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奥山清行 デザイン全史

田中誠司/著

4,510円(税込)

発売日:2024/06/27

  • 書籍
  • 電子書籍あり

世界的デザイナーが人生をかけて磨き上げてきた「最高の意匠哲学」の全て。

フェラーリをデザインした唯一の日本人・奥山清行。子供の頃から造形に魅せられ、LAでの厳しい修行を経てGM、ポルシェ、そしてピニンファリーナへ。数々の成功を収めてなお、挑戦は今も続いている。フェラーリからアイウェア、豪華列車まで、デザインワークの神髄を語り尽くす決定版。貴重なカラー写真多数収録。

目次
はじめに
episode1 神童といわれた少年、カーデザインに出会う
1 エンツォ・フェラーリが生まれた日
2 いつも鉛筆を握っていた少年時代
3 アートセンターでの猛烈な日々
4 GMの本拠地、デトロイトで学んだこと
5 2年半で終わったポルシェ時代
episode2 名門ピニンファリーナの日々、ふたたび
1 二度目のGMを経て、ピニンファリーナへ
2 GM、ポルシェ、ピニンファリーナの流儀
3 エンツォ・フェラーリが完成するまで
4 歴史を変えたクアトロポルテ
5 ピニンファリーナで完全燃焼し、次のステージへ
6 母校の学部長から、再びピニンファリーナへ
7 ピニンファリーナのディレクターとしての仕事
episode3 日本にカロッツェリアをつくる
1 自らの旗を掲げて
2 ケン・オクヤマのプロダクト・デザイン
3 新幹線、山手線、そしてトラクター
4 ワンオフ・カーをデザインする
5 日本にカロッツェリアを
6 ケン・オクヤマが描く近未来
おわりに 奥山清行

書誌情報

読み仮名 オクヤマキヨユキデザインゼンシ
装幀 白石良一/装幀、小野明子(白石デザイン・オフィス)/装幀
雑誌から生まれた本 ENGINEから生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 B5判変型
頁数 272ページ
ISBN 978-4-10-355721-0
C-CODE 0095
ジャンル デザイン
定価 4,510円
電子書籍 価格 4,510円
電子書籍 配信開始日 2024/06/27

