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がん征服

下山進/著

1,980円(税込)

発売日:2024/06/17

  • 書籍
  • 電子書籍あり

標準療法では治せない「最凶のがん」に挑む。迫真の医療ノンフィクション!

平均余命15カ月。手術や抗がん剤、放射線では治せない悪性脳腫瘍「膠芽腫」に3つの最新治療法が挑む。原子炉・加速器を使うBNCT。楽天の三木谷浩史が旗を振る光免疫療法。そして「世界最高のがん治療」と礼賛されるウイルス療法。産学官を横断して取材を重ね、「がんvs.人間」の最前線をまるごと描き出すノンフィクション。

目次
プロローグ 覚醒下手術
もっとも難しいがんと言われる脳腫瘍のグレード4「膠芽腫」。平均余命は診断後15カ月。朝日記者の桂禎次郎は、開頭後に麻酔をさますという覚醒下手術をうけることに同意した。
第1章 原子炉でがんを治す
どんなにうまく手術をしても治らない脳腫瘍「膠芽腫」に最初に挑んだのは、原子炉を使った奇想天外な療法だった。京大出身の脳神経外科医宮武伸一はその可能性にかける。
第2章 核医学という辺境から
後に光免疫療法という独自の分野を切り開くことになる小林久隆は京大の核医学科の出身だった。小林は核医学という辺境にありながら、がんの本当の治療とは何かを考えていた。
第3章 汝を殺すもの、また汝を救う
この物語の三本目の柱はウイルス療法だ。80年代、脳神経外科医のロバート・マルトゥーザが、風呂の中で素粒子物理学の本を読んでひらめいたのだ。ウイルスは治療に応用できる。
第4章 免役をつかさどる遺伝子を改変する
ウイルスの増殖のスピードががんのそれに負けてしまうという問題点を解決したのは、「免役」を司る遺伝子を改変するという発想だった。藤堂具紀のG47Δが登場する。
第5章 偽進行
BNCT照射後3カ月で画像上に広がる白い影は腫瘍の再発ではなかった。中性子線による放射線浮腫の可能性が高いことを大阪医科大学の宮武伸一はある偶然から気がつく。
第6章 光免疫療法の発見
がんを光らせ画像診断のためにふりかけたある物質。がんは光らず、細胞自体がみるみる死んでいった。が、これは診断ではなく治療に使えるのではないか? 小林久隆の発見。
第7章 腫瘍再発か脳浮腫か?
画像上の白い広がりは腫瘍の再発ではなく偽進行だ。アバスチンの投与を始める宮武伸一。余命2年と告げられた中華料理店のコックは、前人未到の長期生存者となるが――。
第8章 原子炉から加速器へ
アカデミアの発想が、実際の医療の現場で用いられるようになるには企業の力が必要だ。BNCTは、原子炉から加速器へ中性子源を変える過程でもっとも早くその企業をみつける。
第9章 三木谷浩史登場
光免疫療法は、楽天の三木谷浩史という強いスポンサーを得る。三木谷はすい臓がんにかかった父親の治療法を追い求め世界中の専門家を訪ねているなかで、小林久隆に出会う。
第10章 死の谷
藤堂具紀のG47Δを製薬会社は見向きもしなかった。そうした中「第一三共」の開発本部にいた社員が藤堂の研究に注目する。が、社内の大勢は反対、社としては見送ることになる。
第11章 有効性を確認する必要はない
2014年、「再生医療等製品」については有効性の「推定」で「条件及び期限付き」承認を与えるという制度が始まる。藤堂のG47Δがこの新制度を使えるようになった一部始終。
