始誘われているような気分なのだ。
 著者は小屋を建てる場所を決め、「2×4工法」(ツーバイフォー工法)で、本格的に小屋を建て始める。この工法は「アメリカで素人が家を作るために生まれた工法」だそうで、家造りには絶対不可欠なように思われる「柱」や「梁」も構造上必要ないという。

「いつの頃からだろう、わたしは、効率とかコスパとか、そういう類の言葉に疑問を覚え、少し距離を置きたいと思うようになった。コンサルタントとして働いていた時代にそういった単語を酷使しすぎて、パワーポイント界の呪いにかかってしまったのかも。四〇代にもなったわたしは、むしろ世の中、そして自分のなかに蔓延する効率主義や能力主義的なものに抗っていきたいとすら思っていた」
 その「抗う方法として」の小屋づくり。おそらく著者にとっては、娘のためにビスを打ったり、コンクリートを練ったりすることと、文章を書くという行為はほとんど同じなのだと思う。
 どこかにある規範や、流行や、マーケティングや、便利なものとは離れて、自分の手と足をつかって、なにかをコツコツとつくる。わからないことがあったら身の回りの人に話を聞き、彼らに助けを求める。あるいは、立ち止まって、うんうんと考えたりする。それがつまり、「生きる」ということであり、著者はその「生きる」手応えのようなものを確認し、その喜びを再確認しようとしている。さらにいえば、その手応えを娘に直に伝えようとしている。
 家そのものだけでなく、窓をつくり、トイレもつくり、そのあいだには新型コロナウイルス感染症も流行し、いつの間にか娘のナナちゃんは六歳になっている。「かっこいいわけでもおしゃれなわけでもない」、「インスタに載せてもハートは一〇個もつかない」小屋を見て、著者は「生きている」と感じる。
 ぼくはとりあえず、息子が身体を洗っているときにしゃがみ込んで根本から折ってしまった、お風呂場の蛇口を修理しよう、と思う。
 我が家の蛇口は折れてから、もう一年以上もずっと放置されている。
 読んでいると、今すぐなにかをしたくなる、稀有な本だ。

(しまだ・じゅんいちろう 編集者)
波 2023年11月号より
単行本刊行時掲載

担当編集者のひとこと

「わっ、なんて気持ちが良い場所なんだろう……!」
 作品の舞台となった山梨県の“小屋”に伺った時に、編集者の私が感じたことです。大きな青空が視界いっぱいに広がり、遠くには南アルプスの山なみが見えます。風が優しく吹き抜ける丘に、ちょこんと立つ手作りの小屋。インスタントコーヒーでさえ、特別な一杯に感じる風景です。
 本書は、著者が4年をかけて小屋をゼロから手作りした過程を綴ったエッセイ。東日本大震災を体験し、著者は「自分は消費者としての生き方しか知らなかった」と無力さを感じます。その後も、環境問題やテロ、経済不況……と先行きが不透明な社会を生きていく娘に出来ることは何かと考え、たどりついたのが「セルフビルド」でした。
 DIYは未経験。しかも中学時代の家庭科の成績は「1」からの挑戦でした。右も左も分からない著者のもとに、徐々に手助けしてくれる心強い仲間たちが集います。彼らと、効率も生産性も気にせず、ただ「手を動かす」「その場を楽しむ」ことを共有しながら、少しずつ小屋を作り上げていき……。著者は「セルフビルドを通して、何歳からでも新しいことに挑戦できること、“楽しさ”は自分で生み出せることを知りました」と語ります。
 小屋そのものと同じく、さわやかで心地よい雰囲気をまとった一冊、ぜひお楽しみください。(ノンフィクション編集部・MS)

2023/12/27

著者プロフィール

川内有緒

カワウチ・アリオ

ノンフィクション作家。1972年東京都生まれ。映画監督を目指して日本大学芸術学部へ進学したものの、あっさりとその道を断念。行き当たりばったりに渡米したあと、中南米のカルチャーに魅せられ、米国ジョージタウン大学大学院で中南米地域研究学修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどの執筆を行う。『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)で新田次郎文学賞、『空をゆく巨人』(集英社)で開高健ノンフィクション賞、『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)でYahoo!ニュース│本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞。その他の著書に『パリでメシを食う。』『パリの国連で夢を食う。』(以上幻冬舎文庫)、『晴れたら空に骨まいて』(講談社文庫)、『バウルを探して〈完全版〉』(三輪舎)など。ドキュメンタリー映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』共同監督も務める。

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

川内有緒
登録
エッセー・随筆
登録

書籍の分類