書評

スペシャルなフェラーリをデザインした日本人の物語

鈴木正文

 奥山清行(またはケン・オクヤマ)は、山形県山形市で鉄道専門の土木建設業を起業した父親のもと、1959年に一家の長男として生まれた。物心ついたころから鉛筆を握ってひたすら絵を描いていたという少年は、毎日曜の午後6時からNHKテレビで放映されていた人形劇「サンダーバード」に夢中になった。イギリス制作のこの特撮ドラマでは、「国際救助隊」の面々が、「サンダーバード」と呼ばれる原子力推進の超音速ロケット機を駆使して地球上のあらゆる場所に急行し、人命救助にかけつけた。自宅近くの山形大学教育学部附属小学校に入学した奥山少年は、番組がはじまるとテレビの前にスケッチブックと粘土を置き、「放映されている60分のあいだに、自分の好きな乗り物をスケッチと3Dモデルとして完成させ」(本書より。以下引用符内はすべて同様)たという。
 奥山少年は、近くの河原で見つけた綺麗な流線形の流木を削るのも好きだった。しかし、「そのうちどこかで、綺麗なだけでは物足りなくなってくる」。そして、「見る人の神経を逆撫でするような、エモーショナルなかたちを、自分の身体が覚えていった」と、語る。「フェラーリをデザインした唯一の日本人」(本書帯文)といわれ、世界でもっとも有名な現役自動車デザイナーのひとりとなったケン・オクヤマは、本書中で、「クリエイターというのは、どこかの段階で、理に適ったものを壊したくなる」と述べる。少年・奥山が、すでにそうだった。
 後に奥山がデザインしたフェラーリは、フェラーリ社が創業55周年を記念して2002年に発表した、創業者の名前そのものを車名に戴く「エンツォ・フェラーリ」である。世界限定で399台のみが発売され、たちまちのうちに売り切れた。この特別なフェラーリは、世界自動車史における記念碑的モデルであるばかりか、現代イタリア文化の精華でもある。
 エンツォ・フェラーリのプロジェクトが密かに進行していた1998年当時、奥山は、フェラーリの傑作モデルを数多くデザインしてきたイタリア屈指の自動車デザイン・製作会社(カロッツェリア)であるピニンファリーナ社所属のデザイナーだった。同社のデザイン・ディレクターだった上司のロレンツォ・ラマチョッティは、このスペシャル・モデルのために、申し分なく美しい「理に適った」デザインを提案していたという。しかし、それは、フェラーリ社トップのルカ・ディ・モンテゼーモロの意にそうことなく、ピニンファリーナは、あやうくプロジェクトから外されそうになった。このとき急遽、ラマチョッティは、奥山の手になるデザイン・スケッチをモンテゼーモロに差し出し、それがかれのメガネにかなった――。と、フェラーリ・マニアならずとも引き込まれずにはおかない裏話は、ほかにもいくつも語られる。
 話を戻そう。奥山少年は英語教育の充実した山形大学教育学部附属中学校に進学し、そこで外国人教師や留学生のネイティヴな英語にふれる機会をもったことも手伝い、「サンダーバード」に夢中になったときからの海外への憧れをいっそう強め、留学を夢見るようになる。武蔵野美術大学の「視覚伝達デザイン学科」を卒業するが、多くの同窓生のように大手広告会社などに就職して会社員グラフィック・デザイナーになるよりも、「とにかく日本から逃げ出したい一心」だった。「行き先は、海外であればどこでも構わなかった」。
 こうして、まずは1年間をメドに、カリフォルニアの語学学校に通う生活をはじめる。しかし、1年を経ずして、パサデナの「アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン」の存在を知ると、自動車デザイナーになる志を立て、同大学に首尾よく入学した。夏休みも返上して猛勉強に打ち込み、卒業すると、当時世界最大の自動車会社であったGM(ジェネラル・モーターズ)にデザイナーとして迎えられ、さらに、ポルシェ社、ピニンファリーナ社で要職を経めぐり、母校であるアートセンター・カレッジ・オブ・デザインのトランスポーテーション・デザイン学部長をも務め、2007年には「ケン・オクヤマ・デザイン」(KOD)を創業し――とつづく、地球儀をまたぐ遍歴と数奇な体験の物語が、かれがデザインしてきた自動車や諸プロダクトの図版とともに、詳らかに語られる。
 ほかのどんな自動車とも同質的であることを拒否することによって、自動車社会を活性化してきたフェラーリのなかでも、とりわけスペシャルな1台にとって、奥山ほど適任のデザイナーはいなかったことを、読者は、この本によって知るであろう。そして、そのデザイナーが、同質性への隷属的馴化をもってその「国民性」を揶揄されがちな日本人であったことは、現代と将来の日本人にとって一個の希望である。著者の田中誠司の努力を賞賛する。

(すずき・まさふみ 編集者/ジャーナリスト)

波 2024年7月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

田中誠司

タナカ・セイジ

1975年東京都生まれ。筑波大学基礎工学類卒。ポーリクロム株式会社/ボルテックスパブリッシング株式会社代表取締役。自動車雑誌「カーグラフィック」編集長、BMW Japan広報部長、UNIQLOグローバルPRマネジャー等を経て独立。企業広報・PRに関する戦略立案やコンテンツ制作に携わる傍ら、編集著述者としてメディアに寄稿。「モノ」が主役のオンライン・マルチメディア「PARCFERME」編集長を務める。自動車メーカー経営首脳などへのインタビュー経験多数。『奥山清行 デザイン全史』の初出連載執筆に際しフェラーリ612スカリエッティを自ら所有。最も影響を受けたドキュメンタリー作品は山際淳司の短編「江夏の21球」。

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