
ボーイング 強欲の代償―連続墜落事故の闇を追う―
2,420円(税込)
発売日:2024/12/18
- 書籍
- 電子書籍あり
最新鋭旅客機はなぜ墜落したのか? アメリカ型資本主義が招いた悲劇に迫る。
2018年にインドネシアで、2019年にエチオピアで、ボーイング社の旅客機737MAXが立て続けに墜落した。事故後、墜落原因となった新技術の存在を同社が伏せていた事実が判明する。なぜアメリカを代表する企業は道を誤ったのか? 株主資本主義の矛盾をあぶり出し、日本経済の行く末を問うノンフィクション!
はじめに
第一章 慟哭のアディスアベバ
妻子を乗せた飛行機が墜ちた。何が家族を奪ったのか、金融のプロは調べ抜いた。見えてきたのは「株の国」アメリカの病理だった。
第二章 魔のショートカット
危うい飛行機が世に出た原点は、時間とコストを惜しむ経営判断だった。安全を軽んじる開発現場の生々しい実態も明るみに出る。
第三章 キャッシュマシン化する企業
怒濤の自社株買いは、株主向けの「現金製造機」と化した企業の姿を象徴する。やせ細ったボーイングを、危機が待ち受けていた。
第四章 シアトルの「文化大革命」
救済合併したはずのライバルに、ボーイングは「母屋」を乗っ取られる。古き良きエンジニアリング企業は、いかに変質したのか。
第五章 軽んじられた故郷、予見された「悪夢」
創業の地からの本社移転、徹底的なアウトソース。「企業文化の一新」を経て誕生したハイテク機は、いくつもの厄災に見舞われる。
第六章 世紀の経営者か、資本主義の破壊者か
コロナ危機のさなか「20世紀最高の経堂者」が没した。株価優先の気風はボーイングに伝染し、アメリカの資本主義をも変容させた。
第七章 「とりこ」に堕したワシントン
墜落機の危うさを見逃したのは、株主資本主義の下で深まる官民癒着の構造だった。「政治マシン」へと突き進む独占企業の姿を追う。
第八章 フリードマン・ドクトリンの果てに
消費者運動の先駆者ネーダーと、株主資本主義の開祖フリードマン。半世紀越しとなる二人の因縁を軸に、「株の国」の宿痾を問う。
第九章 復活した737MAX、封印された責任
事故の責任を棚上げした司法の闇とは。経営危機は今なお深まる。創業の精神と働く人々の誇りを取り戻せるかに未来がかかる。
第十章 株主資本主義は死んだのか
株主資本主義の盟主バフェットに会い、その理念を質した。「今とは違う経済」を希求する世界の潮流は、地殻変動をもたらすのか。
終章 「空位の時代」をゆく日本の海図
「株の国」に向かうことで停滞を脱しようとしてきた日本。ボーイング危機から私たちは何を学ぶのか。海図なき時代の針路を探る。
おわりに
謝辞
註
書誌情報
読み仮名 | ボーイングゴウヨクノダイショウレンゾクツイラクジコノヤミヲオウ |
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装幀 | 新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 320ページ |
ISBN | 978-4-10-355981-8 |
C-CODE | 0034 |
ジャンル | ビジネス・経済、実践経営・リーダーシップ、ビジネス実用 |
定価 | 2,420円 |
電子書籍 価格 | 2,420円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/12/18 |
書評
二機の飛行機はなぜ落ちたか
いわゆる「リーマン・ショック」の頃から、ずっと不思議に思っていたことがある。
べらぼうな報酬をせしめて企業を渡り歩くアメリカの「プロ」経営者たちが、別荘だのペントハウスだの、やたらとでかい不動産を多数持ちたがるのはなぜなのか。
人間、カラダはひとつ、当然寝るベッドもひとつ。いらんがな、そんなにたくさん。
不動産というのは、維持管理に手間が掛かるものだ。人件費だって、けっこう嵩む。「それって無駄じゃん」と指摘したら、きっと「資産価値を維持するための必要経費だ」という返事が返ってくることだろう。
そのくせ、そういう経営者に限って、会社の従業員の人件費をやたらと敵視するのである。隙あらば削減の対象にしようとするし、減らしたことをさも得意げに語る。