第12章 投資家か事業家か
三木谷は、楽天市場を1997年にたった6人の社員と始めた時と変わっていない。技術革新でできた新しい市場には、大手と組むのでなく、ベンチャーとして独自にでていく。
第13章 「条件付き早期承認」
有効性の「推定」で承認をする「再生医療等製品」にしかし目玉の治療法はなかなか生まれなかった。厚労省は、それ以外の治療法にも新しいトラックを用意しようとする。
第14章 BNCT、膠芽腫治験
BNCTが膠芽腫を適応症とした治験に入る。京大原子炉実験所以外にも二カ所、医療用の加速器が建設されることになるが、中央とのパイプがないという弱点を抱えていた。
第15章 ランダム化比較試験をとらず
G47Δのフェーズ2実施にあたりPMDAの再生医療製品等審査部の部長になった佐藤大作は、藤堂具紀に、ランダム化比較試験を勧める。しかし、藤堂はがんとしてきかない。
第16章 局所進行再発頭頸部がん治験
放射線治療と抗がん剤をやったにもかかわらず再発した頭頸部がん。このがんに対してBNCTと光免疫療法は、6カ月違いで承認を得る。奏効率を主要評価項目におけた理由。
第17章 BNCT膠芽腫治験フェーズ2
一年生存率79・2パーセント、全生存期間18・9カ月。BNCTは膠芽腫のフェーズ2治験でも圧倒的な差をつけたと思ったが、シングルアームの患者背景という問題を指摘される。
第18章 G47Δ、治験の内実
PMDAは、承認申請のあった薬の有効性が妥当であるかを検討して「審査報告書」を書く。そこにはG47Δの治験には問題があったため、評価項目は達成していないとあった。
第19章 推定承認の魔術
有効性の推定だけをもって承認をしていいのか? PMDA内でも議論はわかれていた。他の治療法は、すべて被験者数400人以上のフェーズ3で有効性を検証しているのだ。
第20章 直訴状と直談判
宮武伸一はどうしても納得できなかった。なぜ、ほぼ同じ成績であるのにBNCTは承認申請を受け付けてもらえず、G47Δは承認となるのか。理事長宛に直訴状を書くことを決意。
第21章 G47Δ製造の責任者に聞く
なぜ東大の医科研でしか治療ができないのか? G47Δの製造権をもっているのはデンカだ。第一三共でG47Δのプロジェクトを推進し、デンカへ移籍した佐藤督に聞く。
第22章 治療の拠点を増やす
藤堂のいる東大医科学研究所でしか治療のできないデリタクトとは違い、楽天メディカル光免疫療法はできるだけ多くの治療拠点をもうけることが必要だと三木谷は考えていた。
第23章 日本脳腫瘍学会
2023年12月に行われた日本脳腫瘍学会学術集会で、大阪医科薬科大学の川端信司はBNCTとデリタクトの長期治療成績を比較する発表をした。両者の間には差はなかった。
第24章 転移したがんを叩く
2023年夏、楽天メディカルは、転移性肝がんに対する光免疫療法の治験の開始を発表した。だが、小林久隆は使われている抗体に危惧を抱く。研究者の独立性とは?
第25章 なぜ治療が難しいのか?
「血管新生阻害剤」「分子標的薬」「免疫チェックポイント阻害剤」近年のがん治療のブレークスルーをすべてはねのけてきた「膠芽腫」。脳が脳ゆえにその治療が難しい。
エピローグ シジフォスが石を積み上げる時
謝辞

書誌情報

読み仮名 ガンセイフク
装幀 新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 264ページ
ISBN 978-4-10-355711-1
C-CODE 0095
ジャンル 文学・評論
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2024/06/17

書評

がん治療の最前線で闘う三人の日本人研究者

仲野徹

 基礎医学研究に長年従事していたこともあって、医学ノンフィクションには尋常ならざる興味がある。欧米で出版される作品には、医学的レベルの高さに驚かされるものも少なくない。だが、日本には残念ながら、それらに伍するようなものはあまり見あたらない。おそらく大きな壁は二つある。まずは論文読解だ。数多くの原著論文を読みこむのは、ネイティブではない日本人にとっては、よほど専門知識がないと容易いことではない。もうひとつは、インタビュー。執筆のために、数多くの関係者――通常その多くは日本語が通じない――から詳細な話を聞き出す労力は膨大だ。
 しかし、この本の著者である下山進の『アルツハイマー征服』(角川文庫)はこれら二つの壁を打ち破った快作である。20年にもおよぶ綿密な取材に基づいた内容は、欧米の一流医学ノンフィクションに決して引けを取らない。それどころか、日本での遺伝性アルツハイマー病の研究についての詳細な記述もあるという点で、外国ものを凌駕さえしていた。その下山が次に選んだテーマは膠芽腫であった。
 膠芽腫は進行度が速く、極めて悪性度の高い、いや、最も悪性度が高いと言っていい脳腫瘍だ。標準療法としては、まず手術で腫瘍をできるだけ摘出し、抗がん剤による治療と放射線治療をおこなう。その5年生存率はわずか10%、平均余命は15ヵ月でしかない。がん治療は過去数十年の間に著しく進歩したが、膠芽腫は未だに効果的な治療法がない悪性腫瘍なのだ。『がん征服』は、膠芽腫の新しい治療法開発に挑む日本人研究者三人の物語である。
 その三人とは、大阪医科薬科大学の宮武伸一、NIH(アメリカ国立衛生研究所)の小林久隆、東京大学医科学研究所の藤堂具紀だ。それぞれが取り組んでいるのは、中性子を利用した「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」、独自に開発した光反応性の化合物を用いた光免疫療法、そして、がん細胞でのみ複製できて免疫能をも賦活する遺伝子組み換えウイルスG47Δデルタによる治療である。「挑む」と書いたが、膠芽腫における治療実績がすでにあるのはBNCTとG47Δで、光免疫療法は検討中といった段階だ。
 G47Δはすでに膠芽腫の治療法として承認を受けている。と書くと、医薬品の承認制度を知る人は、ランダム化比較試験であるフェーズ3の治験を経たと考えるだろう。しかし、G47Δではフェーズ3治験はおこなわれていない。それどころかフェーズ2の被験者はわずか19名で、驚いたことにPMDA(医薬品医療機器総合機構)の判断では治験の主要項目も副次的評価項目のいずれをも達成していない。なぜそのような治療法が承認されたのか? それは、「再生医療等製品」に限り、有効であると「推定」できれば「条件及び期限付き承認」できる制度があるからだ。再生医療ではないG47Δ療法がどうしてそのような承認を受けることができたのか、そして、どうして承認後も症例数が伸び悩んでいるかの謎が詳細に説明されていく。
 まったく同じ条件ではないために正確な比較は難しいが、少なくとも見かけ上は、BNCTとG47Δのフェーズ2での治療成績は似かよっている。しかし、どうまげてもBNCTは再生医療等製品に該当しえないため、承認にはフェーズ3による治験が必須である。やればいいではないかと思われるかもしれないが、そのためには概算で40億円もの費用が必要だ。他にも実施が困難な理由がいくつかある。適用される制度が違うのだからしかたがないと言ってしまえばそれまでだが、どうにも釈然としない不公平感が漂いはしまいか。
 膠芽腫ではなく局所進行再発頭頸部がんに対しては、BNCTも光免疫療法もフェーズ2で著効があったおかげで「条件付き早期承認」を受けている。しかし、両者には資金力で大きな違いがある。光免疫療法は、広く報道されているように、楽天の三木谷浩史社長が400億円もの強力なサポートをおこなっている。小林は光免疫療法による膠芽腫の治験をやってみればと勧めるが、「戦線をいきなり拡大することはできない」という理由で三木谷は興味を示さない。いつか小林は三木谷を説得することができるのだろうか。
 いずれ膠芽腫の画期的な治療法が開発されるのかどうか。それは、これら三つの治療法の延長線上にあるのか、あるいは、まったく違ったアプローチによるのか。現時点ではなんとも判断することはできない。医療の進歩は一本道ではないためだ。しかし、それこそが科学としての医学の特性であり真骨頂なのである。

(なかの・とおる 生命科学研究者)

波 2024年7月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

下山進

シモヤマ・ススム

ノンフィクション作家。1993年コロンビア大学ジャーナリズムスクール国際報道上級課程修了。2019年3月文藝春秋を退社し独立。この30年のメディアの構造的変化を描いた『2050年のメディア』(文春文庫 2023年)、レカネマブ承認にいたる人類とアルツハイマー病の戦いの117年史『アルツハイマー征服』(角川文庫 2023年)を上梓。他の著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善 1995年)、『勝負の分かれ目』(角川文庫 2002年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版 2021年)。AERAで2ページのコラムを連載中。元慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授、上智大学新聞学科非常勤講師。現聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。

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