人件費というのは、巡り巡って経済を回す消費や、次世代を育てるリソースとなるものだ。何より、貴方がたの「資産」を形成するために掛かった「必要経費」だ。そこを削ってしまったら、消費者と次世代の人材の両方を失うことになるとは考えないのだろうか。
彼らは所有すること、金を儲けること自体が目的化しており、自分の在任期間のことしか考えておらず、経営する会社がなんの商売なのか、その会社や業界の将来が社会にどんな影響を与えるかには全く興味がない。コスト削減、人件費削減というお題目の先に待っているのは、誰もモノを作ってくれない世界である。
この本の著者は、アメリカの基幹産業として圧倒的技術力を誇り、超優良企業であったボーイング社が、そんな「プロ」経営者の拝金主義、あるいは株主資本主義によって企業文化を変質させた結果、きちんとモノを作れなくなってしまい、防げたはずの悲惨な航空機事故を引き起こした要因を突き止めていく。
著者はその遠因を、かつて二十世紀最高の経営者と称されたジャック・ウェルチ(言わずと知れた、アメリカの老舗総合電機メーカー・GEに二十年君臨した)に見る。
ウェルチは「モノやサービスの生産を拡大するよりも、金融によって信用を膨らませて経済を回す」株主資本主義へとアメリカ経済の舵を切った。そして、いわば「ウェルチ教」信者である彼の門下生が、「プロ」経営者としてアメリカ社会に広がっていく。
「ウェルチ教」を理論面で補強したのが、「フリードマン・ドクトリン」だ。
「企業の社会的責任とは、利益を増やすこと」と言い切った経済学者、ミルトン・フリードマンの思想は、やがて世界中で支配的な価値観を持つようになる。つまり、自由市場と株主利益の絶対視だ。
「ウェルチ教」の支配を強めていくボーイング社。労働組合を忌避するため、幹部は創業の地を捨てる。研究費や開発費を削り、エンジニアを減らし、モノ作りを安く外注する。納期を守るために、FAA(アメリカ連邦航空局)におのれの息のかかった検査官を置き、承認試験を通させる。事故に至る過程の、安全軽視の数々のエピソードはもはやホラーだ。
ボーイング社を退職後、古巣に重要電子機器を納入するサプライヤーに職を得たエンジニアの証言がひときわ恐ろしい。
同時期に、欧州エアバス社からも同じ機器の開発を請け負っていたが、エアバス社は機器の性能や機能についてどのようなものを求めているのか、膨大かつ詳細な説明を用意していた。それらの書類、積み重ねると約一メートル。一方のボーイング。「どんな機能と設計が必要か、どうやって作るか、代わりに考えてほしい」とすべて丸投げ。このエンジニアの、古巣に対する絶望たるや、想像するに余りある。
今やGEは解体されてダウ銘柄からも外れてしまったし、株主資本主義と訣別しようという潮流も見られるものの、「ウェルチ教」とフリードマンの呪いから逃れられるのか。
終盤、経済学者・岩井克人の「会社は株主のものではない」という指摘には希望を感じた。
「八百屋の経営者が店先のリンゴを食べても問題はないが、百貨店の株主が店先のリンゴを食べれば罪になる。株式会社の株主は、権利も責任も有限であり、株主は会社の主権者ではない」
人間、生きていくには安心して働けることが重要だ。将来に対する希望とおのれの職務に対する誇りも必要だ。そんな社会を取り戻せるか。思い出す二宮尊徳の言葉がある。
「道徳なき経済は犯罪である。経済なき道徳は寝言である」
(おんだ・りく 作家)
波 2025年1月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
江渕崇
エブチ・タカシ
朝日新聞記者。1976年、宮城県生まれ。1998年、一橋大学社会学部を卒業し朝日新聞社入社。経済部で金融・証券や製造業、エネルギー、雇用・労働、消費者問題などを幅広く取材。国際報道部、米ハーバード大学国際問題研究所客員研究員、日曜版「GLOBE」編集部、ニューヨーク特派員(2017~2021年、アメリカ経済担当)、日銀キャップ等を経て2022年4月から経済部デスク。2024年12月現在は国際経済報道や長期連載「資本主義NEXT」を主に担当している。